満月と新月
海を見渡せば
エフミドの丘は一本道が、丘を抜けて山の間を繋いでいて、人の行き来も多い。
「ここがエフミドの丘?」
リタはカロルに聞いた。
「そう……だけど……おかしいな……結界がなくなってる」
空を見上げる彼だが、そこに結界の光輪はない。
「ここに、結界があったのか?」
「うん、来るときにはあったよ」
「そういやあったわねん」
ベティも頷く。
「結界の設置場所は、あたしも把握してるけど、知らないわよ」
リタが言ったがカロルは首を振る。
「リタが知らないだけだよ。最近設置されたって、ナンが言ってたし」
「ナンって誰ですか?」
「え……?え、えっと……ほ、ほら、ギルドの仲間だよ。ボ、ボク、その辺で、情報集めてくる!」
「あたしも、ちょっと見てくる」
「ったく、迷子になっても知らねえぞ」
「わたしたちも行きましょう」
残された三人と一匹は丘を進んで行く。
少し進むと煙を上げた魔導器が見えた。
道をふさぐように倒れ、付近には数人の騎士が集まっていた。
「こらこら、立ち入り禁止だよ」
ずかずかと魔導器に近付くリタを、騎士が制した。
「帝国魔導器研究所のリタ・モルディオよ」
「アスピオの魔導士の方でしたか!し、失礼しました。ああ、勝手をされては困ります!上に話を通すまでは……」
リタは止められているのも聞かずに、魔導器を調べ始める。
「あの強引さ、オレもわけてもらいたいね」
「ユーリにはいらないわよん。ハルルでは結構強引だったしぃ」
「バカいってんじゃねぇよ」
ユーリは、ベティの頭を両手でぐしゃぐしゃと乱す。
「なにかあったんです?」
エステルは首を傾げる。
「ちょっとぉーやめてよぉ!フレンならこんなことしないぃ」
「ほぉーそんなにアイツのがいいのかよ」
ユーリは手を離さず、不満そうにじろりとベティを睨む。
「なに、妬いてんの?」
嬉しそうに笑う彼女にユーリはため息をついた。
「お前、そんなキャラだっけ?」
エステルが何か言おうとするが、それは慌てて戻って来たカロルに遮られた。
「三人とも、聞いて!それが一瞬だったらしいよ!槍でガツン!魔導器ドカンで!空にピューって飛んで行ってね!」
「……誰が何をどうしたって?」
ユーリはカロルに諭すようにいう。
彼はかなり興奮気味だ。
「竜に乗ったやつが!結界魔導器を槍で!壊して飛び去ったんだってさ!」
「人が竜に?んなバカな」
「そんな話、初めて聞きました」
「ボクだってそうだけど、見た人がたくさんいるんだよ『竜使い』が出たって」
「竜使い……ねえ。まだまだ世界は広いな」
ユーリが呟いた言葉に、ベティは空を仰ぐ。
「ちょっと放しなさいよ、何すんの!?」
リタが叫ぶ声が聞こえてきた。
「なんか騒ぎ起こしてるよ」
カロルは呆れたように肩を竦めた。
「この術式は、絶対おかしい!」
騎士に羽交い締めにされながらも、リタが叫ぶ。
「あなたの言ってることの方がおかしいんじゃ……」
「あたしを誰だと思ってるのよ!?」
「存じています。噂の天才魔導士でしょ。あなたにだって知らない術式のひとつくらいありますよ!」
「こんな変な使い方して、魔導器が可哀想でしょ!」
「ちょっと!見ていないで捕まえるのを手伝ってください!」
「火事だぁっ!山火事だっ!」
カロルが叫ぶが一瞬で沈黙が広がる。
「なんだ、あのガキ」
「山火事?音も匂いもしないが?」
「こらっ!嘘つき小僧!」
「やばっ……もうばれたの?」
カロルは真剣だったようだが、残念ながらバレバレだ。
一目散に逃げ出すが、騎士が追いかけて行く。
「おまえたち、さっきのガキと一緒にいたようだが……ん?確か手配書の……」
ユーリを見た騎士が言ったので、彼はリタを捕まえていた騎士を気絶させ、四人は急いで獣道に逃げ込む。
「あーんもう!逃げてばっかりねん、最近!」
