満月と新月 | ナノ
満月と新月



地下牢からの脱出



この世界、テルカ・リュミレース

大地と海が何処まで続くのか、知る人はいない

なぜなら、世界にうごめく魔物たちに比べ人はあまりにも弱い

我々の住む街を守る結界、我々は己を守るためにその中で生きながらえている

それを成す、核となる魔導器

世界に満ちた根源たる力エアルを使い、魔導器は、火、水、光、繁栄に必要なありとあらゆるものを、今日まで我々に与え続けてきた

やがて、いつの日か、結界の向こうに凶暴な魔物が生息する事も我々は忘れてしまうのだろう

繁栄と成長を続ける世界

すべての人々のための平和、魔導器の恩恵により更なる発展を遂げていくだろう

平和の礎である帝都ザーフィアスより願う

世界が穏やかであるように





ーー帝都ザーフィアス城内地下牢


「で、その例の盗賊が難攻不落の貴族の館からすんごいお宝を盗んだわけよ」


隣からなにやらおちゃらけた声が聞こえてきて、ユーリは目を覚ました。

「知ってるよ。盗賊も捕まった。盗品も戻ってきただろ?」

おちゃらけた声に返事をしたのは、見張りの騎士だろうか?

「そこは貴族の面子が邪魔をしてってやつで、今、館にあんのは贋作よぉ」

カビ臭い牢の中なのに、声の主はずいぶんと楽しそうだ。

「馬鹿な!!」

「ここだけの話な。漆黒の翼が必死にアジトを探してんのよ」

「例の盗賊ギルドか?」

見張りの騎士であろう、会話の相手は、ハッとしたようにくいついた。


「………っごほん!大人しくしていろ」

しかしながら、おしゃべりにまんまと付き合わされたと気付き、足早に去って行った。



「お隣さん、そろそろじっとしてるのも疲れてくる頃でしょーよ。目覚めてるんじゃないの?」

声の主は、誰かと話したくてたまらないらしい。

「そういう嘘、自分で考えてんの?オッサン暇だな」

ユーリは壁越しで顔の見えない相手に、返事を返した。

「おっさんは酷いな。おっさん傷つくよ。…それに嘘ってワケじゃないの。世界中に散らばる俺の部下達が必死にあつめてきた情報でな」

「本当に面白いおっさんだな」

「蛇の道は蛇。ためしに質問してよ。なんでも答えられるから盗賊ギルドが沈めたお宝か?最果ての地に住む賢人の話か?」

「じゃあ、ここから出る方法を教えてくれ」

ノリノリで話してくる相手に、適当に言葉を返したユーリだったが、実のところ心底ここから出たいとは思っている。


「なにしたか知らないけど、十日も大人しくしてれば出られるでしょ」

隣のおっさんは、少し残念そうに言った。
わかってはいたが、そう言う事を聞かれたかったわけではないらしい。

「そんなに待ってたら下町が湖になっちまうよ」


「下町?…ああ、聞いた聞いた。水道魔導器が壊れたそうじゃない」


「今頃どうなってんだか」


「悪いね。その情報は持ってないわ」


「モルディオのやつもどうすっかな」

「モルディオって、学術都市アスピオの天才魔術師とおたく関係あったの?」

ユーリの呟きに、意外にも返事を返してきた相手は、そこそこの知識はあるようだ。

「知ってるのか?」

「お、知りたいのか?知りたければそれ相応の報酬を頂く」

「学術都市の天才魔術師様なんだろ?ごちそうさま」

このやり取りは完全な暇つぶしだろう、と悟ったユーリはにやりと笑って言った。


「いや!ちがった!それは美食ギルドのボスの名でぇー!!」


あわててごまかし始めた、壁の向こうの相手。
しかしながら、追いかけるには充分な情報を勝手に話して貰ったので、もはや意味はない。



「いったぁーーーい!!」


カビ臭い地下牢に、今度は若い女の声が響く。

「キリキリ歩け!」

連れてきた騎士であろう声が続いた。

「あんっひどい‥そんな乱暴しないでぇ騎士様ぁ‥」

女性は艶かしい声色でそう言う。
おそらく潤んだ瞳で騎士を見つめているに違いない。

「なっ!!」

騎士もこれには驚いたようで、見えなくとも鼻の下が伸びたであろう事が想像できた。

「おとなしくしていろ!」

騎士は牢に鍵をかけ出て行ったようだ。



地下牢に、はぁ、と女性のため息が響いた。


そのすぐ後に、口を開いたのは、ユーリの隣のおっさん。

「ベティちゃーん?騎士様を誘っちゃうならくらいなら、おっさんとイイコトしましょー」

親しげに名前を呼ぶので、そこそこ顔見知りらしいが、牢獄仲間なら笑えない。

「なんだ?おっさん知り合いか?あんたもありゃ襲われても文句いえねえぞ」

ユーリは呆れた様子でそう言った。

「いやだーちょっとからかっただけだしぃ‥‥ってぇ!!レイヴン?!?なにしてんのあんた!」

女性もおっさんが誰だかわかったようで、心底驚いた様子だ。

「ベティちゃん反応おそーい!」

おっさんがぶーぶー、と子供のように言うのだが、かわいくはない。

「あんたが騎士団なんかに捕まるの?」

「ベティちゃんこそどーしたってのよー。帝都に居るってのもめずらしい」

「仕事だよぉ。ところでお隣のお兄さんは何したのかしらん?」

「俺に振るなよ‥」

三人の談笑もつかの間、他の騎士とは明らかに風貌の違う、高価そうな鎧に身を包んだ男が入ってきた。

(騎士団長がなんでこんなとこに‥)

