満月と新月
平原の主
一行はデイドン砦に向かって歩く。
時折魔物と遭遇するものの、三人とラピードでかかれば苦戦することもなく穏やかに進んで行く。
「ラピードとベティって知り合いだったのか?」
「そうだよ!ユーリのワンコだったんだね。ラピードお利口さんだし、男前だよねぇ」
そう言ったベティに、ラピードがすり寄った。
彼女も嬉しそうに彼を撫でる。
「なになに!あたしを守るため?」
「バウッ!!」
「あーん!やっぱラピード大好き!!」
「バウバウッ!」
「俺も好きだって?ラピードったらみんなの前で恥ずかしいってばぁ」
ベティはラピードと楽しそうに話しているので、エステルは羨ましそうにそれを見つめる。
「ラピードと会話してます‥ちょっとうらやましいです‥」
鳥なら飼っているが、ラピードのふわふわした毛並みと、利発そうな姿をみると大きな犬に憧れを抱かずにはいられない。
「めずらしいなラピードが俺とフレン以外に懐くなんて」
「そーなの?あたしら出会った時から意思疎通ばっちりよ!一緒に暴漢を蹴散らした中だし、ラピードはあたしの騎士様ってとこねぇ」
「暴漢!?!?ベティ大丈夫だったんです?」
「いやいや、素人相手にあたしとラピードが負けるわけないってぇ」
「暴漢もビビって逃げ出すな」
「ユーリもそんなこと!ベティはもっと気をつけた方がいいです!むむ胸だってそんなに出して!」
「んー?しめたら苦しいじゃん。それにユーリだって胸元あきまくりじゃない?」
「おいおい俺の話にすり替えるなよ。それにベティはそのままの方が俺的にはいいんだけど」
「どういう意味です?」
「ユーリってば、揺れてるのがいいってワケ」
「あ……私ももう少しあれば‥」
エステルが俯く。
「クゥン‥」
ラピードはやれやれ、とでも言うようにため息をついた。
一行がデイドン砦に着くと、いささか騎士の姿が多く目に付く。
「追ってきた騎士でしょうか?」
「さすがにそこまで根回し早くはないと思うけどねん」
ベティは誰かを探すかのように、辺りを見回した。
「どうかな。ま、あんま目立たないようにな」
「はい。わたしも早く追いつきたいですから」
「んじゃ、早いとこ砦を抜けますか」
といったもののエステルは、商人の所へ走って行く。
「わかってるのかね」
「まぁまぁ、帝都の外に出られたのが嬉しいのよん」
「はい、いらっしゃい。今日はいい品入ってるよ」
明るく行商人が話しかけてくる。
「おっさん、こんな場所で繁盛してんの?」
「いやあ、俺も好きで、ここにいるわけじゃないんだ。外に魔物が出ちまって足止め食ってるのよ」
商人は大きなため息をついて、肩を落とした。
「魔物がね……だ、そうだぞ?」
ユーリはなにやら夢中で本を読んでいるエステルを見る。
「ふんふん……」
「聞いてない、と」
「……え?なにか言いました?」
「情報集めてくるから、待っとけって言ったの」
「あ、わたしも行きます」
「その本、面白いのぉ?」
「面白いですよ。あとでベティにも貸してあげますね」
「うぇ。いいです遠慮します」
砦を登ると長い銀髪をゆらし、赤い服に身を包んだ長身の男が立っていた。
どこか浮世離れした雰囲気だ。
「……おいおい……」
迷いなく彼に近づいて行くエステルを見て、ユーリがつぶやく。
「こんにちはあの……何を見てるんです?」
エステルが話しかけるが、銀髪の美男子はこちらみようともしない。
「……人の営み。飽くなき生きることへの執着……」
銀髪の男は呟くようにいった。
エステルは、ん?、とハテナを浮かべている。
「どうして……人はそうまでして生きる?独占された技術を奪い合い、大切なものを傷つけてまでして……」
エステルがますます首を傾げる。
「……魔導器のことか?」
ユーリの問いに彼は何も言わず、目を伏せた。
「何の因果か、この世に生まれてきちまった以上、やれるだけのことをして精一杯生きようとするのは、普通のことだと思うぜ」
「それもまた真理、か……」
そう言い残し、彼は去って行く。
「あ、おい……!」
「行っちゃいました……何だったんでしょう……?」
「さあな。暑いと変なのが増えるって言うからな」
「暑い……です?」
エステルがまたも首をかしげていると、ベティが物陰から現れた。
「あ!ベティどこ行ってたんですか?」
「んー?ずっといたわよん」
にっこり笑って返事を返す。