「はあ……はあ……本当です‥リタって、もっと考えて行動する人だと思っていました」
「はあ……完璧おかしかったから、つい……」
「おかしいって、また厄介事か?」
「厄介事なんてかわいい言葉で、片付けばいいけど」
「まぁもう動かないからいいんじゃなぁい?」
「オレの両手はいっぱいだからその厄介事はよそにやってくれよ」
「……どの道、あんたらには関係ないことよ」
「ユーリ・ローウェ〜〜ル!ベティ・ガト〜〜ル!どこに逃げよったあっ!」
ルブランの声が聞こえてくる。
「呼ばれてるわよ?」
「仕事熱心なのも考えもんだな」
「これは大陸越えても追っかけて来ちゃいそう」
ベティはため息をついた。
「エステリーゼ様〜!出てきてくださいであ〜る!」
今度はアデコールの声だ。
「あんたら、問題多いわね。いったい、何者よ」
「えと、わたしは……」
エステルが返事にこまっていると、ボッコスの声も聞こえた。
「ユーリ、ベティ、出てこ〜い!」
「そんな話はあとあと」
「グルルルルルル」
ユーリが奥へ進もうとするとラピードが茂みに向かって威嚇する。
「あ、なんかデジャブ‥」
ベティが呟く。
「待って待って!ボクだよ!」
焦って飛び出して来たのはカロル。
「……カロル、びっくりさせないでください……」
「さっさとノール港まで行くぞ」
「えと、どちらに向かえば、いいんでしょうか?」
「方角的には……」
カロルは草木の茂る、奥の方を指差す。
「こんな獣道、進めるの?」
「行けるとこまで行くぞ。捕まるのはたくさんだ」
「なんだか痒くなりそうねん」
「魔物にも注意が必要ですね」
「なあに、カロル先生に任せておけば万事解決だよな」
「そ、そりゃあね!結界があれば、魔物の心配もなかったのに」
「まったくよ。どっかのバカが魔導器壊すから ほんとにいい迷惑!」
魔物を退けながら進んで行くと、オレンジ色の花がいくつもさいていた。壺の様になっていて、見るからに毒がありそうだ。
「山ん中じゃ、こんな花咲くんだ」
リタが花に近づく。
「リタ!触っちゃだめ!ビリバリハの花粉を吸い込むと目眩と激しい脱力感に襲われる、です」
「ふーん……」
リタは何事か思案して、カロルを花の方に突き飛ばした。
「ちょ、何を……」
カロルは思い切り花粉を吸い込んでいて座り込んでしまう。
「あ、ゴメン!」
リタに悪びれる様子はない。
「カロル、だいじょうぶです!?」
エステルが治癒術をかける。
「治癒術に興味あんのか?」
「別に……」
ユーリがリタに聞くが、返ってきた返事はそっけない。
「……だめですね。自然に回復するのを待つしかなさそうです」
エステルが治癒術をかけてみるが、効果はないようだ。
「これ、いつ治るんだ?」
「カロル、がんばってください」
何も言わずに傍観していた、ベティがおもむろに唱える。
「リカバー」
ベティの体を術式が包み、今度はカロルを光が包み空気と混じるようにそれは消えた。
「あ!治った!ありがとうベティ!うう、ひどいよ、リタ〜」
カロルは今にも泣きそうだ。
「だから、ごめんって言ったでしょ。てゆーかあんた!遺跡で使った魔術といい!何者よ!」
リタはベティを睨む。
「そーね。あえて言うなら人間だけど?」
「そぉいうこと聞いてるんじゃないわよ!」
リタは地団駄を踏んだ。
「平気なら、行くぞ」
「ビリバリハには、今後気をつけましょうね」
少し開けた所に出ると、突然うめき声が聞こえてくる。
「ん……なに?うわあああっ!」
カロルはびっくりして腰を抜かす。
「あれ、ハルルの街を襲った魔物だよ!」
彼が指差す方向には、牙をむき出しにこちらを威嚇している、大きなオオカミのような魔物がいた。
「へえ、こいつがね」
「ほっといたらまた荒らしに行くわね、たぶん」
「でも、今なら結界があります」
「結界の外でも近所にこんなのいたら、安心して眠れねえからな」
