満月と新月
魔核ドロボウ
入口近くまで戻ると先程見かけた男の姿があった。
「あ、いたよ!」
魔物に囲まれて身動きがとれないようだ。
彼はこんなところに1人で居たくせに、ブルブルと震えて頭を抱えうずくまっている。
一体ここまでどうしていたのか、やり過ごす方法を教えてもらいたいものだ。
ユーリがすばやく斬りかかり、ベティも続いた。
彼らの登場にも身の危険を感じたのか、男はすっかり縮み上がって、びくびくと体を震わせていた。
「魔核盗むなんてどうしてやろうかしら……」
リタは武器にしている帯をパシンと打ち鳴らし、男を睨んだ。
「ひぃいっ!やめてくれ!俺は頼まれただけだ……魔核を持ってくれば、それなりの報酬をやるって」
「おまえ、帝都でも魔核盗んだよな?」
ユーリが剣を向けた。
「帝都?お、俺じゃねぇ!」
「ってことは、他に帝都に行った仲間がいるんだな?」
「あ、ああ!デ、デデッキの野郎だ!」
「そいつはどこ行った?」
「今頃、依頼人に金をもらいに行ってるはずだ」
「依頼人だと……。どこのどいつだ?」
「ト、トリム港にいるってだけで、詳しいことは知らねぇよ顔の右に傷のある、隻眼でバカに体格のいい大男だ」
「隻眼のでかい男…?」
ベティは首をかしげる。
「そいつが魔核集めてるってことかよ……」
「なんかすごい黒幕でもいるんじゃない?」
カロルがユーリに視線を向けると、彼は少し口角を釣り上げた。
「カロル先生、冴えてるな。ただのコソ泥集団でもなさそうだ」
「騎士も魔物もやりすごしてきたのに、ついてねぇ、ついてねぇよっ!」
地団太を踏んで声を張り上げる男に、リタはうっとおしそうに顔を顰めた。
「騎士?やはりフレンが来てたんですね」
「ああ、そんな名前のやつだ!くそー!!」
「……うっさい!」
リタは思い切り男を、構えていた帯で殴りつけた。
クリーンヒットで彼は目を回し、そのまま気絶してしまった。
「ちょ、リタ、……どうすんの?」
カロルは地面に沈んだ男を見て、少しため息をついた。
「後で警備に頼んで、拾わせるわよ」
「そんじゃぁ戻りましょ…ここに居てももう意味は無いしねん」
ベティは出口へと歩き出した。
(隻眼の大男‥間違いないあいつだ。でもなんで…)
ベティはやはりただ事ではないと、ぎゅうぎゅうと拳を握った。
不穏な空気は、すぐ喉元まで迫っていた。
アスピオの入り口が、目視できるほど近くなって来た頃、エステルが口を開いた。
「……フレン、いませんでしたね」
彼女は残念そうに俯いて、ため息をこぼす。
「その騎士、何者なの?」
「ユーリの友達です」
「ふ〜ん、それは苦労するわ」
「なんだよ?」
「別に。で、なんでそいつがこの街にいるの?」
「ハルルの結界魔導器を直せる魔導士を探して……」
「ああ……あたしのとこにも来たわ」
「元気そうでした?」
エステルは目を輝かせて尋ねる。
「元気だったんじゃない?」
リタはそっけなく言った。恐らく顔もまともに見ていないだろう。
「うっわ、適当……」
カロルはぽりぽりと頬をかく。
「騎士の要請なら他の魔導士が動くだろうし。もうハルルに戻ったんじゃない?」
「……そんな……」
「で?疑いは晴れた?」
リタはユーリを睨んだ。
身の潔白は、やはりキチンと証明しておきたいようだ。
「リタは、ドロボウをするような人じゃないと思います」
「思うだけじゃ証明にはならねえな」
「でも……!」
「いいよ、けど、ほんとにやってないから」
まぁいいわ、とリタは視線をそらす。
「ま、おまえは研究の方がお似合いだもんな」
「ユーリは素直じゃないんです」
「……変なやつ。先にあたしの研究所戻ってて」
「あーリタ!アレちょうだいよ!あたしらこっそり入ったんだってばぁ」