ユーリは顔を顰めた。

騎士団のトップがわざわざ出向くような場所ではない。
彼はユーリの牢を通り過ぎ、隣でとまると、すぐに鍵を開けた。

「出ろ」

少し怒気を含んでいるようにも聞こえる言い方で、アレクセイが言った。

「いいところだったんですがねぇ」

おちゃらけた声は、少し神妙な雰囲気に変わる。

「早くしろ」

騎士団長アレクセイは、レイヴンを牢から出すと踵を返した。

「おっと」

レイヴンはユーリが居る牢前で躓いた、フリをすると鍵を投げ入れた。

「騎士団長直々にお迎えなんて、おっさん何者だ?」

ユーリはレイヴンにだけ、聞こえる声で言った。

「女神像の下‥」

それに返事が返ってくる事はなく、意味深な言葉を残す。

「何をしている」

アレクセイの咎めるような声が響くと、レイヴンは立ち上がって、はいはいただいま、と呟きながら外へと歩いて行った。


2人の気配が消えてから、ユーリは鍵を手に取り鉄格子の外側へ鍵を差し込んだ。
ガチャン
と音がして、まるで鍵なんかかかっていなかったかのように、扉は簡単に開く。


「まじで開いた…」

心の底から驚きながら、思わぬ幸運にユーリは胸をなでおろした。
すぐに牢を出て、隣を見れば、中にいた女性と目が合う。

さらりと流れる金髪の女性の、明るい茶色の瞳がこちらを見つめ返していて、驚きを隠せない、という様子で首をかしげていた。

「あれれ!何故にあなたまで外に出てるのん?」

「あんたはなにもんだよ」

レイヴンがあまりにも不可解すぎるので、彼女の正体も不思議と探りたくなる。

「あたし??ベティ!ベティ・ガトール!あなたは?」

「ユーリ・ローウェルだ」

「あのさ!ちょっと下町の様子がきになっちゃうのん!私の脱獄も手伝っててばぁ!」

子供のように屈託なく詰め寄ってきた彼女が、先ほど騎士を煽っていたとはユーリには到底思えなかった。

「下町?奇遇だな。俺も今から様子見にいくとこだ」

「うっそ……何この運命……ドキドキしちゃーう」

そう言った彼女がとてもドキドキしているようには見えず、ユーリは呆れながらも、鍵をあける。
お粗末な作りの牢は、同じ鍵で全部が開くようだ。


「なんであんたが下町を気にする?」

「んーお世話になってるし、他の事で魔核ドロボウ追っかけてたら下町の噴水がぶっとんだの見ちゃってさぁ」

ベティは困った困った、と手をヒラヒラ振って見せた。

「魔核ドロボウ?ますます奇遇だな。俺も追ってる」

「うわぁお、ますます運命の出会いって感じ」

ベティはいたずらっぽく笑った。
ユーリの事はどうでもよさそうなのだが、彼は何故か彼女に興味が湧いてくる。

「様子だけ見て本当は朝までにココに戻るつもりだけど、ベティは?」

「うーん。バレずにってことかぁ…たぶん無理ねん。ちなみにあたしはおさらばよん。帝国の人間じゃないし、脱獄ごときで追っかけられる事もないわねん」

「まぁうまくいきゃいいなって話だよ」

「とりあえず、共同戦線ってことでよろしく、ユーリ!」

ベティは笑って、手を差し出した。
剣を握れるとは思えない様な華奢な指先だが、その指には特有のタコが出来ていた。
ユーリ自身もあるので良くわかるが、毎日の様に剣をふるっている人間であろう事が伺える。

「あぁよろしくベティ」

ユーリは彼女の手を握り返した。

「んーさっそく呼び捨て、ユーリは積極的ねん」

彼女は頬を手で覆い照れているかのようなそぶりをみせる。

「おいおいお前といい、おっさんといいなんなんだよ」

ふざけた態度に、ユーリは呆れて歩き出した。
隣のおっさんも、ベティも、彼の周りには居ないタイプだ。






幸いにも看守は眠りこけていて、2人は武器取り戻しすぐに牢屋を後にした。

ベティは左右に大きくスリットの入った真っ黒のロングスカートで時折除く白い足が実に色っぽい。
どうやらユーリと同じく21歳らしい。

右の太ももには小降りの銃を収め、腰に双剣を携えている。
絹のような金髪はキラキラと輝いていて、腰まであるにも関わらず全くいたんでいる様子もない。

ユーリでも目のやり場に困るほど大きく開いた胸元からは立派な谷間が見えている。ぴったりとしたフード付きの上着は彼女の細い腰をしっかりと主張していた。

(こりゃ狙ってこの格好してんなぁ‥)

同い年といえど、かなり切れ者であろう彼女は己のプロポーションさえも武器にしているのだろうが、それだけでなくかなりの手練れであることも予想出来た。隙が全くない。





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