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さよならみどりちゃん(2)

日曜日の朝、両親は仕事に出ていた。着替えようとしたわたしはホックを留めるため背中に回した指先を、下ろした。

「お姉ちゃん」
「ん?」

姉はリビングでココアを飲んでいた。パジャマのままのわたしを見上げ、なに? と言うように首をかしげた。

「……新しい下着ほしいんだけど」
「なんで? この前買ったじゃん」
「……」
「……またきつくなっちゃった?」

服や下着は、姉と一緒に買いに行くのは我が家の決まりだった。可能ならばひとりでこっそりと買いに行きたいのだが、母が残していくお小遣いは姉が管理していた。

周りの女の子たちは、まだブラジャーをつけていない子も多い。何度買い直してもまたきつくなる下着が、わたし自身いやでいやで仕方なかった。うつむきがちに頷くと、姉はココアを飲みほして立ち上がった。


「最近かわいい下着屋さん見つけたんだ、連れてってあげる」



姉に紹介された下着屋はアンティーク調の装飾でかわいらしかった。ワンサイズ上の下着を購入し、その後ぶらぶらと服や小物を見て回った。

「トイレ行きたい」
「あそこの角だよ」
「お姉ちゃんは?」
「ん、ここで待ってる」

休日のファッションビルの女子トイレは混雑していた。長い列に並んだあとトイレを出ると、姉が誰かと話しているのが見えた。話しているのは男ふたりで、どちらも軽薄そうなスタイルをしていた。

近付くにつれ、会話が聞こえてきた。

「いや、だから、大丈夫なんで……」
「大丈夫ってなにー、いいじゃん行こうよ!」
「そーそー、カラオケ好きでしょ?」
「いや、本当に……大丈夫なんで……」

なんぱ、だ。

嫌がる素振りの姉を助けられるのはわたししかいない、と思い、震える足に力を入れて姉の前に立ちはだかった。

「……うちの姉になにか用ですか……?」

正面から向き合うと、男の鼻にピアスが空いているのが見えた。耳の軟骨にもシルバーの石が光っていた。もう一人はあまりにも細い目の中に下品なターコイズブルーのコンタクトを入れていた。その眼に、姉が映るのが許せなかったのだ。

「え、なに、妹?」
「ガキじゃん」
「はは、でもキョニュー」
「ははっ」

舌ったらずに発音されたその言葉で、耳まで赤くなるのが分かった。目の前の男二人は、クラスメイトのそれとは違う目線を向ける。もっとぬるい熱のこもった欲求に忠実な瞳は、わたしの胸に注がれていた。


「みどりに手ぇ出したらぶっ殺すぞクソ野郎」


何が起こったのか分からなかった。幼くも力強い罵声のあとわたしは腕を引かれ、ひきずられるようにして走り出していた。真摯な暴言を吐いたのも、わたしの手首を掴んで走り出したのも姉だった。

人波をかきわけ走り、閉まりかけのエレベーターに飛び乗った。ようやく手を放した姉は、膝に手を置いてかがむように乱れた息を整えながら、すがすがしく笑っていた。

「び、っくりした……」
「ははっ、あたしが叫んだ時のあいつらの顔見た?」
「え、見てない……」
「ほんとに、人殺しみたいな顔してた……、怖かったあ……」
「なんであんなこと叫んだの……」
「なんか……許せなかったんだもん……」

降下していく箱の中で、いまだどきどきと鳴っている心臓に手を当てた。ふくらんだ乳房の暖かさに触れると、なんとなく泣きたくなった。わたしは姉に触れようとした男を、許せなかった。わたしと同じ顔をした姉が、笑った。


「みどりに変なこと言う奴は許せない」


女になる度に揶揄されるわたしを、姉だけは許し、解放してくれる。


エレベーターが一階に着くと、急いで外へ飛び出した。昼過ぎを回った太陽は心地よく澄み切っていた。わたしは姉のようなたくましい女になりたいと思った。






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