第一話 彷徨の果てに

-drogar-

俺がその村を訪れたのは、まだ雪の深い季節のことだった。

近隣の村人の話によれば、他所の村が旱魃(かんばつ)に遭おうと水害に遭おうと、この村だけは田の実りが豊かで、決して村人たちが餓えることがない村なのだという。
なんでも、村人たちが山の神との契約を守り、慎ましやかに日々を営んでいるからだというのが専らの噂だが、その割には村に子どもたちの姿が少ない。故に、こう噂されてもいた。

──あの村に住めば、子が神に喰らわれる。

周りの村の者たちは、密かにそこを『()()い村』と呼び畏れ、身重の女は決して足を踏み入れない。
同様に、幼子を連れて村へ赴くようなこともせず、噂をことに畏れる女たちは、なにか害があってはならないからとその村の事を口にしようともしないのだという。

そんな恐ろしい噂のある村を知ったのは、俺が或る村を出たあとの事だった。
『あんたは薬師(くすし)なんていう徳の高いつとめをやってるから、きっと神仏がお守りくださるよ』などと言われたのだが、曖昧に笑って誤魔化すことしかできなかった…。


『…あんた。薬師だってのは本当かい?』
「ああ、そうだよ。…尤も、今はそう原料もないもんだから、ほぼ見かけだけだがな」

『稚喰い村』に足を踏み入れたその日、最初に話しかけられた男に簡単に自己紹介をすると、物珍しさに集まってきた村の者たちに寄って(たか)って尋ねられた。
確かにこの村は山深くにある。その分旅人が訪れるのは珍しいらしく、興味深そうにあれこれ尋ねてくる者もいれば、胡散臭げな眼差しをこちらに向けはしたものの、ついと無視を決め込む者もいた。

『ろくに薬も持たねぇのに、よくこの村まで来たもんだな』
「あぁ、まったくだ。…実を言うと、雪のせいで道が判らなくてな。村の灯りが見えた時には、命拾いしたもんだと心底ほっとしたよ」

『運の良い御仁だ』
『ありがてぇ、ありがてぇ…』
「…おい、止してくれよ」

何故か俺に向かって拝み手をしてくる村の男に、俺は苦笑いを向ける。
「あー、そんなわけだから、できれば春までこの村に居させてくれると有難いんだが……」

『ようこそ、お客人』
「…?」

『私は村長の朱鳥(あすか)。失礼だが、貴殿の名は?』
「俺は(まさ)だ。この村の西から来た。薬を売り歩く商売をしている」

『この雪の中を…。さぞ難儀されたことでしょうね。見ての通り何もない村ですが、春までゆっくりなさると良い』
「有難うございます。もしもなにかお困りのことがあれば、遠慮なく仰ってください」

『それは有難い。しかしまぁ、今は養生なさると良いでしょう』
「尤もだ」

『私の家なら空きがあります。まずはそちらへ』
「分かりました。……お邪魔させてもらいます」

朱鳥と名乗った男の言葉に頷くと、そう遠くない屋敷に案内された。
村長というだけあって、なかなかに立派な屋敷だ。敷居を跨ぐと、少女と少年がそれぞれに顔を出した。

すぐに朱鳥が彼らを紹介してくれた。
『娘の悠と、その許嫁の葵です』
「世話になる。俺の名は柾という」

『柾殿は薬師だ。春まで当家においでになる。屋敷を案内して差し上げなさい』
『畏まりました』

葵と呼ばれた少年は、こちらに手を差し出すと言った。
『荷をお部屋までお持ちします』

「あ、あぁ…」
『どうぞ、こちらへ』

悠と呼ばれた少女に、にこやかな笑みを向けられる。
あちこちの部屋を見せてもらいつつ、案内されるがままに割り当てられた部屋へ赴いた。──外から見た分には立派に見えたが、村の有力者のそれにしては手狭な家だ──などと、胡乱な頭で密かに思いながら。

『お腹が空いておられるのではありませんか?』
「…いや、腹はあまり減ってない。今は何よりも──眠りたい」

『承知いたしました。ほかにご用がおありなら何なりと、お申し付け下さいませ』
「畏れ入る」

互いに会釈すると、変わらぬ笑みを向けて悠が去っていく。
「………。」
──全くもって運が良かった。あれだけ雪山を彷徨ったのに大した怪我もなく、食料が尽きる前に村にたどり着き、その上、宿まで借りられるとは。

案内された居室には、葵に預けた荷が置かれ、既に蒲団が敷かれている。
ようやく安堵の息をつき、敷かれた布へ寝転がった。

体が重い。すぐにでも眠れそうだ。
──明日のことは明日考えればいい。今は、この幸運を喜ぼう。命あっての物種だ。

目を閉じると、不安を感じる間もなく眠りに落ちた。
『─────……。』
微かに、此方の様子を窺うなにかの気配を見過ごして。

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