■ act.2
真夏の雨とは憂鬱なものだった。
ただでさえ暑いというのに、窓は雨が入らないようにと閉め切られていた。湿気に人の熱気。非常に蒸し暑い教室はもはやサウナのように思えた。
そしてこの蒸し暑さは、人のコンディションにまで影響を及ぼしていた。
ただでさえ受験生の試験前とは空気がピリピリしている。なのにこの蒸し暑さの所為でそれは更に増していた。現に私の苛立ちも限界に近い。
といっても大半の原因は隣で呑気に居眠りなんかしている彼にあるのだが。
席替えをしてから早一週間が経っていた。
あれから彼は発言通り、授業を一切サボらずに出席していた。今みたいに途中から居眠りすることは多々あるが。
しかし私からすれば居眠りをしてくれていた方が良い。寧ろ有り難い程だ。
女子たちからの悪い意味での熱い視線。それは私にすれば辛いものだった
しかし彼が寝ている間はそれが幾分かマシになる。たとえ人気者の彼と席が隣でも会話をしていなければ、そこまで嫉妬されることもない。なので彼が寝ている間だけは私への負担は軽かった。
どうか彼が夢から目覚めませんように、心の中で切に祈りながら私はノートに集中した。
しかし、それも束の間。クラスの一人が缶ペンケースを落としたらしく、ガシャーンと缶特有の甲高い音が教室内に響いた。
やってくれた、と思った。
周りが一斉にクラスメイトに目をやるなか、私一人別の方へ目をやった。
それは勿論、仁王の方へだ。
「……ん、なんじゃ今の音」
目を薄っらと開け、頭を上げる彼。起きてしまった。
はぁ、と頭を横に降りながら額を押さえた。
嗚呼、神よ。どうしてあなたはこんなにも私に意地悪なのですか。
がっくしと項垂れる私をよそに、彼は悠長に欠伸を零していた。
「もうこんな時間か、よう寝てしもとったのう」
時間を見て少し驚く彼。
内心、どうせならもっと寝てくれても良かったのにと悪態ついた。
「なぁ名前、なんで起こしてくれかったんじゃ」
急に話題をふられ今度は顔が引きつった。
何で私がアナタを起こさないといけないのか。
何で私のことを苗字ではなく名前で呼ぶのか。
仁王に自分の名前を呼ばれた瞬間、一斉に女子たちからの視線を私は感じた。勿論、それは攻撃的なものである。殺気立った視線がひしひしと伝わってくる。なんであんたなんかが仁王くんに名前で呼ばれてるのよ的なものが込められているのだろう。やけに痛かった。
「なぁ名前きいとんのか」
私が一人視線に耐える中、彼は私が名前で呼ばれて照れてるとでも勘違いしたのか、彼はまたも私の名前を呼んだ。それにより視線が更に増加した気がした。
私は無視を決め込んだ。だが、その選択はいけなかった。
彼を無視したことにより、また女子たちから批判を買ったのだ。仁王君を無視するなんて何様のつもりよ。とか、調子乗ってんじゃないわよとか。
返事したら、それはそれで嫉妬するくせに。
はぁ、と溜め息と同時に内心で悪態ついた。
だが、それよりも彼の方が厄介だ。無視されたことか気に食わなかったのだろう、彼はずっと私を見続けてくるのだ。それもじっとりと。私が返事をするまで見続けるぞとでも言うような。女子からの視線よりも彼からの視線の方が耐え難かった。
「……なんでしょう」
結局、彼の熱い視線には耐えれなかった私は渋々声をかけた。その途端、彼は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
これも全て計算の内なのだと彼の顔を見て悟った。
彼は一回口を開くと延々と喋り続けた。
私はそれに付き合わさるざおえなかった。
返事をしないと、先程のように見つめてくるのだ。
もはやこれが敗者の使命のような気がした。
授業終了のチャイムが鳴るまでの25分間、私は地獄を味わい続けた。
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