COMPLEX | ナノ



二話

中学に進学した僕は、幾人かの仲間を作り、放課後は教室で暗くなるまで喋るようになった。教室の電気を点けず、差し込む眩しすぎる西日だけを頼りに数人で丸くなって、お互いの言葉を探すのだ。

「へー、そんな漫画あるんだ」
「うん、面白いよ。今度持ってこようか」
「あ、貸して貸してー」
「その次オレな!」
「うんいいよ、回し読みしてよ」

涼一から、音楽や漫画や小説や映画や、厳選した様々なカルチャーを教えられていた僕は、どんな相手とも話題に欠くことはなかった。元々話ベタな僕にとっては有難いことだった。

「あ、でも涼一のやつだから、もしかしたらすぐには貸せないかも。聞いてみなきゃ」
「え? 涼一って?」
「あ、お兄ちゃん」
「へえ、お兄ちゃんいるんだ」
「うん」
「お兄ちゃんのこと名前で呼んでるの?」
「あ、うん」
「いいなー、なんか仲良さそう」

涼一のことを家族以外に話すとき、妙にそわそわしてしまう。自分は「身内の眼」しか持っていないため、他人の客観視にさらされる時なんだかうなじがすっとするのだ。

「お兄ちゃんとどんな話するの?」
「なんだろ……今みたいに、面白い漫画とかあったら教えてもらったり、かな」
「へぇ、いいなー」
「でも最近は向こうが忙しいみたいで、あんま話したりしないよ。お風呂入る時くらい」
「え?」

友人たちの眼が、おもちゃみたいにくるりと丸くなって、顔を見合わせ始める。言葉を間違えたのかと不安になった。

「……お風呂?」
「え……うん」
「一緒に入ってるの?」
「う、うん……」
「へぇ……」

友人たちの視線が、目の前で複雑に絡み合った。それぞれが閉口し、下を向いたり健全な声なのに咳をしたりしはじめて、不自然な空白で教室が濡れた。

「え、っと……変? かな?」
「あ、いや……変なんてことは、ないよ、うん」
「変じゃないけど……仲、いいんだね」

彼らのあけすけな笑みの上を、最終下校のチャイムが通り過ぎた。僕達はかばんを掴んで、それぞれ帰宅した。




「僕って、へんなのかな」

脱衣所で服を脱ぎながら、先に浴室に入っている涼一に声をかけると、シャワーの音が途切れて「え?」と返ってきた。涼一は聞き逃した単語を、必ず手を止めて追いかけてくれる。浴室のドアを開けると、立ち上る湯気に視界をおかされた。

「……変なのかな?」
「なにが?」
「涼一と、こうやってお風呂入ったりするの」
「……誰かになにか言われたの?」

黙り込む僕の腕を引いて、涼一は微笑む。

「うしろ向いて。洗ってあげるから」

壁に向き直ると、背中にシャワーが当てられた。涼一は熱すぎるシャワーが好きなはずなのに、俺のために40度を下回る湯を用意してくれている。

「……へんなのかなあ」

涼一の優しさや、それを受け入れる僕の甘やかされた背中は変なのかな。もっと仲が悪くないと、いけないのかな。

「……気にすることないよ」

泡だてたスポンジで背中をこすりながら、涼一は静かに言う。涼一の慰めは落ち着いているから、真摯に受け止めたくなってしまうのだ。

「そうかなあ」
「そうだよ。だって洋二郎は、なんかおかしいと思う?」
「……僕は思わないけど……」
「ならいいんだよ」
「でも、みんなが」
「関係ないよそんなの。兄ちゃんも、おかしくないと思うもん」

涼一は背中から腕へとスポンジを滑らせ、僕の正面に回ってきた。胸や腹の辺りをスポンジで優しく撫でられるのは、こそばゆい。お返しにと、掌に石鹸の泡をのせ、涼一の身体にすりつけた。

「じゃあいいかあ」
「そうだよ」

向かい合って身体に泡をすりつけ合うと、涼一はなんの不安も後悔もない顔で微笑むのだ。目元も口元もやわらかにほぐれた表情は、どんな言葉よりも説得力があった。

「涼一なんか筋肉ついた?」
「え? そうかな、太ったんじゃない?」
「んーん、なんか胸のとことか、かたい」
「ほんと? 自分じゃ気付かないや」

僕たちは子猫がじゃれるようにして、身体を触り合って、そして同じ浴槽で温まって、ねむる。今日も明日も明後日もだ。涼一はいつも僕と眼が合うと、ものすごく優しい顔になる。僕はその瞬間とても誇らしくなる。誰よりも優しいお兄ちゃんのことを、ほんとはいつだって、みんなに言いふらしたい。





[ 2/27 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]
[]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -