近いようで遠い

ついにスマホの電池が底を尽きた。
この時代の風景を収めておきたかったけど、それは叶わぬ夢となってしまう。


「なまえちゃ〜ん。総司くんのご来店やでぇ」
相変わらず胸元がはだけているし、眼帯をしているし、これでもかと目立っている。
「いらっしゃいませ……」
ここ数日はずっと裏に引きこもって番傘作りの修行を頑張っていたけど、お妙さんが買い物へ出ている間だけ店番を頼まれた。
初めての接客で緊張しているというのに、まさか最初のお客さんが沖田さんだとは。
「傘なんて差さへんけど、なまえちゃんが売ってくれるんやったら買うてみてもええなぁ」
ヒッヒと白い歯を見せながら愉快に笑う。
この人を相手にするとなんだか面面倒くさそうだし、傘を買ってさっさと帰ってもらいたい限りだ。
「男性用の傘でしたらこっちの……」
そう言いかけた時、商品の奥の方でひっそり佇むまっ赤な蛇の目傘に目がついた。
高級な素材を使って彩りもきれいな事から、値段は他の傘よりも1.5倍くらい高い。
「こちらの商品を女性への贈り物にどうですか?」
ニコニコしながら高級傘を沖田さんに渡すと、それを気に入ったのか「ほう」と目を丸くしてアゴ髭を指で撫でた。
「蛇の目傘は番傘よりも細身なので、華奢な女性にぴったりなんですよ。色も鮮やかだし贈り物にうってつけです。1本と言わず、3本くらいどうですか?」
「3本?」
この発言に少し驚いたのか、沖田さんの眉毛がぴくりと揺れた。
「沖田さん二枚目だから女性に大人気でしょうし、これを贈ったらみんな喜んでくださると思います。新撰組としての印象にも繋がるし、ここは男として奮発しちゃいましょう」
強引かなと思いつつも、このチャンスを逃さずにどうにか売り上げに貢献したいと思っている私は身を引かない。
ニコニコ笑顔で沖田さんを見つめ続けていたら、ぷっと小さく息を吹き出した。
「なんや、思ってたんと違うやん。からかったろうと思っとったんやけど、まさか高い傘を三本も買わされるとはな」
沖田さんは袴のポケットから小銭を取り出すと、「釣りはいらん」と言って差し出した蛇の目傘3本を受け取って去っていった。
「……やった!」
四条通りに背を向けてこっそりガッツポーズをする。
接客業は何気に初めての経験だ。
売れた時の喜びがこんなに良いものだとは思わなかった。
この日をキッカケに私は頻繁に店番もやるようになり、少しずつ町の人たちとの交流が増えていって、なんと同年代のお友達もできた。
土方さんもちょくちょく店に顔を出してくれるし、夜は変わらず毎日会いに来てくれる。
そんな生活に慣れてきて、だいぶ京の町に馴染めてきたかなと感じていた。
夜に涙することも、最初に比べて少しだけ減った。









「あ、新撰組よ」
店先でお客さんの呼び込みをしている時、近くにいた若い女の人達が壬生方面から歩いてくる集団を見て小さく声を上げた。
浅葱色の羽織のおかげで、あの集団が新撰組なのだと遠くからでもはっきり分かる。
そしてその先頭を歩くのが土方さんだと気付いて、私は目を奪われてしまった。

