満月と新月 | ナノ
満月と新月



7・dominus



「奥は前とかわり映えしねえな」

「この結晶なら、持っていけそうじゃない?」

リリはちょうどいい大きさの結晶を見つけ、ベティに指差した。

「ん、ならコレリリが持ってて」

彼女はそれをパキンと折ってリリに手渡す。
キラキラと光る結晶は、それだけでも価値があるように見えて、高く売れそうだ。
実際のところ、宝石の類にするには脆すぎるのだが。


「あら?」


少し先を行っていたジュディスが、首をかしげて立ち止まる。

「どうした?ジュディ」

「……ここもう一番奥だわ」

困ったわね、と頬に手を当てる彼女。
その言葉通り、エアルクレーネまで来てしまった。


「なんか……泉が無くなってない?前はもっと水が張ってたような…」


カロルは魔物が居ないとふんだようで、たたたっと泉のそばまで駆けていき声を張り上げた。

よくよく思い返せば、ここはもっと水があり、泉が大きかったはずだが、わずかな水たまりを残して干上がっていた。




「……エアルがほとんど残ってないわねん……これじゃまるで、フェローの岩場だわ」

「エアルクレーネが枯れたと言う事かしら?だとしたら、荒廃していないのもおかしな事だわ」

「最近になって枯れちゃったとか?」

「でも、もうエステルの力は影響ねえんだろ?魔導器もねえし、なんで枯れちまったんだ?」

「何かがここでエアルを乱したのかもしれないわねん……それにしたって、魔物が居なくなって、入り口の結晶化が活発になるっていうのは……ねえ?」



「よくわからないけど、ここから下に降りられそうよ」

リリはエアル云々の話はよくわからない。
専門的な知識もない上に、エアルクレーネがそもそも何かを知らないのだ。

だが彼女はわずかに残った水たまりのそばで、皆にこっちこっちと手招きした。


それに従いそばまで行くとそこは、何か大きな力で抉られたようにぽっかりと結晶がくり抜かれていて、中は不気味なほど暗闇が続いている。

「絶対に入りたくない」とカロルはぶるりと肩を震わせた。


「あら、とんでもなく楽しそうなところを見つけるのね」

ジュディスは妖艶に微笑んで、髪をさらりと払った。
歩き出そうとする彼女を引き止めたのは、ベティだ。

「だぁめ〜崩れたら生き埋めになっちゃうわよん」

「けれど、このままでは餓死してしまうわ」

あらあら、と微笑む彼女に、ユーリが頷いた。

「魔物がいねえし、他に食えそうなもんねえもんな…」


「やっぱり、もう一回だけ出口へ戻ってみない!?」

パッと顔をあげたカロルは、ユーリに来た道を指差した。
世界を回って強くなった彼だが、明らかな不気味さは別の意味でも避けたいようだ。



「道塞いだアレにどうやって穴開けて出るんだよ」


「ベティの魔術でばーんと…ってだめか…」



「ちょっとくらいなら、エアル乱したって大丈夫よねん?戻ろっか」

ベティはくるりと向きを変え、カロルに笑いかけた。

「ほんとに!?じゃあいこういこう!」

慌てて走り出しそうになったカロル。
ぐいっと首根っこをユーリに掴まれ「落ち着けって」と肩を優しく叩かれた。

「あ、うん…そうだね…つい」

恥ずかしそうに彼は頬をかいて、きゅっとスカーフを整えてからユーリたちに向き直った。
少し背が伸びたとはいえ、まだまだユーリには届かない。

「で、どうするの?」

リリは成り行きを見守る事しかできない。
せめて進行役にはなろうと、皆に声をかけた。

「入るか入らないか、出口へ戻るか、戻らないか」

若くして大きなギルドをまとめる、リリ・ポーネル。
メアリー・カウフマンに負けず劣らず、いい女……
なのだが、カウフマンが自分で動き回って何かを得る、とするならば、リリは皆が動きやすいように誘導していくタイプのボスだ。

「精霊の気配は戻りそう?」

ジュディスの質問に、ベティは首を横に振った。

「私はここへ入るべきだと思うわ。マズイ事が起きているのならば、突き止めるのも悪くないでしょう?」

「何があるかわからないし、本当に危ないわよん」

「けど足使って戻っても、あんな馬鹿でかい壁どうしようもねえだろ」

「ちょっと魔術使うくらいいけないのかな?」

「もしも枯れているのだとしても、エアルクレーネのそばでエアルを大量に使うのは危険だわ」




「…リリ、どう思う?」



ベティがそう言ってリリを見つめると、皆の視線も彼女に向かった。
困ったように肩を竦めて見せると、彼女は考え込むかのように首を傾げた。


「エアルを刺激するから入口で魔術は使えない、崩落するかもしれないから、ここには入らない方がいい…かぁ」


彼女は整理するようにそう言って、ポケットから小さな銀の笛を取り出した。

「あなたたち、充分に戦えるのよね?」

念を押すように皆を見回す。

「あたりまえだろ?魔導器が無くても、スキルはあるしな」

「あら、私は前と全く変わりないわよ」


「だったら、コレ首からぶら下げててね」

リリは銀の笛を差し出し、ユーリに手渡した。

「なんだ?」

不思議そうに首を傾げながらも、彼はそれを受け取った。
銀でできた笛はキラキラと結晶の光を反射して光るだけで、なんの変哲もないただの笛にしか見えない。


「もし崩落したらそれで知らせて?そしたらこっちでなんとかするから」

リリは当たり前のように言う。
だが、なんとか、とはどう言う事なのだろうか。
不安を感じずにはいられない言い方だ。


「いつ魔物が出るかわかんねえのに、あんた置いていけるわけねえだろ?」


「なにいってるの、ベティは私とここで待機よ?もちろん、カロルくんもね」

「えっそうなの?」

ベティは驚いたように目を瞬かせた。


「あたりまえでしょ?」

リリはなぜか不思議そうに首を傾げ、そんな彼女を見つめた。
中に入らなくていいとわかったカロルがほっと胸を撫で下ろしている間に、ジュディスは降りようと穴の入口へ歩みを進める。

「あ、ジュディ!勝手に行くなよ」

ユーリはやれやれとその背中を追いかける。
そして入口に入りかけた所で立ち止まり、ベティに振り返った。

「無理して魔術使うなよ?」

ひらり、と手を振って、彼は暗く口を開けている中へと入って行った。




「2人とも、本当に大丈夫かな?」

カロルの不安な声が、ベティにはやけに耳について残った。






[←前]| [次→]
しおりを挟む