満月と新月 | ナノ
満月と新月



樹を蘇らせる2人



ハルルに戻る頃にはすっかり夜がふけていた。


四人とラピードがよろず屋に顔を出すと、店主はカロルを覚えていたようで、気さくに声をかけてくる。

「おっ、戻ってきたか。材料は揃ってるのか?」

「ちゃんとあるよ」

カロルが三つの素材をよろず屋のカウンターに並べていく。

「全部あるな。よし、作業に取り掛かるぞ」

店主はそれを一つ一つ確かめて、カウンターの奥へと消えて行った。

五分ほど待っていると、店主が戻ってきて茶色い瓢箪のようなボトルを差し出す。

「はい、パナシーアボトルだ」

正真正銘、パナシーアボトルだ。
三つの素材は無事に解毒薬へと昇華したらしい。

「これで毒を浄化できるよ!行こうよ!」

カロルは嬉しそうに言うのだが、肝心の物を落としそうで怖い。

「慌てんなって。ひとつしかねえんだから、落としたら大変だぞ」

中身をぶちまけて意気消沈する彼の事も、住民の事も見たくは無いのでユーリはなだめる様にそう言った。

「う、うん。なら、慎重に急ごう!」

ベティは意気揚々としているカロルが、とても子供らしくてかわいいと思った。
なぜ魔狩の剣にいるのか分からないが、彼には似合わない。


カロルはぎゅっと大事そうにパナシーアボトルを抱え、しっかりとした足取りで進んで行く。
その背中はちょっと誇らし気に見えた。

「おおっ、解毒の薬ができましたか!?」

長老が一行を樹の下で迎える。
それに加えて噂を聞きつけた住人達が、樹の近くに大勢集まっていて、すっかりユーリ達は注目の的。

「カロル、任せた。面倒なのは苦手でね」

「え?いいの?じゃあ、やるね!」

ユーリは、カロルをさりげなく立てる。

「カロル、誰かにハルルの花を見せたかったんですよね?」

「たぶんな」

カロルは逸る胸を抑え、変色した土にパナシーアボトルをかける。
すると、すぐに白い光があふれ土を綺麗に浄化していく。
さながら希望の光のように、ゆっくりとそれは幹の方へと昇って広がり始める。

「樹が……」

エステルが呟く。

「お願いします。ハルルの樹よ、よみがえってくだされ」

長老は祈るように言う。
住民からも小さく歓声が上がる。

が、そんな願いも虚しく、光は夜の闇に消えていった。

「そ、そんな……」

長老が言う。

「うそ、量が足りなかったの?この方法じゃ……」

カロルは焦った様子で土が浄化されている事を確認する。

「もう一度、パナシーアボトルを!」

「無理です。ルルリエの花びらはもう残っていません」

「そんな、そんなのって……」

長老は期待していただけに、かなりショックだったのか、悔し気にそう言ったので、エステルはひどく悲しそうだ。


「大丈夫。毒は消えたわ…ただ、樹の力が弱りすぎていてエアルを取り込めないの…」


周りから落胆の声が上がる中、ベティは構わず優しく樹に触れた。
すると触れたところから光が溢れ、瞬く間に幹から枝へと広がる。


「ベティ?」

ユーリはベティに歩み寄ろうとする。
彼女の指先から広がった光は、緩やかに幹を昇って行く。



「……お願い‥‥‥咲いて」



エステルが祈るように手を合わせた。
すると彼女からも、光が溢れベティの力に上乗せするように、共鳴していく。

光はすぐに重なり合い、合間ってお互いを助長しあったのか、迸る様に樹の枝という枝を駆け巡る。

ぱっと辺りは明るくなり、まるで内から輝きを放つかの様に樹は生気をとりもどしていく。
枝には次々と蕾がつき、それはどんどん花をさかせ、何時の間にか夜空一杯に満開のハルルの花が広がっていた。



