満月と新月 | ナノ
満月と新月



エッグベアを探して



再びクオイの森にやって来たユーリ達。
ベティは怖いのかまた黙り込んでしまった上に、不機嫌そうだ。

「ねえ、疑問に思ってたんだけど、三人……ラピードもなんだけど なんで魔導器持ってるの?武醒魔導器なんて貴重品」

「うぇーカロルも持ってるじゃないの」

めんどくさそうに、ベティが言った。

「ボクはギルドに所属してるし、手に入れる機会はあるんだよ。魔導器発掘が専門のギルド、遺構の門おかげで出回る量も増えたしね」

「へえ、魔導器掘り出してるギルドまであんのか」

ユーリにとってギルドというのは馴染みがない。

「うん、そうでもしなきゃ帝国が牛耳る魔導器を個人で入手するなんて無理だよ」

「『古代文明の遺産、魔導器は、有用性と共に危険性を持つため、帝国が使用を管理している』です」

「やりすぎて独占みたいなもんだけどな」

「そ、それは……」

エステルはユーリの言葉に、少し返答を困ったようで、気まずそうに俯いた。

「で、なんで、持ってんの?」

カロルは疑問を解決せずにはいられないらしい。

「オレ、昔騎士団にいたから、やめた餞別にもらったの。ラピードのは、前のご主人様の形見だ」

「餞別って、それ盗品なんじゃ。……えと、エステルは?」

「あ、わたしは……」

「貴族のお嬢様なんだから魔導器のひとつくらい持ってるって」

ユーリは、カロルにわからないように助け舟を出した。
エステルがどういう立場なのかは、薄々感づいて居るのだろう。
本人が黙っているのなら知らないふりをする、というのは中々大人の対応だ。

「あ、やっぱり貴族なんだ。エステルにはなんか品があるもんね。ベティはなんでもってるの?」


「あたし、持ってないけどぉ」


さらっと言ったベティだったが、これには全員が驚きを隠せない。


「え‥でも‥ベティ、デイドン砦で‥」

「バカ言ってねえで、さっきんとこにニアの実、取りに行くぞ」

そこでユーリが話を切った。

確かに彼女は魔術を使っていた。
クリティア族にも見えないし、武醒魔導器なしで魔術をつかえるなど、聞いたことがない。

エステルは隠しているようだが、治癒術以外は武醒魔導器を使っているようだった。
ベティは自ら持っていないというし、魔術も術技もつかっている。
魔導器を身につけるのは何も見えやすい所とは限らない。
当然に彼女も持っているものだと、思っていた。

気にはなったが、なんとなく今聞くことではない気がして、彼女が何かいう前に誤魔化してしまったのだ。


「ところでさ‥ベティってもしかして、ベティ・ガトール?」

「うぃーそうだけど」

ベティはやはり不機嫌そうだ。
心底この場所が嫌なのだろう。

というより、恐怖で心ここにあらずと言うところだろうか。

「えー!!やっぱり!夢歌の音のベティだよね!!」

カロルは反対にテンション最高潮といったところだ。

「なんです?その夢歌の音って」

聞き慣れなない言葉に、エステルが首を傾げる。

「音楽ギルドだよ!神出鬼没のストリートミュージシャン集団!ベティは夢歌の音の中でも1番人気の歌姫で、ベティが歌えばダングレスト中から人が集まって来るんだよ!」

カロルは自分の自慢話のように話す。

「歌姫だなんて!ベティ素敵です!」

「歌姫ねぇ‥顔が広いのはそう言う訳か」

「カロル‥期待を裏切るようで悪いけど、私は夢歌の音のメンバーじゃないよん」

ベティはため息をついた。

「え!そうなの?でもあのベティなんだよね?」

「ストリートライヴは夢歌の音から依頼を受けてやってるのぉ。私はどこのギルドにも入ってないわ」

「そーいや、前に、ギルドには入ってないっていってたな」

「そ、のらりくらりと日銭稼ぎの旅人ですぅ」

ははっとベティは笑った。

それを聞いて、ユーリはますます彼女に興味が出てきた。
何故かはわからないが、もっと知りたい、と思わせ、人を惹きつける魅力が、彼女にはある気がする。

「ベティの歌、聴いてみたいです!ぜひ歌ってください!」

エステルが、期待たっぷりの眼差しでベティをみる。

「おわっっとぉ!さすがにエステルの頼みでも、生業にしてんのにここじゃ歌えないわぁ。ダングレストで機会があったら聴いてってん」

「残念です‥」

エステルにはそんな遠くへ行く自分はとても想像ができなかった。
今ここにいる事すら、夢のようにふわふわとしているのだから、ベティの歌は聴けないだろう、と思わずにはいられない。