かっこいい

素直にそう思った。
普段私に見せる優しい表情とは打って変わって、先頭を歩く土方さんの表情は険しい。
腰に刺さっている刀の鞘がキラリと太陽光を反射させている。
彼は本当にあの新撰組の副長なのだと、この時強く実感した。
仕事中だからか、店の前を横切っても土方さんは一度も私の方を見ない。
土方さんの後ろを歩く沖田さんはヘラヘラしながらこっちに手を振っていたけど。
「副長の土方さん素敵じゃない?」
最初に新撰組よ、と声を上げた女性が、土方さんの噂話を始めた。
その会話に加わらないものの、つい聞き耳を立ててしまう。
「すごく二枚目よねぇ。見惚れちゃう」
「でも人斬り集団だし怖いわ」
「確かにそうね……一番隊隊長の沖田さんなんていつも血まみれの羽織を着ているから気味が悪いもの」
噂話をしながら彼女達は店前から去っていき、私はぼんやり新撰組の後ろ姿を眺めていた。
「人斬り集団……か」
私の住む世界は誰も刀なんて持っていない。
人が斬られたらどうなるかなんて想像もつかない。
だけど彼らは常に身の危険を隣り合わせに生きている。
あの腰刀は、飾り物じゃないんだ。
そう思うと身近な存在の土方さんが急に遠い人のように感じた。
「なまえちゃん」
新撰組が歩いて行った、祇園に続く四条大橋の方を見て考えて事をしていたら、後ろから聞き慣れた声が私を呼んだ。
「おりょうちゃん! また来てくれたんだ」
ピンク色の着物に身を包んだ笑顔の素敵なこの女の子は、伏見にある寺田屋という旅館で勤めているおりょうちゃんだ。
急な雨で傘を買いに日衣屋に来店したおりょうちゃんと話が弾み、また来るねと言ってくれた。
「お登勢さんにここで買った蛇の目傘見せたら私も欲しいって頼まれたんよ。私よりも年上の人なんやけど、落ち着いた色で良いのある?」
「あるよ。えっとね……」
お昼時で客足が遠のいていたから、私とおりょうちゃんは傘を選びながら世間話をしていた。
同年代の子と敬語を使わずに話すのは本当に楽だし楽しい。
お登勢さんに買う傘を決めたあと、おりょうちゃんは紺色の番傘を見て動きを止めた。
「どうしたの? これ、気に入った?」
「うん。私やないんやけど、寺田屋にずっと寝泊まりしてる人がいて……その人にも買っていこうかなぁ」
そう話すおりょうちゃんの顔が、どことなく恋する乙女のように見えた。
「もしかして……その人の事が好きなの?」
「えっ?! そ、そんなんやないよ!」
「あはは、その慌てっぷりが怪しい」
頬を赤らめながら否定するおりょうちゃんがあまりにも可愛くて、ついついしつこくからかってしまう。
怒っちゃうかなと思いきや、最終的に"はじめさん"と言う人に想いを寄せているのだと話してくれた。
「もう、私ばっかりやないの。そういうなまえちゃんは好きな人おるん? 隠し事はなしやからね」
「私?」
去年まで付き合っている人はいたけど仕事上お互いの休みが合わないとかですれ違いが続き、一年交際して終わりを迎えてしまった。
それからいいなって人がいても結婚していたり、なかなか出会いがなかった。
そんな時この時代にタイムスリップしてしまった訳で。
「いない……かなぁ」
「かなぁ、って何よ。気になってる人がいるの?」
いないと言えば嘘になる。
土方さんみたいな綺麗な顔をしているのに男らしくて優しい人がいたら、嫌でも心動かされてしまうじゃない。
「……うん。素敵だなぁって思う人はいるんだ。でも私なんかが好きになっていい人じゃなくて」
「え? なんでなん?」
私は少しだけ沈黙してしまう。
聞いちゃいけなかったのかな、と不安になったのか、おりょうちゃんの眉が下がって困り顔になった。
「身分が違うと言うか……とにかく私には手の届かない人なんだ」
「そう……なんや……」
おりょうちゃんはそれ以上何も言わなかった。
今じゃ考えられないくらい、この時代は身分制度が厳しい。
だからおりょうちゃんは、私の気になる相手が手の届かない階級に位置する人なのではと勘付いたのかもしれない。
だけどそれはあながち間違っていない。
土方さんに限らず、この時代を生きる人を好きになってはいけない。
私は150年後の世界を生きる人間。
こうして土方さんに出会った事さえ間違っているのに、恋に落ちるなんて論外だ。







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