「ほんじゃまぁ気合いれていきますかぁ」
ベティはそういうと、素早く剣構えて斬りかかる。
それにユーリ、ラピード、カロルも続く。
ダメージは多く無いだろうが、手数の多さで追い詰めていくと、ベティは急に距離をとって剣をしまう。
すぐに銃を構えると、魔物のそばにあったビリバリハを撃ち抜いた。
魔物は痺れて、身動きが取れなくなったようだ。
「わぁ‥鮮やかです!」
「エステル、リタ!魔術でたたみかけるよん!」
「わかってるわよ!」
リタがファイヤーボールをお見舞いし、ベティがウインドカッターを炸裂。
仕上げにエステルがフォトンお見舞いした。
「うーんかしまし三人娘、ナイスコンビネーション!」
ベティはエステルにハイタッチする。
「ばっちりです!」
エステルは嬉しそうだ。
「ほれほれリタもぉ」
リタに手のひらをかかげた。
「ふんっ」
悪態をつきながらも、パシンと手を鳴らした。
「ま、なんだかんだでいいトリオだな。もちろん、俺たちも」
ユーリはカロルを見る。
「えへへそうだよね!でも、リタとベティが組んだらなんか怖いね‥」
「ワンッ」
坂の向こうから、潮のかおりがする。
登っていくと開けた崖になっていて、海も空も見渡せる。
「うわあ……」
エステルが駆け出した。
「これ……って……」
これにはリタも、目を奪われる。
視界を占領する色味の違う青はまるで、世界がいかに広いかを教えているようだ。
崖下から響く波がぶつかる音と、風の音が混じり合い、耳触りがいい。
「ユーリ、海ですよ、海」
「わかってるって」
ユーリも明るく輝く海を見る。
「あぁーいい風だよぉ」
「わたし、本物をこんな間近で見るのは初めてなんです!」
「旅が続けば、もっと面白いものが見られるよ。ジャングルとか滝の街とか……」
そういいながらカロルはとても嬉しそうだ。
「エフミドの丘にこんな所があったなんてねぇ」
ベティの長い髪を風がすいていく。
「旅が続けば……もっといろんなことを知ることができる……」
エステルは胸の前で手を組んだ。
「そうだな……オレの世界も狭かったんだな」
「あんたにしては珍しく素直な感想ね」
「リタも、海初めてなんでしょ?」
カロルが言う。
「まあ、そうだけど」
「そっかぁ……研究ばかりのさびしい人生送ってきたんだね」
「あんたに同情されると死にたくなるんだけど」
「この水は世界の海を回って、すべてを見てきてるんですね。この海を通じて、世界中がつながっている……」
「たかだか水溜まりのひとつで、大げさね」
「リタも、感激してたくせに」
リタはカロルにチョップをお見舞いしようとするが、途中で辞める。
彼も来ると思って構えていたので拍子抜けだ。
「これがあいつの見てる世界か」
「ユーリ?」
エステルは不思議そうにユーリを覗き込む。
「もっと前に、フレンはこの景色を見たんだろうな」
「そうですね」
「追いついて来いなんて、簡単に言ってくれるぜ」
「ノール港はもうすぐだよ。追いつけるって」
カロルが明るく言う。
「そういう意味じゃねえよ」
「まぁフレンもかっこつけたかったのよぉ、追いついて来いなんて柄じゃないわよ。大体、ユーリとフレンの歩く道は違うのよ。目的地は同じでも、ね」
ベティはそう言って歩き出した。
「え?どういうこと?」
カロルは首をかしげて彼女を見つめた。
「さあて、またルブランが出てこないうちに行くぞ」
「ノール港はもう目の前だから」
カロルも海を背に歩き出した。
じっと海を見つめて動かないエステルに、ユーリが声をかけた。
「海はまたいくらでも見られる」
彼女はなおも、名残惜しそうに海を見つめている。
「その気になりゃな。今だってその結果だろ?」
「……そうですね。ベティの歌も聴くことができるでしょうか…」
両手を組んで頷いた彼女。
海に背を向け、歩き出した。