ニアの実をみつけたユーリがいくつかそれを拾った。

「あとは、エッグベアの爪、だね。ニアの実ひとつ頂戴。エッグベアはね、かなり変わった嗅覚の持ち主なんだ」

カロルが自信ありげにそう言ったので、ユーリは実を投げ渡す。

彼は危な気にそれを受け取ると、ゴソゴソと何かをはじめる。

すると煙が立ち昇り、異様な匂いがあたりを包む。



ラピードが匂いを誤魔化そうと、地面に鼻を擦り付けた。

「くさっ!!おまえ、くさっ!」
「ちょ、ボクが臭いみたいに!」
「いやーん!カロル超くさいよ!くさすぎるぅ!」
「先に言っておいてください」

騒ぐ一行の中で、ラピードがばたりと倒れた。

「あわわ!ラピード、しっかりして!死なないでぇ!」

ベティがあわててラピードに駆け寄る。
口をだらしなく開けて、苦しそうに喘ぐ彼の姿は、見るに耐えない。
人より鼻がいいのだから、さぞ辛いだろう。

「みんな警戒してね!いつ飛び出してきてもいいように」

「やだ!カロルこっちこないでぇ!ニオイがうつるぅ!」

皆の拒否っぷりに反して、カロルは存外平気なようだ。


「エッグベアは凶暴なことでも有名だから」


「そのお相手はカロル先生がやってくれるわけ?」

「やだな、当然でしょ。でも、ユーリも手伝ってよね」

「わたしもお手伝いします。ほら、ベティもラピードも」

「じゃ、まあ、これでちょっと森の中、歩き回ってみっか」




暫く歩くと、茂みからガサガサと音が聞こえてくる。

「ほ、本当に凶暴だから、き、気をつけて……!」

そう言ったカロルは慌ててユーリの後ろに隠れる。

「そう言ってる張本人が、真っ先に隠れるなんて、いいご身分だな」

「エ、エースの見せ場は最後なの!」

強がって見せるが、武器を構える手は震えている。
よくもまあこれで、1人森に居たものだ。



茂みからでてきた熊のような魔物は、立派な両腕に大きな爪がギラリと光っていた。
くぐもった呻き声をあげこちらに近づいてくる。

「うわああっ!」

カロルは恐怖が勝りすぎて腰を抜かしてしまい、少し涙目になっている。

「こ、これがエッグベア……?」

「どんな嗅覚してたら、コレに寄ってくるのよん」

「なるほど、カロル先生の鼻曲がり大作戦は成功ってわけか」

「へ、変な名前、つけないでよ!」

「そういうセリフは、しゃきっと立って言うもんだ」

ユーリが素早く斬りかかったので、ベティは距離を取って銃を構えるとエッグベアの肩めがけて撃ち込んだ。

痛みで大きく仰け反った所を、ユーリがさらに斬りかかる。

「ベティナイスフォロー!」

「煌めいて 、魂揺の力!フォトン!」

光の球が弾ける。
ラピードが足元を切り崩し、カロルが振りかぶって叩きつける。

「あどけなき水の戯れ、シャンパーニュ」

ベティの魔術がさらに追い打ちをかけると、とどめにユーリが斬りかかった。

「斬!成敗!」

その一撃の後、エッグベアは事切れ動かなくなった。


「フォローありがとな」

ユーリは剣にまとわりついた血を払う。

「およよ、案外あっけなかったねぇん」

「カロル、爪取ってくれ。オレ、わかんないし」

「え!?だ、誰でもできるよ」

「わたしにも手伝わせ…………うっ」

エステルが近付こうとするも、グロテスクな状態に踏みとどまる。

「エステルとベティは周囲の警戒な」

「は、はい」

「了解であります!ユーリ隊長!」

ベティが騎士の敬礼を真似たので、呆れたとユーリが呟く。

「も、もう動かないよね?」

おそるおそるエッグベアに近付くカロル。

ユーリはその後ろで悪戯な笑みを浮かべる。
ベティもユーリの隣に並ぶと、顔を見合わせてタイミングをはかる。




「「うわああああっ!」」




「ぎゃあああ〜〜〜〜〜っ!」

カロルが思い切り腰を抜かした。

「驚いたフリが上手いなあ」

「あ、うっ……はっはは……そ、そう?あ、ははは……」

「ユーリとベティはいつも息ぴったりです‥」

エステルは少しだけ悔しそうに呟いた。

「大丈夫か、ラピード?」

まだ鼻をグシグシ言わせていたラピードにユーリが言う。

「ほれっカロルのことかんじゃえ」

ベティはにやりとカロルを見た。
ラピードも鋭い目つきで彼に視線をうつす。

「やっやめてよぉ」

苦笑いのカロルにじりじりとラピードが迫る。
彼も、カロルをからかうことを、しっかり覚えたようだ。

「さ、戻ろうぜ」





森の出口近くまでくる頃には、夜が迫っていた。
闇は不気味な森をいっそう引き立てる。
ユーリにべったりだった、ベティだが、間の抜けた声が聞こえて、振り返った。



「ユーリ・ローウェル!ベティ・ガトール!森に入ったのはわかっている!」



「冗談だろ。ルブランのやつ、結界の外まで追ってきやがったのか」

ユーリはまさかのお馴染みさんに、驚いたようだ。

「あんれ、やけにしつこいわねん……やっぱエステル絡みかなぁ」

「誰かに追われてんの?」

カロルが言った。

「ん、まあ、騎士団にちょっと」

「またまた、元騎士が騎士団になんて……え、え、ええ〜っ!!」

カロルはきっとそんな事には関わり合いになりたくないのだろう。
もちろん、誰だってそうだ。


「す、素直に出てくるのであ〜る」
「い、今ならボコるのは勘弁してあげるのだ〜」
「噂なんぞに怯えるとは、それでもシュヴァーン隊の騎士か!」

呪いの森の噂は有名なのか、誰かに聞いたのか、向こうも随分と怯えているようだ。

「……ねえ、何したの?器物破損?詐欺?密輸?ドロボウ?人殺し?火付け?」

「いえいえ、一応脱獄だけだと思うんだけど……」

ベティは剣を抜くと、木を背の低い切り出した。

「ま、とにかく逃げるぞ」

ユーリも同じように背の低い木を切る。

2人は来た道を、木で簡単に塞いだ。

「これでよしっと」

「だ、だめですよ!関係のない人に迷惑になります!」

「呪いの森だぞ、誰も通りゃしないよ」

「時間稼ぎにはなるでしょん」

一行はハルルに向けて歩き出す。

「わ〜、待ってよ〜!」


ユーリ達の犯罪歴について考えていたカロルは、やや遅れながら彼らの後を追いかけて、森を後にした。


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