満月と新月 | ナノ
満月と新月



はじまりの合図



中庭らしき所の二階に差し掛かったところでまた、元気な声が聞こえた。

「ユーリ・ローウェル!ベティ・ガトール!どこに逃げおった!」

「ほら、元気なのが来たぞ。ルブランだな」

「あの……お知り合いなんですか」

エステリーゼは首を傾げる。

「まあな……と、そんなことより急ぐぞ」

「むむ、その目立つ格好も、なんとかしないとねぇ」

ベティはエステリーゼのドレスを見て、このまま外に出るとはまずいと思ったようだ。

「着替えは先のわたしの部屋に行けば……」

「んじゃ、行こう」

もちろんユーリもそれに同意して、今度は彼女の部屋へと向かう。






エステリーゼの部屋の扉は、白くてかわいらしい物だった。
金色の装飾なども施されていて、他の部屋の扉とは明らかに違う。

「着替えてきますので少し待っていてください」

「わかった。急げよ」

エステリーゼが部屋に入ると、2人は壁にもたれかかった。

とりあえず、近くに騎士の気配はない。
まだこれほど奥に居るとは、露ほども思われていないのだろう。


「さっきお前、海凶の爪って言ってたけど‥なにそれ?」

ユーリがベティをちらりとみて言う。
赤眼が現れた瞬間、彼女はそう言って警戒したから。

「あぁ‥ギルドねん。主に武器を売ってる。あと暗殺とかぁ」

彼女はユーリを見る様子もなく、なにやら考えているようだ。

「物騒なギルドだな。帝国の人間じゃないっていってたけど、ベティもギルドはいってんの?」

「んー入ってないわ、たまにお手伝いするギルドはあるけどねん」

「ところで、なんで魔核ドロボウ追いかけてんだ?」

そもそもの経緯はそこなので、ユーリの疑問は当然だ。
ベティの言葉通りなら、あのドロボウは帝都以外でも魔核を盗んでいるのだろう。


「あーら、聞いちゃったわねん。強いて言うなら個人的な趣味かしら?」

ベティは不敵に笑う。
まともに理由を言う気はないらしい。

出会ってすぐの自分を信用しろ、と言う方が無理があるので当然だが。

「趣味ねぇ‥それで下手こいて捕まってた、と」

「まぁそんなとこねん。貴族街に無理やり入ろうとして捕まっちゃったの」

「なるほどね」

ユーリはため息をついた。


エステリーゼの部屋のドアが開き、彼女が出てきた。

「お待たせしました」

花びらのような桃色のスカートと白を基調とした洋服は、金の刺繍が施させていてドレスよりはかなり動きやすそうだったが、平民には見えない服装だ。

しかしこれが彼女の1番ラフな格好なのだろう。

「あの……おかしいです?」

何か言いたげに服を見るユーリにエステリーゼは困ったように言った。

「……似合ってねえなと思って」

「いやいやぁユーリは照れてるのよん。エステリーゼすっごくかわいいわよぉ」

そういってベティは彼女に抱きついた。

「ベティさん、ありがとう!よろしくお願いしますね」

エステリーゼが手を差し出したので、ベティもそれを握り返した。

「ユーリさんも、よろしくです」
「はいよ、んじゃまぁいくか」





女神像を探していると、中央に立派な羽の生えた銅像がある部屋を見つけることができた。

「ふーん……これか?」

「この像に何かあるんです?」

エステリーゼは両手を胸の前でくんで、首を傾げた。
どうやら、彼女のクセのようだ。

「秘密があるらしいぜ」

「秘密ですか?特別、何も変わったものでは……」


「うーんエステリーゼが知らないのに、なんでおっさんが知ってるのかしらん」

ベティがペタペタと像に触る。

「動かしたら秘密の抜け穴があるとかな」

「お、ユーリよろしくぅ」

「非力なベティさんは指加えてみてろよ」

「あーんユーリってば頼りになるぅシビれるぅ」

「思ってもないことを‥」

ユーリが女神像を押してみると、真下に地下へと続く梯子が現れた。

「……え?本当に……?」

エステリーゼは目を見開く。

「うわ、本当にありやがった……」

「もしかして、ここから外に?」

「保障はない」

「うひゃぁ秘密の宝物庫だったりしてん」

「だったら全部かっぱらってくしかねぇな、オレらは行くけど、どうする?」

エステリーゼは迷っているようだったが、真剣な声色で頷く。

「……行きます」

「素敵!」

ベティは大げさに両手を組んで恭しく言った。

「しかし、あのおっさん、見た目どおり胡散くせえなベティ知り合いなんだろ?なにもんだよ」

「んーただの胡散臭いおっさん」

「まんまじゃねーか」

「ユーリ、自分の目で見たことを信じよ!」

