満月と新月
アスピオに入るには
辿り着いたアスピオの街は、洞窟の中にあった。
外から覗くだけでも、街の中にはたくさんの魔導器の明かりが見える。
「ここがアスピオ……です?」
「薄暗くてジメジメしてるね……」
カロルが言う。
まさにその通りで、風の通らない洞窟の中は入り口近くのこの場所でも、空気が淀んでいるように思えた。
「魔核盗むなんて、太陽見れねぇと心までねじくれんのかね」
ユーリは腰に手をあて、ため息をつく。
ベティはよく旅をするが、アスピオに来るのは初めてだった。
魔導器研究に興味はないし、許可証がなければ中には入れない。
当然立ち寄ることのない街だ。
だが、モルディオの名前なら知っている。
天才と謳われる若干15歳の、少女だ…一日中1人で研究に明け暮れ、人と関わりを持たない変わり者らしい、と聞いている。
そんな彼女が魔核を盗んで歩くとは思えない。
街の入り口には2人の門番の騎士が立っており、ユーリ達に声をかける。
「通行許可証の提示を願います」
「許可証……ですか……?」
思ってもいなかった要求に、エステルは首を傾げる。
「ここは帝国直属の施設だ。一般人を簡単に入れるわけにはいかない」
もう一人の門番が、冷たく言った。
「持ってんの?」
カロルがユーリに向き直る。
しかし彼は困ったように眉を下げ、肩を竦める。
「中に知り合いがいんだけど」
ユーリの言葉に門番ははぁ、とため息をついてから言う。
「正規の訪問手続きをしたなら、許可証が渡っているはずだ。その知り合いとやらからな」
高圧的な態度は、付け入られないための一種の防衛にはなるのだが、この騎士はたぶんそんな事は考えていないだろう。
「いや、何も聞いてないんだけど。なら、呼んできてくんないかな?」
ユーリの目的は、なにも街の中に入らずとも済む。
一先ずモルディオに会いさえすればいいのだから。
「名は?」
「モルディオ」
その名を口にした途端、門番はビクリと身体を震わせた。
「や、やはりダメだ!書簡にてやり取りをし、許可証を交付してもらえ」
取り繕うようにそう言い放ったが、モルディオ、と名前を出した途端に彼らがたじろいだので、ユーリ達は首を傾げる。
「あの、フレンという騎士が、来ませんでしたか?」
フレンとの接触の機会だけでも作ろうと、エステルはたずねた。
「施設に関する一切は機密事項です。教えられません」
「フレンが来た目的も?」
ピシャリと言い放った騎士に、間髪入れずユーリが質問を投げかけた。
「もちろんです」
「ってことは、フレン来たんだぁ」
うまく乗せられ、来た事を漏らしてしまった門番に、ベティはからかうようにニヤニヤと笑ってしまう。
「し、知らん!そんな騎士は……」
慌てて取り繕うようにそう言ったが、それは認めるようなものだ。
「せめて伝言だけでもお願いできませんか?」
少しでも緒を掴もうとエステルが言うが、もう門番は取り合ってはくれないだろう。
「こいつらに何言っても時間の無駄だって」
ユーリの言葉に、彼女はシュンと俯いた。
ユーリ達は通してもらえない門から離れて、作戦会議を始める。
「冷静にいこうぜ」
「でも、中にはフレンが……」
「諦めちゃうの?」
カロルがエステルを見る。
彼にとってはどちらでもいい問題なのだが、一緒に行く以上は目的を達したいらしい。
「絶対に諦めません!フレンに会うんです」
「うーん。まだ居るとは限らないかもよぉ?」
意気込むエステルだったが、ベティの言葉にそうですね、と悲しそうに呟く。
確かに先ほどの門番とのやりとりで、フレンが来た事はハッキリしたが、まだ街に居るのかどうかは不明瞭なままだ。
「俺はモルディオのやつから魔核取り返して、ぶん殴ってやる」
ユーリは兎にも角にもそれが目的なので、どうにかして街に入らねばならなくなった。
「他の出入り口とか探さない?」
カロルはどことなく楽しそうだ。
「それ、採用。いざとなれば、壁を越えてやりゃあいい」
ユーリはパチンと指を鳴らして彼に同意した。
ベティは洞窟を外と断絶する壁を見上げて、どうやって?と苦笑いした。
門番がいた入り口をぐるっと裏手に回ると、勝手口らしき扉があった。
特に見張りも居ないので、ユーリがノブを回してみる。
「開いちゃいないか」
案の定、開かない扉に、ユーリはうーんと首を捻る。
「フレンが出てくるのを待ちましょう」
エステルはきっぱりとそう言うが、そもそも彼が居るか居ないか定かではない。
「モルディオは待ってっても出てこないわねん」
ベティはため息混じりに言って、ヒラヒラと手を振った。
「だったらフレンにお願いして中に入れてもらうのはどうです?」
「まだ街に居るかわかんないのに、ずっとここで待つの?」
カロルの言葉に、エステルはそれは…と困ったように俯いた。
「それに、あいつ、この手の規則にはうるさいから…頼んでも無駄だって」
そんなユーリ達を無視して、カロルは扉の前まで行き、カチャカチャとなにやら作業を始めた。
「カロル、なにをしてるんです?」
エステルの問いに返事をすることなく、彼は頷く。
「よし、開いた」
その声と同時に、カチャンと鍵が外れる音がした。
「え?だ、だめです!」
まさかのピッキングをやってのけたカロルに驚きつつも、エステルはいけません、犯罪です!と首を振る。
「……魔狩の剣はいつから、盗賊ギルドになったのん?」
ベティはからかい混じりにカロルを突つく。
「え、あ、そんなわけないよ……まあ、ボクぐらいだよ。こんなことまでやれるのは」
ちょっと誇らしげにそう言ったカロルは、手先は器用なんだよね、と付け加えた。
いざという時は助かるが、手癖の悪い子供のようで、複雑な気持ちなのだ。
「ご苦労さん、んじゃ行くか」
ユーリは別段、気にした様子もなく扉に手をかける。
「ほんとに、だめですって!外で待ちましょう」
エステルが声を荒げたが、ユーリは困ったように笑うだけで、扉を開けてさっさと中へ入ってしまった。
「あっ!ちょっと!ユーリ!」
エステルの説得も虚しく、カロルもユーリに続く。
「んじゃぁエステル!ここで待っててねん」
ベティもそう言って、エステルを置いて中へ入って行く。
「え、えっと、でも………っ!!わ、わたしも行きますっ」
彼女は慌ててベティの背中を追いかけた。
その一歩はどうしてか罪悪感よりも、浮ついた気持ちのが大きくて、心の中で小さく母親に詫びた。