第二話 雷雲

-drogar-

どこの村もそうだが、大抵の場合、余所者には冷たい。
この村も例外ではなかったようで、親身になってくれるのは村長の家の者たちくらいだった。

村人たちに煙たがられはするものの、村に居座らせてもらっている身なのだからと、俺は積極的に村の家々を回った。
もしも何か困っていることがあるのなら、力になりたいからだ。

「薬は要りませんか──」
ざく、と積もった雪を踏みしめ、堅く閉ざされた家々の戸口をちらと見やる。…戸が開く気配はない。凍てつく息を吐き出し、尚も歩みを進める。

「薬は──」
不意に視線を感じた。見れば、大きな屋敷が建っている。村長の家と同じくらいか、すこし大きいかもしれないくらいの家だ。降りしきる雪をものともせず堂々とそびえ立つそれは、ともすれば不気味にも見える。

──見られてるな。
そういえば、いつぞやに眠っていたときにも、誰かに見られていた気がする。あれは誰だったのだろう?

そうは考えつつも、俺は来た道を引き返す。
気味が悪いと思うところには、近づかないに限る。尚も向けられる視線に気づかぬふりをしつつ、できるだけ自然に歩いていく。

「薬は要りませんか──」
屋敷が遠ざかるにつれ、刺すようだった視線の感覚も薄れていく。今のところ悪意は感じられないので、特段気にしなくてもいいだろう。
おおかた、村に来たばかりの余所者である俺の挙動が気になって物陰から眺めているとか、そんなところだろうし。


「薬は要りま──」
『あの……!』

不意に静寂を切り裂いて、懸命な声が掛かった。
「はい、薬が入り用ですか?」

見れば、すこし離れた家の戸口から女がひとり、こちらを不安そうに見つめている。
よく耳を澄ますと、子どもの悲鳴のようなものも聞こえた気がした。

『あ、あたしの子が…! あたしの子の手が真っ赤に……!!』
「傷薬があります。どうぞ落ち着いて」
狼狽える母親を宥めながら、切り傷に効く薬草を見やる。──よかった、これはまだ余分がある。

『…っ、早く診てやってください…!』
「ええ。すぐにお邪魔します」
案内されるままに戸をくぐり、乞われるままに薬草を与えた。

薬の材料はそう多くはない。しかし俺自身、あのままでは死んでいたところを助けられた身だ。恩に報いたいのはもちろんだが、もし出し惜しみをしてしまえば顰蹙を買うだけだろう。
春になれば草も芽吹くだろうが、それまでは今の手持ちでしのぐ以外、どうしようもない。

村人たちの困りごとにはできるだけ手を尽くしたが、薬がないときは正直に無理だと言って、諦めてもらった。
その後彼らがどうしたのかはよく知らないが、快方に向かった者もいたようだった。

ある時、病人が出た家に物々しく着飾った男が入るのを目にした。村人たちは男を見てひそひそと耳打ちをし合い、或いは忌々しげに睨み付けて去っていくのだった。
あの男はおそらく祈祷師の類いだろう。他の村でも見たことがあったから、特に驚かなかった。薬の効き目がいまひとつだから、藁にもすがる思いなのだろう。

ああいった連中はさほど好きではない。まじないをして病人の病が治るのなら、俺たち薬師の立つ瀬がないからだ。
神の恵みは確かにある。しかしそれは、山の芽吹きや実りをもたらしてくれる──目に見えるものであって、神通力で妖を倒すだの、まじないで神の力を借りて人を呪うだのといったような曖昧なものは、どうにも胡散臭いと思ってしまうのだ。

冬を共に過ごすうち、最初の頃は俺を遠巻きに見ているだけだった者たちも、少しは話しかけたりしてくれるようになった。少しは評判がましになったらしい。
…どんなに冷たくされた相手にでも、挨拶はするもんだな。

そして俺は、あることに気付いた。
この村の長は一応は朱鳥だが、実のところはどうにも違うらしい、ということに。

朱鳥の部屋から時折、誰かとの話し声が聞こえることがあった。その声は、悠のものでも葵のものでも、彼の妻のものでもなかった。
誰かとの会話はすぐに終わることもあれば、半日近くにまで及ぶこともあったようだ。というのも、村を一通り歩き回り、宿に戻った頃に偶然、声の主に出くわしたからである。──先日見かけた、祈祷師の男だった。

「…こんにちは」
『…。………長居は無用だ』──ちりん。

「…え」
唐突に投げつけられた言葉に面食らっている間に、男は鈴の音を引き連れて村の奥へと姿を消した。

長居は無用、か。
余計なことはするな、ということだろうか? それともまさか、この深い雪の中、村を出ていけと…?

あの男のことは、どうやら好ましく思えそうにない。
元より、祈祷師自体が胡散臭いと思っているのだから、好ましくなど思えるはずもなかったのだ…。

その祈祷師が、村長である朱鳥と半日近くも話し込んでいるとは。
…村人の困りごとをあれこれと解決し、不安を解消しているのが祈祷師であるならば、彼らは村じゅうの尊敬を集めているだろう。祈祷師の一族が村人たちを束ねるのは容易いはずだ。

…少なくとも春までは、彼らに目をつけられるようなことは避けたい。
村長である朱鳥の家を間借りさせてもらっている以上、祈祷師の目も意識していたほうがいいだろう。

「くわばら、くわばら……」
耳に届いた遠雷に背を向けるようにそう呟いて、俺は仮の住処に身を寄せた…。

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