第三話 薄氷の蒼

-drogar-

冬の冷たさが和らぐように、村人たちの頑なさも解れていった。
春が近づくにつれ、村人たちは気さくに接してくれるようになった。しかし例の祈祷師の男の眼だけは、氷のように冷ややかだった。

あるとき、春を呼ぶための祭があるというので、すこし様子を見させてもらった。
朱鳥や悠には遠慮せず好きに見たらいいと言われたが、あまり祈祷師の目につくようなところには行きたくなかったので、隅の方でこっそりと見させてもらうことにした。

祈祷師が出てきて、設えられた祭壇に祭文を奏上する。祈祷師が祭壇の前を去ると、祈祷師のあとに続いて出てきていた女たちが舞を奉納し──。
よくある祭だった。祈祷師が強い権力を持っているこの村でも、外の村とやっていることはそう変わらない。

──こんなものか。
さぞ派手に祭を執り行うのだろうと思っていたので、すこし落胆した。
そんな自分に苦笑しつつ、こっそりと祭の場を離れようとしたとき、俺と同じようにこっそりと祭を見つめている影があることに気付いた。

その男は木陰に立ち、血の気のすくない顔いろをしていた。──きっと、どこか体を悪くしているに違いなかった。
「あなた、もしや──」
どこか具合が悪いのかと尋ねようと声をかけると、男の眼が俺を捉えた。その途端、まるで喉に何かつかえたかのように声が詰まってしまった。

刹那、──ちりん、と。
どこかで聞いた鈴の音と初めて聞く声が、頭の奥で響いた。
【もし他言すれば、あなたの命はありませんよ】

「……!?」
驚いて背後に目を向けると、頭に鈴の飾りを無数につけた【なにか】が、いつの間にか俺のそばにいた。

「なんだ、あんた──」
慄く俺を尻目に、そいつは不意に姿を消した。辺りを見回したが、ちりんと鈴の音だけを残して、忽然と消えてしまったようだった。
それと時を同じくして、木陰に在ったはずの男の姿も、いつの間にかなくなっていた…。

なんだ、今のは…。白昼夢でも見てしまったか、木の陰を人影に見間違えたのか。
…いや、違う。俺の頭の中に響いた音は、紛れもなく鈴の音だった。今も頭の中に響いている。

ただの木陰が妙に気味悪く見えて、一刻も早くその場を離れたくなった。
あの人物は一体──。そう思うとたまらなく恐ろしくなった。彼は何者で、あそこで何を見ていたのだろう?

彼は去り際、確かに笑っていたのだ。…何故かは知らない。知りたくもない。
恐ろしさに竦む俺は、頭に響く声に従うことにした。
──どこの村にも不文律はあるものだ。触らぬ神に祟りなし、というではないか。

いや、しかし……。
やはり自分が薬師である手前、心に引っ掛かりを覚えていた。

彼はおそらく病持ちだろう。放っておけば手遅れになってしまうかもしれない。
しかしあれは誰だろう? 今まで村を見て回った回数は決して少なくないが、彼には会ったことがない。もしも会っていたならば、とうに病を診て薬を飲ませている。

きっと、これ以上を探ればただでは済まないだろう。…他言すれば命はないとまで言われたのだ。……しかし、やはり気になってしまう。
それとなく村を見回ったが、祭の日以降その人物はとんと姿を見せなかったのだった。

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