■ act.1

(最悪だ、)
 一体何がいけなかったのだろうか。日頃の行いか、それとも今日の星座占いが最下位だったからか。これは何かの天罰なのだろうか。隣に座る彼を見るなり、溜息が零れて仕方がなかった。


 今日は月に一度の席替えの日だった。席順は公平にくじ引きで決める。運が良ければ意中の相手の隣を座れるかもしれない。恋愛に必死な年代の女子たちは真剣な眼差しでくじを引いていた。
 歓喜する者、落胆する者、それは人それぞれであった。そんな中、自分はどうか面倒臭い人の隣ではないことだけを祈ってくじを引いた。何番だった何番だったと後ろから聞いてくる女子が煩かった。
 番号は十八番。自分の隣になるのは十七番の人。一体誰だろうか、不安と期待を抱きながら席を移動した。
 ふと、一人の男子と目が合った。目が合うなり彼は目を細めてニヤリと笑った。嫌な予感がした。まさかとは思いたい。
 しかしその男子は17番の席に座った。その瞬間、私の中で何かが崩れる音がした。
 そして冒頭に至る。

 どうしてよりにもよって彼の隣なのだろうか。
 私の中で一番面倒臭い人物ナンバーワン、仁王雅治。
 祈ったにも関わらずのこの仕打ち。神様とは意地悪だ。
 そんな私の気も知らず彼は早く座れよと言わんばかりに私の椅子を後ろへ引いた。
 私は渋々そこに座った。周りの視線が痛かった。

「苗字、宜しくな」

 出来れば宜しくしたくないです。と思わず言いそうになったが、それは飲み込んだ。しかし顔には出ていたのか、彼は不服そうだ。

「俺の隣は嫌か」
「……正直嫌ですね。できることなら他の女子と変わってあげたいくらいです」
「そんなに俺が嫌いか」
「仁王くんが嫌いとかじゃなくて、単に女子からの視線が痛すぎるんです」

 それが彼の隣が嫌な一番の理由だった。
 仁王雅治、切れ長の目に筋の通った高い鼻。さらさらした銀色の髪、口元の黒子がセクシーだ。そう、彼は誰が見ても格好良いと認める程の容姿をしていた。それに加えスポーツも出来れば頭も出来ていた。完璧といっても過言ではない彼はいつも注目の的だった。好意を抱く女子だって多い。現にファンクラブが出来てしまう程だった。
 そんな彼の隣に座る大して可愛くもない私も嫌でも注目の的になるだろう。といっても彼とは意味が違う。注目の的というよりも女子の標的と例えた方が正しいかもしれない。そして今も女子から痛い程の視線を受けていた。
 その視線を無視しつつ話を続けた。

「それに仁王くん授業サボるから。その分、隣に座る私が先生に当てられるんですよね。これじゃあ居眠りもろくに出来やしない」
「授業中に居眠りとはのう」
「授業をサボる人に言われたくないですね」

 冷ややかな視線を送れば、彼は豆鉄砲でも喰らったかのような顔をした。しかしそれも最初だけですぐに表情を緩ませてクスクスと笑い出した。

「何が可笑しいんですか」
「いや、俺に対してそこまで言う奴はお前さんが初めてじゃからのう。他の女なら俺が隣だと嬉し泣きする奴も居るんじゃよ?」
「何ですか、それは自分は凄くモテてるって宣伝してるんですか」

 厭味にもとれる台詞に更に冷ややかな視線を送れば彼は困ったように笑った。その表情さえも綺麗だった。

「そういう意味にとれるんか?」
「十分にとれますけど」

 素直に答えれば彼は再び苦笑した。彼が表情を変える度に反応する女子たちが鬱陶しくて仕方ない。早く話を切り上げようと私は黒板の方を向いた。
 しかしそんなのお構いなしに彼は話を続ける。

「まぁよか。お前さんは面白い奴じゃ」
「面白くもありませんよ。普通です」
「それがいいんじゃ。俺はお前さんが気に入ったぜよ」

 今度は私が豆鉄砲を喰らったように目が点となった。
 一体何を言い出すのかと思いきや。私には迷惑極まりない言葉だった。この彼の発言により周りからの視線が倍増した気がした。

「そういう台詞は私じゃなくファンの子に言えばどうですか。きっと泣くどころか、気絶してくれますよ」
「つくづく面白いことを言う奴じゃ」

 笑う彼に私は頭が痛くなるのを感じた。
 彼は机に俯せるなり私を見つめてきた。

「さて、今日からは真面目に授業を受けるかのう」

 その言葉に私はげんなりした。彼が私の隣に居る期間が伸びる、イコールそれは女子からの視線に耐える時間が長くなることを示していた。こんな鋭い視線を長時間も耐えないといけないのかと思うと自然と身体が震えを起こした。これなら先生にあてられる方が断然ましだ。
 ああ、仁王くん。先程の発言、撤回致します。だから、どうか昼寝でもおサボりでもしてください。
 心の中で願いながら私は小さな疑問を彼にぶつけた。

「でも、どうしてまた急に?」
「そんなのお前さんが隣だからじゃよ。気に入った子と一緒に居たいのは当然じゃろ?」

 聞くんじゃなかったと酷く後悔した。そして爆弾発言をやめない彼の口を塞ぎたい気持ちに駆られた。今更遅いとは思うが。
 私の気持ちを知ってか知らぬのか彼は尚も続ける。
 
「まぁお前さんが俺と一緒にサボってくれるんが一番有り難いんじゃがな」
「それは無理な相談ですね」

 そんな事をした日には私の人生は終わるだろう。と本気で思った。

「そう言うと思ったぜよ」

 私の答えを予測していたらしく、彼は溜息を吐いた。溜息を吐きたいのは私の方である。
 そして、また嫌な予感がした。

「もしかしてそれが分かってたから授業を受ける気になったの?」
「そうじゃ」
「あなた馬鹿なんですか」

 嫌な予感は見事に的中する。そして彼の馬鹿さ加減には呆気に取られてしまう。馬鹿に付ける薬なんて本当に無いと思う。

「嗚呼、俺は馬鹿じゃよ。そんな馬鹿にお前さんはいつか惚れるぜよ」
「……今度は惚れるぜ宣伝ですか」
「嗚呼、覚悟しときんしゃい」

 不適に笑う彼に私は本日何度目かの溜息を零した。



(嗚呼、頭痛い)


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