満月と新月 | ナノ
満月と新月



シャイコス遺跡



アスピオからしばらく南へ歩くと、あちこち崩れた遺跡に辿り着いた。

リタがここがシャイコス遺跡だと教えてくれたが、人の気配は全くない。


「騎士団の方々、いませんね」

エステルがキョロキョロと、辺りを見回した。
奥の方は崩れて通れそうにない。
雄大に広がる遺跡の背後の山肌が、この場所の神秘的な雰囲気を更に高めているように見える。

人影を探して遺跡を少し進むと、ラピードが石畳が剥がれた所にいくつも残っている足跡をみつけた。

「まだ新しいわねん」

ベティがラピードを撫でながら言う。

「騎士団か、盗賊団か、その両方か」

ユーリが言った。

「ほら、こっち。早く来て」

リタは先にスタスタと歩いて行き、ユーリ達を急かした。

「暗がりに連れ込んで、オレらを始末する気だな」

「……始末、ね。その方があたし好みだわ」

彼女はそう言ってニヤリと笑った。

「不気味な笑みで同調しないでよ」

リタにそう言われると、あながち冗談でもない気がしてくるので、カロルが少し怯えたように言う。

「な、仲良くしましょうよ」




さらに奥へと進むが、騎士団はおろか盗賊団らしき姿もない。
ここは、魔物もいないようで、実に静かだ。

「騎士団も盗賊団もいねえな」

「もっと奥の方でしょうか?」

「奥っていっても、崩れてて通れそうにないわねん」

ベティは柱が倒壊している遺跡の上の方を見つめ、首を傾げる。

「うん、それに誰かいるようには見えないよね」

「まさか、地下の情報がもれてんじゃないでしょうね」

リタが眉を寄せて爪を噛んだ。

「地下?」

エステルが彼女に向き直る。

「ここ最近になって、地下の入り口が発見されたのよ。一部の魔導士にしか、知らされてないのに……」

「オレらに教えていいのかよ」

「しょうがないでしょ。身の潔白を証明するためだから」

「身の潔白ねえ……」

「発掘の終わった地上の遺跡くらい盗賊団にあげてもよかったけど来て正解だったわ」





リタに言われたように、隠し階段から地下へと降りる。
地底湖のようになっているここは、澄んだ水が溢れていて、涼やかな気持ちよさがある。

不思議とジメジメした空気ではないし、魔物がいるものの、乱すものの居ない空気はいたって静かだ。

「遺跡なんて入るのはじめてです……」

エステルは過去の建造技術にワクワクしながら、勾配を下っていく。

「そこ、足元滑るから気をつけて」

リタがそう言ったので、エステルは足元を確認しながら進む。

まさかの言葉にびっくりして、ユーリはリタを見つめていた。


「なに見てんのよ」


「モルディオさんは意外とおやさしいなあと」

嫌味に言葉を返したユーリに、リタは大きくため息をついた。

「別にひとりでも問題なかったのよね……」



「リタはいつも、ひとりで、この遺跡に来るんです?」

エステルの質問にそうよ、と冷たく答える。

「危険なんじゃありません?」

「何かを得るためにリスクがあるなんて当たり前じゃない。その結果、何かを傷付けてもあたしはそれを受け入れる」

「傷つくのがリタ自身でも?」

「そうよ」

「ためらうとか、悩むことはないんです?」

「何も傷付けずに望みを叶えようなんて悩み、心が贅沢なのよ」

「心が贅沢……」

「それに、魔導器はあたしを裏切らないから……。面倒がなくて楽なの」



「それじゃリタはただ、他人との関わりに怯えて、魔導器にすがってるだけじゃない」


ベティがいつになく厳しい口調で言う。

「なっなによえらっそうに!あんたにあたしの何が分かるっていうの?」

カチンときたのか、リタは彼女に食ってかかった。
それは、図星だったから、ではないのだろうか。


「わかんないわ。だってあたし、リタとは違う人間だから」


あたりまえでしょ、と言わんばかりにハッキリ口にしたベティに、リタはバツが悪そうに押し黙り、それきり2人は黙ってしまった。

「なんか、リタもベティも、すごいです。あんなにきっぱりと言い切れて」

「何が大切かはっきりしてんだな」

「わたしは、まだよくわかりません……」
「適当に旅して回ってりゃあ、嫌でも見つかるって」





遺跡を奥へと進む途中、リタは壊れた魔導器を手に取る。

「この子……駄目か」

「発掘前の魔導器ってこんな風になってんだ」

カロルはまじまじと魔導器を見つめる。

「何を思って、魔導器を遺跡に埋めたんでしょう?」

「その辺のことは今も研究中よ」

リタはひらりと手をあげる。


「魔導器のやっばい欠陥に気がついて、破棄したとかぁ」


ベティが言う。


「それも、推測の範囲を出てないわ」

「水道魔導器も落ちてねえかな」

「どれも魔核がありませんね」

「な〜んだ。それじゃ動かないじゃん」

カロルはつまらなそうに頭の後ろで腕を組んだ。

「魔核も筐体も完璧なんて魔導器、そうそう発掘されないのよ」