ユーリとエステルが降りて行ったが、彼女は銀髪の男が去って行った方を見つめていた。
悲しいような寂しいような、そんな瞳で。
ユーリ達が降りていくと砦の警鐘が鳴りだした。
カンカンカンと大きな音をたてるので、気持ちが何故か焦ってくる。
そしてすぐに、とてつもない地響きも聞こえはじめた。
状況を把握しようと、ユーリたちが様子をうかがっていると、見張り台から女性が叫ぶ。
「早く入りなさい!!門を閉めるわ!!」
騎士たちは慌てた様子で、口々に叫ぶ。
「矢を持って来いっ!」
「早く門を閉めろ!!」
「くそっ!まだやつが来る季節じゃないだろ!」
「主の体当たりを耐えれば魔物は去る!訓練を思い出すんだ!!」
何人か門の向こうから人が入ってきた所で、騎士が叫ぶ声と共に門を下ろす為の鎖が戻され始めた。
「……よし、閉めろぉ!」
「待ちなさい!まだ人が……」
見張り台の女性が叫ぶが、門は次第に降りてくる。
「あれ、全部、魔物……」
エステルが震える声で言う。
「とんでもないもんにあったな」
「ユーリ、なんか憑いてんじゃない?」
ベティはため息をついた。
「ガウっ!!」
ラピードが門を閉めようとしていた騎士の邪魔をする。
「な、おまえ!うわっ!やめろ!」
「お前らはそこで待…………って、おいっ!」
ユーリが言い終わる前に、エステルは怪我をしているであろう男性の所にかけて行く。
「ユーリは女の子を!」
「……はいはい」
ユーリも走り出した。
「ったく‥あんなじゃ命がいくつあってもたりないわよぉ‥」
ベティは、門の外に駆け出した2人を見て、不満気に呟くと、フードを深めに被った。
「た、助けて……立てなくて……ひっ……」
男性がすがるようにエステルをみる。
「だいじょうぶですよ」
エステルはすぐに治癒術を施した。
「……た、立てる……」
「早く避難を」
男性は門の中へ走り出した。
ユーリは女の子を抱えて、門の中へと走る。
「ママのお人形〜!」
子供にそう言われて振り返れば、門の外に人形が落ちているのが見えた。
門は既に半分以上降りてきている。
エステルが飛び出そうとしたので、ユーリは腕を引いて彼女を止める。
「はなしてください……!」
「待ってろ!」
そう言ってユーリは走り出す。
すぐに人形を掴むが魔物はギリギリまで迫っている。
「我が盾となれ、シールドウォール」
ベティが素早く術式を展開させて、魔物を退ける。
魔術の壁によって進路を阻まれた魔物は、一瞬ではあるが速度を緩めた。
「ったく、めちゃくちゃ目立ってんじゃねえか!」
しかしこれが好機となる。
「ユーリ!」
エステルが叫ぶ。
間一髪、門が閉まる寸前でユーリは滑り込んできた。
「なんとお礼を言えばいいか」
子供の母親が何度も頭を下げる。
「い、いえ、そんな……」
「本当に助かりました」
男性もエステルにお礼をいった。
「……無事で本当に良かった……」
気が抜けたのかエステルは、ぺたりと座り込んでしまう。
「あ、あれ……」
「安心したとたんそれかよ」
「2人ともかっこよかったよぉ」
「ベティあんな高度な魔術使えたんだな‥」
「はてなんのことやらぁ」
茶化すようにベティが笑う。
「結界の外って、こんなに危険だったんですね」
「平原の主はこの季節しか来ないの。ちょっと今年は早いみたいだけど、まぁなんにせよ無事でなによりねん」
「そこの三人、少し話を聞かせてもらおう」
騎士が近付いてきたので、エステルはびくりと肩を震わせた。
だが向こうから、怒鳴り声が聞こえてきて騎士はそちらに行ってしまう。
「だから、なぜに通さんのだ!魔物など俺様がこの拳で、ノックアウトしてやるものを!」
フードをかぶった男が、身振り手振りを加えながら言う。
「何度言えばわかるんだ!簡単に倒せる魔物じゃない!」
「貴様は我々の実力を侮るというのだな?」
大男は背中に携えた、大剣をかまえる。
「や、やめろ!」
騎士が一歩後ずさる。
「邪魔するな!先の仕事で騎士に出し抜かれたうっぷんをここで晴らす!」
フードの男がにじりよった。
「おい!」
別の騎士が駆けてきたので、とりあえず事なきを得たようだ。
「これだからギルドの連中は!」
騎士が吐き捨てるように言う。
ベティは彼らから見えないようにフードをぐいと、ひっぱりユーリの影に隠れた。
「これじゃ、門を抜けんのは無理だな」
「そんな……ハルルはこの先なのに」
「騎士に捕まればやっかいだ。別の道を探そう」