びしっとベティに指を刺され、ユーリはたじろぐ。

「はぁ‥なんなんだよお前も‥」


下りようとした、ユーリの腕をエステリーゼが掴んだので、振り返る。

「どうした?やめんの?」

「いえ、手、ケガしてます」

エステリーゼが術式を展開し、治癒術を使うと今度はユーリが彼女の腕を掴んだ。




「ん?」



「きゃあっ!」

「あ、悪い……。きれいな魔導器だと思って」

「本当に、それだけです?」

「それだけ。……手、ありがとな」
「……い、いえ」
「行くぞ」

エステリーゼのそれが、術式を展開しても光らなかったことをベティもしっかりとみていた。
彼女はなんだか厳しい表情だが、2人はそれに気がつくことはなく梯子を降りていく。




地下に降りると、カビ臭く魔物もいるようだった。

「あらら、こんなところに魔物がいるなんて、驚きねん」

ベティはさっと剣をかまえた。

「あれが‥魔物‥」

エステリーゼは目を見開き、ぎゅっと手を握る。

「ん?見たことないのか?」
「あ‥いえ‥その‥」

ユーリの言葉に彼女は困ったように、と言うより少し焦った様子だ。

「お城に住んでたら見ないでしょ」


ベティは気の無い風にそう言って、魔物にきりかかった。







出口は直ぐだったようで、梯子を上がればユーリが捕まったモルディオの屋敷前に出た。


「うわ、まぶしっ……」

ベティが顔を顰める。
すっかり日は昇りきっていて、鳥のさえずりが朝を知らせている。
随分と時間を取られてしまったようだ。

「あ〜あ、朝かよ。一晩無駄にしたな」

「窓から見るのと、全然違います」

エステリーゼはキラキラと瞳を輝かせて、あたりを見回していた。

「城の外にでるのが、初めてみたいに聞こえるぞ」

「……そ、それは……」

「ま、お城に住むお嬢様ともなれば好きに出歩けないか」

「は、はい、そうなんです」
「ま、脱出成功ってことで」

「みんなお疲れぃ!!」

ベティがユーリにハイタッチをする。

「なんです?それ」

「ほらほらエステリーゼも!」

不思議そうにしていたエステリーゼだったが、ベティが手を掲げたので、彼女は人差し指をちょんと合わせた。

「あはは、エステリーゼらしいわねん」

「なにか間違えました?」

不安そうに彼女が覗き込むので、大丈夫だよとベティが笑った。

その笑顔が、あまりに優しくかなしげで、ユーリは目を見張った。

「……で、エステリーゼは、これからどうするのん?」

ベティはすぐに表情を変えると、エステリーゼに問いかけた。

「フレンを追います」

「行き先知ってんのか?」

ユーリもエステリーゼに向き直った。

「先日、巡礼に出ると、言っていましたから……」

「あ〜帝国の街を回って、善行を積んでこいってやつ」

「はい。ハルルを目指します。騎士の巡礼では最初にハルルへ行くのが慣わしですから」

「となると、結界の外か」

「ユーリさんとベティさんは結界の外を旅したことあります?」

「少しの間だけならな。興味はあるけど、下町を留守にするわけにはいかないしな」

「あたしもともと、帝都の人間じゃないから1人でふらふらあっちっこっちいってるよん」

2人の返事にエステリーゼは、そうなんですか、と頷いた。

「下町に戻るから、街の出口まで案内するよ」

「ありがとうございます」


三人が歩き出そうとすると、またもやルブランたちのこえが聞こえてきた。

「そこの脱獄者共!待つのであ〜る!」
「ここが年貢の納め時なのだ!」

「ばかも〜ん!能書きはいい!さっさと取り押さえるのだ!」

彼らは市民街へ続く門の前で立ち塞がる。

「ど、どうしましょう?」


「んなの……」

ベティがユーリをみる。

「決まってんだろ」

ユーリもベティと目を合わせると2人はニヤリと笑い合った。

そして石を拾うと彼ら目掛けて同時に投げつけた。

「ごがっ!」
「もふっ!」

見事にヒットしたのでベティがエステリーゼの手を取って走り出す。

「下町に逃げるぞ」

先頭を行くのはユーリ。

エステリーゼは、外を走り回る初めての感覚に感動を覚えた。

手を引かれ走り抜ける街は、めまぐるしく景色を変えて、香りを変えて、見た事もない景色が彼女の心を満たしていくのだ。
風はこんなにも気持ちよく、様々な事が溢れている。
非日常へと飛び込んで行くような感覚に、少し身震いしながら、一気に市民街を抜け下町まで走った。


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