さよならみどりちゃん(4)
わたしは子供の頃から自分の部屋が欲しいとごねていた。しかしどんなにごねたところで、狭い社宅には四人分の荷物がぎゅうぎゅうつめこまれ、新しい部屋など与えられるわけもなかった。
それでも今日から、念願の自室が手に入る。姉の存在と引き換えにして。
「……おはよう」
「おはようみどり、早いね」
休日の朝だった。両親はまだ寝ていた。姉はリビングでギターを弾いていた。
「……お姉ちゃん今日何時に行くんだっけ」
「十時に引っ越し業者さんが来るよ。そしたらお父さんとお母さんに挨拶して……」
部屋には段ボールが積み重なっていた。それでも、姉の荷物が消えた部屋は少し片付いていた。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「あの……」
言いたいことは山ほどあった。寂しいとごねることも裏切り者と罵ることもできる気がした。そして、旦那さんと仲良くね、と微笑んで手を振ることも出来るだろうと思った。姉の真似ばかりしていたため、わたしはなんでも出来る女になっていた。
「そうだみどり」
「え?」
「これあげるね」
姉はそう言って、膝の上のギターを手渡した。「あげる」と軽々しく言えるようなものではなかった。
「えっ……? なんで……?」
「餞別っていうのかな、なんていうか……、みどりに持っててほしいんだよね」
初めて触れたボディは重かった。姉がさらりと指をまわすネックは、わたしには少し大き過ぎた。これを抱えても姉のように様にはならないだろうと思った。
返事が出来ず、感情をこめた目で姉を見上げた。姉は、弱々しく、けれど清々しい顔をしていた。
「みどりは、あたしみたいになっちゃだめだよ」
わたしの姉が、誰かのものになる日、こんなに悲しそうに笑っている。
例えばわたしが妹でなく、女でなく、股間に矢印の形をした性器を持っていたら、姉はいつまでもわたしのものだったのだろうか。
「……お姉ちゃん」
「うん?」
「だいすき」
「あたしもみどりのことだいすきだよ」
姉の腕がわたしの首に回った。ギターを抱えていたから上手く抱きしめ返せなかった。姉に触りたくて仕方なかった。
静かな朝の、湿った部屋ではじめて気付いた、これは恋だった。
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