「術式により魔術を発現する魔核、その魔術を調整するのが筐体。両者が揃って魔導器と呼ぶ。現代技術で筐体の生産は可能だが、魔核は再生不可能である、……です」

本で得た知識を、自身も確認するように言ったエステル。

「要するに発掘品しかない魔核は貴重ってわけだ。ドロボウが盗むのも当然だな」

「そうでもないわよ。その情報ちょっと古いの」

「えー古いって?」

ベティが興味深そうに聞く。

「発掘品より劣化はするけど、簡単な魔核の復元は成功してる」

「本当ですか!」

「だから、あたしなら、盗みなんてバカな真似はしない。そんなヒマがあるなら、研究に時間を費やして完全に修復する。それが魔導士よ」

皆に顔を背けてそう言ったリタ。
誰にも見えていないその頬は、少し朱を帯びていた。

「立派な信念だよ。けど、それで疑いは晴れないぜ」

「…………口では何とでも言えるもんね」

リタは気にした様子はない。





奥へと進むと、大きなゴーレムが佇んでいて、止まってはいるようだが物々しい雰囲気だ。

リタはそれに向かって走り出す。

「あ、おい!」
「うわ、これも魔導器?」
カロルは今にも動き出しそうな雰囲気に、数歩後ずさる。

「オレは水道魔導器がほしいな」

こんなおもちゃじゃなくて、とユーリは大きくため息をついた。

「この子を調べれば、念願の自立術式を……あれ?うそ!この子も、魔核がないなんて!」

どうやら魔核はないようで、リタはがっくりと頭をたれた。



「りぃたぁぁぁ!」


ベティが叫ぶ。

「なによ、うっさいわね」

リタは恨みがましく彼女をじろりと睨んだ。
先ほどのことをまだ根に持っているようだ。

「リタのお友達が遊びに来てるみたぁーい」

にっこり笑ってベティが指差す方向には、アスピオでよく見かけるマントが見えた。

「ちょっと!あんた、誰?」

「わ、私はアスピオの魔導器研究員だ!おまえたち何者だ!ここは立ち入り禁止だぞ!!」

「はあ?あんた救いようのないバカねあたしはあんたを知らないけど、アスピオの人間なら、あたしを知らないわけないでしょ」

「……無茶苦茶言うなあ」

カロルが呟く。
有名人である事は、本人も自覚しているらしい。
その方向性は、定かではないが。

「くっ!騎士といい、こいつらといい!邪魔の多い!」

マントの男がゴーレムに何やらはめ込むと、突然沈黙していたゴーレムが動き出した。

「うっわーっ、動いた!」

カロルは動かないとたかをくくっていたらしく、自分よりはるかに巨大なその個体から逃れようと慌てふためく。
ゴーレムは大きく振りかぶって、腕を振った。


「リタ!」


エステルが叫ぶが、逃げる間もなく、リタはその腕で殴り飛ばされてしまった。

「今、傷を……!」

壁に打ち付けられ、ぐったりとする彼女にエステルが駆け寄り、治癒術を施す。
それをみて、リタはエステルを腕を勢いよく掴んだ。

「あんた、これ……」
「な、なに!?」
「今の……」
「え、えっ?ケガを治そうと……」

「サボってないで手伝って!」

カロルが2人に叫ぶ。

「あ〜、もう、あたし、あのバカ追うから!ここはあんたらに任せた!」
「行けねぇぞ!?」
「……もう!あのバカのせいで!!」
リタは地団駄を踏む。


「仲良く人形遊びするしかねえな」
「速攻ぶっ倒して、あのバカを追うわよ!」

ベティが勢いよくゴーレムの足元に突っ込むと切り崩そうと、双剣を振るう。

ラピードも加勢に加わり、ぐらりとゴーレムが傾いた。

「ごめんね!揺らめく焔、猛追!ファイヤーボール!」

さらにリタの魔術が追い打ちをかける。

「うぉりゃ!!爆砕!」

完全にゴーレムが倒れた所で、ベティは後ろに下がり術式を展開する。

「銀の光輪ここへ、エンジェルリング!」

エステルが追撃する。その間もユーリとラピードは切り込んで行く。カロルもなかなか善戦といっていい。


「唸れ雷、叫べ雷豪、その身を焦がせ!サンダーバード!」


ゴーレムに向かって大きな雷鳥が突き抜けると、そのまま動かなくなった。

「なに‥いまの魔術‥」

リタはすっかり固まっている。

「相変わらずすげー威力‥」

ユーリがため息をつく。

「えぇいまのベティがやったの?!」

カロルは見たこともない大掛かりな魔術に口を開けていた。


「あとは動力を完全に絶って……ゴメンね……」

リタがはっと我に帰り、ゴーレムの操作盤を開く。
ベティが彼女を急かすが、わかってるわよ!と威勢のいい声が返ってくる。
彼女は術式に何か手を加えたようで、ゴーレムは完全に光を失った。

「あんたも早く!」

リタがエステルに叫ぶ。

「でも、フレンは……」

「あんな怪しい奴が、ウロウロしてて騎士団なんていねって」

ユーリは少しイラついたように声をあげる。

「じゃあ、もうフレンは……」

「もうここにはいないってば!エステルいくよ!」

ベティはエステルをひっぱり、一緒に遺跡を駆けた。


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