満月と新月 | ナノ
満月と新月



クオイの森の呪い



「ねえ、あなた。私の下で働かない?報酬は弾むわよ」
赤いフレームのメガネをかけた女性が、お金の入っているらしい袋を掲げてユーリに話しかけてきた。

彼は怪訝な顔をしたまま、何も言わない。

「社長に対して失礼だぞ。返事!」

隣に控えていた男が怒鳴る。

「名乗りもせずに金で釣るのは失礼って言わないんだな。いや、勉強になったわ」

「おまえ!」

「面白い子ね。私はギルド『幸福の市場』のカウフマンよ。商売から流通までを仕切らせてもらってるわ」

カウフマンはお金を側近に渡すと、微笑んだ。

「ふ〜ん、ギルドね……」

「私、今、困ってるのよ。この地響きのせいで」
「あんま想像したくねえけど、これって魔物の仕業なのか?」
「ええ、平原の主のね」

平原の主とは先ほどベティからも聞いた言葉だ。
どうやら魔物の大群の親玉らしい。

「どこか別の道から、ここを越えられませんか?先を急いでるんです」

エステルがいつものように手を組んで言う。

「さあ?平原の主が去るのを、待つしかないんじゃない?」

カウフマンは両手をあげて言った。

「焦っても仕方ねえってわけだ」
「わたし、他の人にも聞いてきます!」
走り出したエステルのお守りをするかのように、ラピードもついて行く。


「流通まで取り仕切ってるのに別の道、ほんとに知らないの?」


「主さえ去れば、あなた達を雇って強行突破って作戦があるけど」
「護衛が欲しいなら騎士に頼んでくれ」


「冗談はやめてよね。私はギルドの人間よ?自分で生きるって決めて帝国から飛び出したのに今さら助けてくれはないでしょ。騎士団だってギルドの護衛なんてしないわ」


「へえ、ちゃんと筋を通すんだな」
「そのくらい根性がなきゃギルドなんてやってらんないわ」
「なら、その根性で平原の主もなんとかしてくれ」


「所で、ベティ、いつまで彼の後ろに隠れているつもり?」

カウフマンがユーリの後ろ見る。
フードを深くかぶったままの彼女が少し顔を上げた。

「メアリー…気がついてたのん?かくれんぼしてたのに」
「メアリーって呼ばないで」
カウフマンがげんなりとした様子で肩を竦める。

「なんだよ、知り合いだったのかよ」
「ま、ね。仕事頼まれると思ってめんどくさいから隠れてたのん」
いたずらっぽくベティが笑うので、ユーリは呆れたようにため息をついた。

「ちがうでしょ。ティソンが居たから隠れたんでしょ」
「あらら、それもバレてるのん?メアリーにはかなわないわねぇ」
ティソンって誰のことだ?とユーリは思ったが、カウフマンが話を続けたので考えるのをやめた。


