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一話

はじめてそういう意識を抱いたのは僕が小学二年生で、兄の涼一が中学二年生の夏だった。上陸した台風は両親が留守にしている一軒家の窓を容赦なく叩いていった。

「洋二郎?」
「……なに?」
「もう寝るの? ごはんは?」
「……いらない」

涼一の声をシャットダウンするように布団に潜り込む。涼一はそれ以上深入りせず、少しだけ開いたドアをそっと閉じて階段を下りて行った。

両親がいない日は、涼一が夕飯を作ってくれる。焼きそばとか、野菜炒めとか、そういうの。大して美味しくはない。けれどたまにしか帰ってこないママの腕前だって同じようなものだ。たまに食べるカップヌードルがすんごく美味しい。でもお小遣いがないからそれも本当たまーにだけ。涼一が気まぐれで、部活帰りに買って帰ってくると僕はなにをしていてもキッチンに飛んでいく。


台風はいつか僕らの日常を家ごとかっさらってしまう。きっとそういうものなのだ。


布団にくるまって、全ての音と耳の間にぶ厚い壁を作っても、震えた手足は落ち着かない。がたつく膝を抱え込むように丸くなって、ぎゅう、と眼をつぶり、どうにか眠ってしまおうとする。ふいに、暗闇に光がさしこんだ。

「……洋二郎?」

ベッドの横に膝をついている涼一が、おそるおそる布団をめくっていた。

「……なに」
「……もう寝るの?」
「そうだよ」
「ごはんは?」
「いらないって言ったじゃん……」

持ち上がった布団の端を奪い返してもう一度暗闇に閉じこもる。すぐ、涼一の手が追いかけてきた。

「お兄ちゃんもいれて」

涼一は優しく説くように呟いて、布団に潜り込んできた。ママがその昔、仕事が忙しくなる前に、眠れない夜こうやって添い寝してくれたことを思い出した。自分の布団の中に他人の匂いが閉じ込められる。あんしんする匂い。

「……台風こわいの?」
「こわくないよ」
「強がるなよ」
「強がってないもん」

六つ年上の涼一は、僕から見ればそれはもう大人であった。家のなかで起きるほとんどの問題は、涼一の手で解決されるのだと思っていた。

ふいにガタガタと、階下の窓が鳴った。

「……だれか入ってきたの?」
「違うよ、風の音」

目の前にある涼一のシャツの胸元を握りしめると、頭の後ろに掌が回った。

「心配しなくてもだいじょうぶ」

涼一の声には、不安を溶かす作用があって、それは両親のそれより友達のそれより強力なものだった。

「洋二郎、顔あげてごらん」

顔を持ち上げると、涼一は僕にキスをした。小鳥同士のふざけたそれのような軽いもの。何度も繰り返すうち、肩や膝に入ったままだった力がするする弛緩して、僕は平常心を取り戻すのだ。

性の意識なんてまるでなく、恋愛はドラマの中で大人がやる、自分とは無関係なもの。キスは家族とする挨拶みたいなもの。パパやママともするし。


だけど涼一とするキスがいちばん好き。


僕は涼一に抱きしめられたまま眠りについた。朝起きると台風は通り過ぎていて、真っ青な空が待ち構えていた。青空を見挙げて歯を磨きながら、そういえば涼一が、パパやママとキスしているのを見たことがないと気付いた。けれど幼い僕にはその先は難しすぎる問題なのだ。






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