駆け出そうとしたリタを、ベティが引き止めた。
「そうね、これ持ってって」
リタが通行証を差し出した。
アレ、という言葉でわかるのも凄いが、まだ知り合ってすぐのユーリ達にそんなものを渡す事もある意味、凄い。
「サンキュ」
ユーリは受け取ると軽くお礼をいった。
「いい?あたしの許可なく街出たらひどい目にあわすわよ」
リタは睨みつけるように全員を一瞥すると、足早に中へと向かっていった。
言われたとおり、リタの家で彼女を待つことにしてたものの、エステルはそわそわと落ち着かないようだ。
寝転がるユーリを枕にして、ベティが言った。
「フレンが気になるなら、黙っていっちゃうー?」
「あ、いえ、リタにも挨拶をしないと……」
エステルはそう言うが、やはり落ち着きがない。
「なら、落ち着けって」
ユーリはため息をついた。
「ユーリとベティはこのあと、どうするの?」
カロルはユーリ達の隣りに座った。
「黒幕のとこに行ってみっかな。デデッキってやつも同じとこ行ったみたいだし」
「だったら、ノール港だね!」
「トリム港だろ?」
「ユーリ、知らないんだ」
「何を?」
「ノールとトリムはふたつの大陸にまたがったひとつの街なんだよ。このイリキア大陸にあるのが港の街カプワ・ノール。通称ノール港。お隣のトルビキア大陸には港の街カプワ・トリム。通称トリム港ってね」
「だからノール港から船でトリム港ってわけ。エフミドの丘から、西に向かえばすぐだよん」
ベティが補足する。
「わたしはハルルに戻ります」
「……じゃ、オレも一旦、ハルルの街へ戻るかな。ベティはどうする?」
ユーリがベティの頭にポンと手を置く。
「あたしもユーリについてくよん。あたしら運命共同体でしょ」
ベティは悪戯っぽく笑った。
黒幕の目星はついているし、急ぐことはない。エステルを送り届けるべきだろう。
「え?なんで?ドロボウが逃げちゃうよ!」
カロルは余裕な2人に声を荒げる。
「慌てる必要ねえって。港は黒幕の拠点っぽいし」
「それに、ハルルの街は通り道」
ベティは仰向けだった体を、ぐるんと回すと、ユーリのお腹の上にかぶさるように乗っかりカロルを見た。
「お前…さすがに重い」
「え〜でも……」
カロルは納得がいかないようだ。
「急ぐ用事でもあんのか?好きな子が不治の病で、早く戻らないと危ないとか?」
ユーリがにやりと笑う。
「そんなはかない子なら、どんなに……」
カロルはため息混じりに言って、がくりと肩を落とした。
リタが戻ってくると、ユーリとベティを見てため息をつく。
「待ってろとは言ったけど……どんだけくつろいでんのよ。それにあんたら、どこでもベタベタベタベタと、暑苦しいのよ!」
「あはーリタも混ざりたいなら、遠慮せずこっちおいでよぉ」
ベティはこいこい、と手招きする。
「んなっ!そんなわけないでしょ!」
リタは顔を真っ赤にして言うので、からかいがいがあるなぁと、ベティは思った。
「おかえりなさい。ドロボウの方はどうなりました?」
「さあ、牢屋の中でひ〜ひ〜泣いてんじゃない?」
「疑って悪かった」
ユーリはベティが立ち上がったので、彼もリタに歩み寄り言った。
「ま、いいけどね、こっちも収穫あったから」
「リタ?」
エステルが首を傾げる。
「んじゃ、世話かけたな」
「なに?もう行くの?」
「急ぎの用があるんでね」
「リタ、会えてよかったです。今日はこれで失礼します。お礼はまた後日」
「……わかったわ」
みんなが出て行き、ベティはすれ違いざまにリタに耳打ちした。
「収穫って、エステルの事?」
ベティの言葉を聞いたリタは、びっくりして目を見開いた。
言葉に詰まるリタを尻目に、彼女はにっこり笑って出て行く。