「ここから西、クオイの森に行きなさい。その森を抜ければ、ハルルの近くに出られるわ」

「ちょっとぉお!!余計なこと言わないでよ!!自分は通らないくせにぃ!」
ベティがつっかかる。

「ってことは、何かお楽しみがあるわけだ」
「察しのいい子は好きよ」

「ありがとな、お姉さん。仕事の話はまた縁があれば」
ユーリヒラヒラと手を振った。


「クオイの森はやばいんだってぇー!」
ベティは何故か涙目でユーリに訴える。
それが妙にかわいく感じてユーリは、無言で彼女の頭を撫でた。




ベティをあしらいながら、奥のテントが立ち並ぶ場所へ近づくと、エステルが座っているのが見えた。

「……ちょっと、休憩です。こんな場所で待ったりしませんから」

「あっそ。じゃあ、俺らで抜け道を行くことにするわ」

「え?わかったんですか?待ってください!」
「ちょっとユーリ!明日まで待とうよぉ!!」
ベティはやっぱり通りたくないのかユーリの裾をつかんで離さない。

「ったく、なんでお前がそこまで嫌がるのか不思議だね。槍でも降るわけ?」
「槍が降る方がマシぃ!!」




カウフマンの言ったとおりに西へと進むと、鬱蒼と木々が生い茂った森に入った。人の手が入るわけもない森は、陰気な雰囲気だ。


「……ここってまさか、クオイの森……?」

エステルがあたりを見回す。


「ご名答」

「クオイに踏み入る者、その身に呪い、ふりかかる、と本で読みました……」

「なるほど、それがお楽しみってわけか。行かないのか?ま、オレはいいけど、フレンはどうすんの?」

ユーリは挑戦的に言った。

「……わかりました。行きましょう!」
エステルは一歩力強く踏み出した。

一方のベティは一言も話さず、ラピードから離れない。




魔物と戦いながら奥に進んで行く一行。
少しひらけた所に出た。

「足元がひんやりします……。まさか!これが呪い!?」

「どんな呪いだよ」


「木の下に埋められた死体から、呪いの声がじわじわと這い上がりわたしたちを道連れに……」


どこから来るのか想像力を働かせ、エステルは少し嬉々としながら話す。


「いーーーーーーーーやぁーーーーーーー!!!」


エステルの言葉に耐えきれなくなったのか、ベティは勢いよくユーリに飛びついた。

「おいおい……」

ユーリは呆れながらも、ちゃっかりと抱きかかえる。

首に両手を回し、飛びついてきた彼女の腰と腿の裏に手を回す。
片手でも支えられそうなほどに軽かった。これなら手数の多い双剣は彼女向きといってもいいだろう。

「ユーリ私呪われちゃうのね……」

そう言った彼女は涙目だ。今の今まで我慢していたのだろう。
ぴったりと密着した2人をみて、エステルはなんだか顔が赤い。

「お願いユーリ、私を抱いててぇ‥」
「抱いてはまずいだろ、抱いて、は‥」
ユーリは呆れながらも彼女を降ろす気はないらしい。

2人の独特の雰囲気は、エステルには割り込みづらいものがあった。

「2人は恋人同士なんです?」

エステルの言葉に2人は顔を見合わせた。
「んまぁ運命は感じてるけどねん」
ベティは真顔でユーリに言う。
「おいおい真剣な顔して言うことか?」

「じゃぁやっぱり!」

エステルはキラキラしているように見えるほど嬉しそうだ。
「いや、恋人じゃねぇよ。ベティに会ったのは城の牢屋だ」
「そそ、エステルに会うほんの数分前ね」

「そうなんです?‥とてもお似合いなのでてっきり‥」

エステルは少し残念そうだったが、ベティはエステルはいずれこのちょっと悪い雰囲気の漂う男に惚れるのでは?と内心思っていた。
お城の中で守られた生活をしてきたのであれば、旅が続けば型破りなユーリに惚れるだろう。もっとも、その感情に彼女が気がつくかわからないが。

そんな風に思いながら、じっとユーリを見つめていたので、彼は怪訝な顔をしていた。
「なんだよ、おれの顔になんかおもしろいもんでもついてんのか?」
「あいあい、そうだね。目がふたつに、鼻と口がひとつずつ」


「……あれは?」
エステルが呟いた。
その視線の先には、古ぼけた魔導器。

「魔導器か、なんでこんな場所に……」

「……これは?」

そっとエステルは魔核を覗き込む。

「きゃあっ」

が、間が悪く突然眩しいほどの光が溢れて、彼女は倒れた。

「エステル!!!」

ベティはユーリから飛び降りるとエステルに駆け寄った。
ちゃんと息はしているようだ。

「おい、エステル!」
「大丈夫、きっとエアルに酔ったのよ‥」
ベティはまたかなしげにエステルを見つめていた。
(なんだってあんな顔すんだよ‥)
ユーリはがしがしと頭をかいた。



ラピードを枕にエステルを寝かせ、ベティはユーリにぴったりくっついていた。本当はこんな森早く出たいのだが、そうもいかない。

「にがっ」

ユーリはニアの実をかじり言った。
「だぁからぁそれは食べられたもんじゃないよぉ」

エステルがうーんとうなりながら目を覚ました。

「大丈夫か?」
「うっ……平気です。わたし、いったい……」

「エアルに酔ったのよん‥」
「さっきの魔導器でしょうか?」
「エアルって目には見えないけど、大気中にまぎれてるってやつ」
「はい、濃いエアルは人体に悪い影響を与える、と前に本で読みました」

「ふ〜ん、だとすると呪いの噂ってのはそれのせいか」

エステルが立ち上がったので、ユーリが声をかける。
「もうちょいゆっくりしとけ」
「でも、早くフレンに追いつかないと」
「また倒れて、次は一晩中起きなかったらどうすんだよ」
「……ごめんなさい……」

ユーリはエステルにもニアの実を渡した。
エステルは迷うことなくそれをかじるが、苦いものは誰が食べても苦い。

「……うっ」
「はははっ、これで腹ごしらえはやっぱりダメか」
「ちょっとユーリ、エステルに嫌がらせしないでよん」
「おいしいです」

エステルはニコッと笑ってみせるが、無理をしているのは一目瞭然だ。


「エステルも無理しないの!」

「ちょっと待ってな。簡単なもんなら作れっから」
「ユーリは料理できるんです?」
「城のコックと比べんなよ。勝手に覚えた簡単な料理だからな」

「フレンが危険なのにユーリは心配ではないんです?」
「ん?そう見える?」
「……はい」
「実際、心配してねえからな。あいつなら何とかしちまうだろうし。あいつを狙ってる連中にはほんと同情するよ」

「え?」
「ガキの頃から何やってもフレンには勝てなかったもんな。かけっこだろうが、剣だろうが。その上、余裕かまして言うんだぜ?大丈夫、ユーリ?ってさ」

「うらやましいな……。わたしには、そういう人、いないから。ベティはいます?」
「うーん私の周りは大人ばっかりだから。仕事仲間とか、そんなんならいるけどぉ。エステルは同年代の女友達第一号だねぇ!」
「えぇ!いいんですか!嬉しいです!」


「ほい、出来た」
ユーリはサンドイッチを2人に差し出す。
正直、ベティはあまり食べたい気分ではなかったが、ユーリに悪いのでお礼を言って口に運んだ。


なぜ、エステルを友達だと言ってしまったのだろうか。
彼女の運命に同情したのかもしれない、と思うと少し自嘲気味に笑う。
城の中でこもっていてくれれば、まだ他に道はあるのかもしれない、とそう思わずには居られなかった。
彼女に出会ってしまったのは、偶然ではないのかもしれない。


「ごちそうさまでした」
エステルがにっこりと笑う。
「お粗末さまでした」


「さて、そろそろ行くか。ベティさんお手を拝借」
ユーリが立ち上がり、ベティに手を差し出した。
「ユーリもそーゆー紳士な一面あるんだぁ」
彼女は素直に手を取った。


[←前]| [次→]
しおりを挟む