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「まじか……」

ざくざくと、砂浜を踏みしめアルスの家へ向かう。先程、ドレスの大半を処分した。フィッシュベルのどうぐやに売っても需要はあまりないだろうと検討をつけ、せめて少しでも高値のつきそうなグランエスタードまで足を運んだのだが、期待した程の価値にはならなかった。新しい島がもっとこの世界に出現していたら、流通と需要のバランスも変化しもう少し高値で売れたかもしれない、とどうしても余計なことを考える。こちらの世界も向こうと同じでそう易々とはいかないらしい。
ついで、ではないが店への顔出しもしておいた。一から十まで説明するのは大変面倒であったが、店長は咎めるでもなく、笑って聞いてくれた。一応、バイトとしての籍は置いておいてくれるらしい。向こうとは違いかなり雇用形態がゆるゆるで、やはり少しばかり案ずるところがある。

もう、フィッシュベルの風景も馴れたものだった。最初に来た時は、正直何も考えることができなかったし、風景、人々、そんなことに注目してあれやこれやを思う暇などなかった。でも今は、アルスの部屋という寝床もあるし、多少ではあるがゴールドも所持している。いざとなれば、働いて自分で生活できるのだ。そこは、大きな拠り所となる。
にゃあん、と猫が鳴いて砂浜に可愛らしい足跡を残して去っていった。俺はアルス宅の扉に手をかけて、開く。音に反応してマーレさんがにこやかにこちらへやって来た。

「レツちゃん、おかえり」
「ただいまですマーレさん」
「アルスは一緒じゃないの?」
「はい、今は別行動です。きっと、二、三日もしない間に帰ってくると思います。そこからまた、合流って感じで」
「へぇ、そうなのね。荷物はしっかり預かってるからね!アルスの部屋に置いてあるよ」
「ありがとうございます!」

一礼して、梯子を上る。上がってすぐ右隣に布でひとまとめしにた荷物がどっしりと、ひとつ置かれていた。中身はほぼ私服だ。売るにしてはきっと安くにしかならないだろうし、所有しておくには場所をとる。対策をとらなければならない。

「はぁーめんどっちい」

ため息をついて、ぐだりと床にへたり込む。もうこのまま、アルス宅の居候になりたい。異界(というか異空間だろうか、時間軸移動だか何だか)に行けたし、あれ、最初の目的は何だったか。そこだけぼんやりしていて思い出せない。今更後には退かないが、気が乗る理由が出来上がるまで上機嫌は無理だろう。
精神的負担が大きいのだと思う。いくら環境が整っていたとしても、いきなり異世界に放り込まれるのには多かれ少なかれ苦がある。慣れているつもりでも、刺激はまだ敏感に感じ取るようだ。

(このままこの世界に……居続けるのかなあ)

残してきた父はどうなったろうか。姉は?母は?戻る時には、PSの電源を付けた後くらいの時間軸に帰れるのだろうか。あちらも、俺がいないまま時間が進んでいるのならばさぞ面倒なことになっているだろう。捜索願でも出されているんじゃなかろうか。物騒な事件多いからなあ。そういえば冷蔵庫に八宝菜を冷やしたままだけど、父はちゃんとそれを食べているのかが心配。いや、やっぱりそうでもない。どうでもいい。
数日で疲労が拭いきれるか。その方がよっぽど心配で、アルスが帰ってこない間はふかふかベッドを拝借しよう。




〜20160311







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