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さよならみどりちゃん(3)

中学に入学した。わたしはもう学校を休むような子供じみたやり方をしなくても、周囲との距離をはかれるようになっていた。それは姉から盗んだやり方だ。姉は敵も味方も作らずに生きていた。


姉は高校を卒業し、中小企業で受付と事務の仕事をはじめた。帰宅する時間が遅くなり、休日も飲み会だと言って出掛けて行くようになった。初任給でずっと欲しいと言っていたギターを購入した。そうやって大人になっていった。


休日の朝は早起きをした。生活リズムを変えないよう誰よりも先に起きる姉と、少しでも話がしたかった。


「みどりの新しいクラスメイトどんな感じ?」
「どんな感じ……、って……。うーん、バカっぽい感じ」
「ははっ、バカっぽいかあ」

わたしは姉のすべてを真似していた。仕事に行く姉をベランダから見下ろした時、スーツの下の背筋が伸びているのを見て、絶対に下を向かずに歩こうと決めた。コーラやオレンジジュースよりミネラルウォーターを飲むようになった。軽薄な挙動を「バカ」と両断するのもまた、姉の癖だった。

「好きな人いないの?」
「え?」
「好きな人」

姉は、アンプにつながないエレキギターを鳴らしながらわたしを見て微笑んでいた。霞んだ朝の窓に、繊細なAmが張り付いている。わたしは耳まで赤くなった。

クラスメイトが「野球部のなんとかくん」「陸上部のなんとか先輩」とはしゃいでいるのは聞いたことがある。野球部員も陸上部員も、わたしには狭い世界で良い気になっているめくらの王子に見えた。

「い、いない」
「えー、かっこいい人いない?」
「いない」


どんなに早く走れる人より、テストで上位をキープできる人より、姉の方がかっこよかった。


好きという感情が、「嫌われたくない、一緒にいたい」ということなら、わたしは姉が好きだと言えるだろう。ギターを奏でる姉の右手が、わたしはなにより好きなのだ。



ある日、帰宅した姉がわたしと両親をリビングに呼び出した。顔は蒼白だった。


「結婚しようと思います」


物々しく開かれたくちびるから零れたことばは生活感に溢れた部屋にちっとも馴染まなかった。わたしがさっきまで食べていたラムレーズンのアイスがテーブルに取り残されていた。こんないつも通りの部屋の中で、姉が敬語をつかうところを初めて聞いた。両親は顔をしかめて問いかけた。

「どういうこと?」
「……子供ができました……」

決定的な一言を聞き眼をつりあげた父と母の前で、姉は自主的に正座し、苦しそうに俯いていた。


いつかのように、姉を守りたい、と思った。けれど俯きながらも確実に口を開く姉を見て、決意は固まっているのだと気付いた。それはつまり、すでにわたし以外の誰かに守られているということだ。


その後の話は難しすぎて、わたしには何も分からなかった。わたしは、ラムレーズンが溶けて醜い水になっていくのをただ見ていた。





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