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三話

教室に入ると、友人がひとつの机を囲い頭を寄せ合っていた。見知った仲間たちのまるまった後ろ姿を初めてまじまじと眺める。中学生の背中は、全員均等の面積を持っていて頼り無い。

「おはよ」
「あ、洋ちゃんおはよ」
「なにしてるの?」
「洋ちゃんも見ていいよ」

椅子に座るクラスメイトの青山くんが、自慢げに一冊の本を差し出す。表紙には、大袈裟な剣を背負った勇者が、堂々と仁王立ちしているイラストが描かれていた。

「なにこれ?」
「洋ちゃん知らないの? 今めちゃくちゃハヤってる漫画だよ! 30巻くらいまで出てるんだけど、コイツ一気に最新刊まで買ったんだって、すげぇよな!」

青山くんは、椅子の上で身をよじるようにして「全然すごくねぇよ」と言いながら、群がるクラスメイトに意識的な視線を投げかけた。

「洋ちゃんもぜってー読んだ方がいいって!」
「ああ、良かったらそれ持ってってよ。貸してあげる」
「……あ、ありがとう……」

僕は押し付けるように5巻までを渡された。同時にチャイムが鳴ったので、席についた。


ある時代のある国には呪いが伝えられている。その呪いの通りに時が進めば、今年その国は滅亡する。それを食い止めるために立ち上がった青年が、いわくつきのダンジョンを潜り抜けながら、呪いの根源をつきとめようとするファンタジー。


休み時間や授業中を利用し、目を盗んで漫画を読み終えた。あまりにもあっさりとした読後感に拍子抜けした。きっと最新刊まで読んだとしても、呆けてしまうような感覚は変わらないのだろうと分かっていたので、放課後青山くんに漫画を返した。

「ごめん、これありがとう」
「あ、読んだ? 面白かっただろ? 続きも貸すよ」
「うーん……」

嘘をつきたくはなかった。曖昧に笑って首をかしげると、青山くんは眉をひそめた。

「面白かったよな? 今すげぇ流行ってるんだよ、この漫画」
「うーん……僕あんまりこういう漫画読まないから……」
「そうなの? じゃあどんなの読むの?」
「あ、これ、丁度持ってきてたんだ」

かばんから、別の友人に貸すつもりで持ってきた涼一の漫画を取り出した。リアルなタッチで描かれた男が、森で自分の存在が分からなくなるというシーンから始まる青年コミックだった。

「内容、ちょっとグロかったり、ちょっと難しかったりするんだけど、ちゃんと読むとすごい面白いんだよ」
「ふーん……」

青山くんはぱらぱらと漫画をめくり、ぱたん、と閉じると僕の胸に漫画を押し付けた。


「なんか、つまんなそう」


青山くんは5冊の漫画をかばんに押し込むと、別れの挨拶も交わさずに教室を出て行った。教室の雑踏が耳の奥のくぼんだところに挟まって、僕は一人になった。



「洋二郎、どうしたの?」

家に帰り、リビングでクッションを抱えてソファに体操座りしていると、涼一がやってきて顔を覗きこんだ。家着のゆったりしたTシャツは胸元が伸びていて、屈んだ時胸元の肌色が覗いていた。

「んー……」
「なんかあった?」
「……涼一はさ、なんで僕がなんかあったのかもって分かるの?」
「分かるよ。お兄ちゃんなんだから」

涼一はソファに腰を下ろす。涼一の「お兄ちゃんなんだから」は、正解のようで本当はなんの根拠もない。問題を溶かさない。優しく甘くやわらかく、僕はいつでも涼一にはぐらかされている。

「友達と喧嘩でもしたの?」
「ん……喧嘩じゃない」
「じゃあ何?」
「……友達でもない」

クッションに顔を埋めながら気付いてしまった。

僕は漫画が否定されたことより、自分の感性を見下されたことより、涼一を悪く言われたみたいで、悔しかったのだ。

後頭部を撫でる涼一の掌にはいつでも愛が溢れている。涼一の掌には、他の人にはない血管がめぐっているんじゃないかと思っている。どんな時でもまったく同じ、正当な暖かさがある。

「洋二郎、顔あげてごらん」

クッションから顔を上げ、涼一を見るとキスされた。二回、やわらかく唇を押し当てられ、額を合わせる。力強い目に覗きこまれる。

「大丈夫だよ、洋二郎にはなにがあっても、俺がついてるからね」

涼一は僕を取り巻く問題について、たとえ何も知らなかったとしても全面的に支援してくれる。僕には涼一がいる。僕は涼一がいればいい。だからきっと明日から、僕は青山くんと話をしなくなるだろう。






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