「す、すごい……」

カロルが上を仰ぎ見る。
枯葉が舞い落ち街に影を落としていた樹は、まるで別物の様に、上から鮮やかな花弁の雨を降らせている。

「こ、こんなことが……」

村長の一言で住民たちも口々に話し出す。

「今のは治癒術なのか……」
「これは夢だろ……」
「ありえない……でも……」



「はあ……はあ……」

エステルは苦しそうに肩で息をしながら、その場にへたり込んでしまう。

「お姉ちゃん達!すごい!すごいよ!」
「ありがとね!樹を元気にしてくれて!」

子供達がかけよってきたので、彼女は優し気に笑みを返すが、疲れが滲んでいた。

「ありがとうございます。これで、まだこの街もやっていけます……」


「わ、わたし、今なにを……?」

長老にも声をかけられるが、エステルはすっかり困惑していた。

「ユーリ」

カロルがユーリに手を掲げ、ニッと笑う。
それに彼も笑い、パシンと互いの手を打ち鳴らした。


苦しそうなエステルに比べ、ベティは息も乱れてはいない。
エステルの側に近付くと、目線を合わせる様にかがんで彼女の髪を撫でた。

「ありがとう‥彼女も喜んでる」

「彼女‥?あの、ベティ!私達はなにを?」

エステルだけに聞こえる声で、彼女は続ける。

「大丈夫怖がることはないわ。でもあまりその力は使わない方がいい……私と違って、エステルには守護者が居ないから」

こちらに微笑みかけた彼女の表情は、なぜかとても悲しそうで、それでいて優しげだった。

「それってどういう‥」

エステルは聞いたが、ベティは彼女の側を離れると、また樹に近づいていった。

「フレンのやつ、花が咲いてて、ビックリだろうな。……ざまあみろ」

ユーリは樹を見上げて、楽しげに笑う。

「ユーリとフレンって不思議な関係ですよね。友達じゃないんです?」

「ただの昔馴染みってだけだよ」


ふいにラピードが唸る。
その視線を追うと、樹の向こうに赤眼が数人いた。
まだこちらには気がついて居ないようだ。


「あの人たち、お城で……」

「住民を巻き込むと面倒だ。見つかる前にここを離れよう」

「え?なになに?どうしたの!」

「カロルほらいくよ!」

ベティはカロルを引っ張った。




赤眼に見つからないよう、人混みにまぎれ樹から離れて坂を下る。

「面倒な連中が出てきたな」

「待っていればフレンも戻ってくるのに」

「そのフレンって誰?」

先ほどから話に出てくる謎の人物について、カロルが問う。

「エステルが片想いしてる騎士様だ」

「ええっ!!」

ユーリの言葉にカロルは目を白黒させて驚いた。

「ち、違います!!」

「あれ?ああ、もうデキてるってことか」

慌てて否定したエステルに、ユーリはいたずらっぽく笑う。

「もう、そんなんじゃありません」

「恋人の身を案じ帝都を飛び出す乙女、そこに迫る謎の敵……ああ、また遠ざかる2人の距離……」

「もうベティまで!違います!」

彼女は顔を真っ赤にして否定している。
それでは満更でもないように見えるのだが…

「行き先がわかってるなら追いかけたら?」

カロルが言った。

「確か、東に向かったって言ってたよな」

「たぶんアスピオの事ねん、魔導士を連れてくるって言ってたし」

ベティが頷く。

「そりゃ丁度いいぜ」



「待ってくだされ。お礼がしたいので、我が家へおいでください」

坂をずんずん下って行くユーリ達を、長老が慌てて呼び止める。

「お礼だなんて……」

エステルがとんでもない、と首を振る。

「遠慮なさらずに。私は先に家に戻っております」

「あ、ちょっと長老ってばぁ!」

ベティが引きとめようとしたが、彼は断られるのを避けようと、足早に行ってしまった。



「どうする?お礼だって」

カロルはなんだか嬉しそうだ。
怒られこそすれ、褒められる事の少ない彼にとって、感謝されるというのは貴重すぎて頬も緩む。

「無視してくわけにゃいかんだろ」

「でも、何したかもよくわからないですし…」

「ま、とりあえず行っとこうぜ。断るにしても」

ユーリは、ベティはそうでもないみたいだけどな…1人心の中で補足する。
彼女とエステルの力は同じようで、何処か違う所があるようにも思えた。
本人の自覚の問題よりも、もっと根本的に何かが違う。


とりあえず、無下にもできないので、一行は長老の家に立ち寄った。
ベティは我関せずといったところで、階段の下でラピードと何かを話していた。
それはまるで会話しているかのようなので、他人からみれば、犬に話しかけるちょっと危ない人だ。

「ささ、ごゆっくりと……」

長老は彼らを中に招き入れようとするのだが、エステルがやんわりと断りをいれた。

「ありがとうございます。でも、わたしたち、あまりゆっくりもできないので……」

「まだ騎士様も戻られていないのに街を離れるのですか?」

「ちょっと事情が変わってね」

長老の言葉にユーリが返事をする。


「私でお力になれることならなんなりと……」

「お気持ちだけ、いただいておきます」

まるで礼儀作法のお手本のようなエステルからは、育ちの良さがうかがえる。

「そうですか……でしたらわずかばかりですか、どうぞお受け取りください」

御礼はいらない、では納得がいかないのか、長老がお金を差し出した。

「いえ、それは受け取れません」

エステルがきっぱりと断わる。

ハルルは必死に切り盛りした資金で、毎年ギルドを雇わなければならず、おまけに街を守る程の護衛ならば、決してその金額は安くはないだろう。
余裕はあまり無いはずだ。

「いや、しかし、それでは我々の気持ちが収まりません」

なおも引かない長老に、ユーリが言う。


「なら、こうしよう。今度、特等席で花見させてくれ」


「あ、いいですね!とても楽しみです」


「……わかりました。そのときは、おもてなしさせていただきます」


彼らの人の良さに感服、と言った様子で長老は笑った。






「待ってろよ、モルディオのやろう」

「話終わったぁ?」

ベティが立ち上がる。

「うん!今度特等席で花見させてくれるって!」

カロルはベティに駆け寄る。

「うーんそれはいい報酬ねん!」

ベティが心底嬉しそうに笑ったので、ユーリは面食らってだらしなく口をあけていた。
花も恥らう、と言えばなんだかクサいが、まさにそんな笑顔だった。


「不謹慎かもしれませんが……わたし、旅を続けられてうれしいです。こんなに自由なこと今までになかったから」

エステルは手を組んで目を瞑る。
帝都を出てから起こる、様々な出来事を噛みしめるように。
城の中での単調な時間が嘘みたいに、今の方が生きている気がするのだ。


「大げさだな。で、カロルはどうすんだ?」

「港の街に出て、トルビキア大陸に渡りたいんだけど……」

「およー。んなら、バイバイだねぇ」

「え!?」

カロルはベティの言葉に焦ったように反応する。

「カロル、ありがとな。楽しかったぜ」
「お気をつけて」

「あ、いや、もうちょっと一緒について行こうかなあ」

「なんで?」

ベティは意地悪な笑みを浮かべる。


「やっぱ、心細いでしょ?ボクがいないとさ」


「ま、カロル先生、意外と頼りになるもんな」
「では、みんなで行きましょう」
「そぉねぇ……じゃ、赤眼が来る前にここを出た方がいいわねん」

彼らは、満開の花が咲きほこる街をあとにした。


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