深い寝息を立てながら隣で眠る彼女の寝顔を見ると、自然に頬が緩むのが分かった。

なるべく音を立てずに寝返りを打ち、より近くチフユの顔を見つめる。薄い唇から漏れる吐息に頬を撫でられると、昨日の情事の記憶が頭に浮かんだ。
チフユが近くにいる。意識すればするほど目が覚めてしまう。確か今日は三代目に呼び出されていた。だから今のうちに眠りについて体力を回復させなくてはいけない。そう思い固く目を閉じるのだが、隣にいるチフユの寝息を聞いただけで鼓動が走ってしまい、頭が冴える一方だった。

もう一度チフユに視線を送ってみると、チフユは相変わらず気持ち良さそうな顔をして目を閉じている。思わず白い肌に触れてみたくなり、そっと手を伸ばしチフユの頬を撫でてみた。微かだが、チフユの肌よりもオレの手の方が温かい。
しばらくそうやって楽しんでいると、チフユはぴくりと瞼を動かし小さく反応した。目を開こうとするチフユを見て焦りが生じ、オレは慌てて目を閉じた。
ギシリとベッドの軋む音が静寂な部屋に鳴り響く。恐らく隣で眠るオレの存在に気が付いたチフユが距離を取ろうと身動いだのだろう。
離れて欲しくないと思ったオレは咄嗟にチフユの足と自分の足を絡めて距離を詰めた。おまけに自身の腕でチフユの体を抱き締めれば、先程よりも愛しさが胸に募る。

「うわー…」

だが、オレの気持ちとは逆にチフユの唇から漏れたのは嘆きの声だった。なんだ。チフユは自分と同じ気持ちではなかったのか。そう思うと、少しだけ傷付き、落胆した。

「うわーって…そんな物言いないんじゃないの?」

堪らず目を開けて問い掛ければ、チフユはオレのいる方へゆっくり振り向いた。どう見ても罰が悪い顔を浮かべているチフユに、ジリジリと苛立ちが込み上げる。何もそんな顔しなくたっていいでしょーよ。

「…おはよう」
「…おはよ」

オレの返した声は明らかに不機嫌な声で、大人げないなと、自分でもうんざりした。軽く自嘲しつつ未だオレから離れようとするチフユの体をぐっと引き寄せて力を入れた。チフユはよほど苦しいのか「ちょっとカカシ」と窮した口調でオレを制する。

「もう少し、このまま」

わざと眠たげな、呑気な声で返すとチフユはようやく諦めたのかピタリと抵抗するのをやめた。
ーーホントは眠くなんかないんだけど、ね。
チフユの細い髪から放つ、甘い香りに包まれながら目を閉じて眠るふりをする。今のこの状況で寝れるわけがなかった。だって、欲しかったお前が今こうしてオレの腕のなかにいるのだから。
瞼を閉じてしばらく温もりを感じていると、ふとチフユからの視線に気が付いた。そういえばオレ、口布を外したままなんだっけ。冷たい外気に触れて晒された口元にはっとし、今更にして羞恥が込み上げた。そろそろ目を開けようか、しばらく逡巡していると、ふと左目に冷たいものが触れた。それは、チフユの指先だった。這わすように傷跡に触れるので、慣れない感覚に擽ったく感じる。何してるの?顔をしかめてわざと反応を示せばチフユの息を呑む音が聞こえ、触れていた指が離れた。消えてゆく温もりが名残惜しく思ったオレは咄嗟にチフユの腕を掴む。

「知りたい?この色違いの目」

何故そんなことを言ったのか自分でも分からない。ただ、チフユにはオレの全てを知って欲しかった。…それだけだ。
チフユはオレの目を凝視したまま逸らさない。知らなかった。誰かに自分を打ち明けることがこんなにも怖いだなんて。思い惑いながらもチフユの様子を確認すれば、チフユはそっと小さく頷いた。

「…この目はね、オレの親友の目なんだ」

自分が放った声は微かに震えていて、なんて情けないのだと自嘲する。チフユは疑問を抱いた目でオレを見ている。それもそうだ。体の一部が誰かのものだなんて普通の人間には理解し難いだろう。
掴んでいたチフユの腕を解き、代わりに自身の手と繋ぎ合わせる。寒いというのにオレの手は汗ばんでいて、気持ち悪く感じた。過去を打ち明けるだけだというのに、自分は何をそんなに緊張しているのだろうか。

「実は…」

一つ一つ、ゆっくりと言葉を紡ぎながら今までの出来事を話してゆく。途中、言葉が喉に張りつき苦しくなったが、その度にチフユは「大丈夫」そう言って、オレの背を優しく撫でてくれた。
全てを吐き出した後は気持ちが晴れるというよりも、自分の今までの愚行を改めて思い知り、責苦を負った。昨夜、あれだけ枯れるほど流した涙が性懲りもなく目の縁に溜まって滲む。ーー泣くな。そう言い聞かせるのだが、意に反してじわじわと喉の奥が熱くなる。オレは、涙を堪えるためにぐっと唇を結んだ。
チフユは何も言わないが、代わりにオレの手を強く握り返してくれている。いつのまにか冷えてしまった自分の手は、今では彼女の方が温かい。
カーテンから差し込む光が、部屋を包み込むようにうっすらと明るくさせる。穏やかで柔い光を見て、もうじき朝が来るのだと、そう思った。

「カカシ。ベランダに出よう」

はっきりと言い放ったチフユはオレの返事を待たぬまま繋いでいた手を引き、ベッドから降りた。慌ててオレも床に足を置くと、冷たく硬い床の感覚が足裏から伝わり、熱を奪っていった。先程まで温かい布団の中にいたものだから突然の気温変化に体が追いつかず、無意識にぐっと両肩に力を入れて身を縮める。チフユはどことなく慌てた様子で毛布を手に取ると、立ち止まるオレの手を強く引っ張った。
そのまま部屋を出て廊下を歩き、リビングに入る。するとチフユはピタリと足を止めた。オレも足を止めてチフユの隣に肩を並べる。
薄手の寝巻きのままで来たものだから、冷気が布越しに入り込み身震いする。チフユは寒くないのだろうか。そう思いチフユに目をやれば、チフユはベランダに続く、カーテンを引き忘れた窓をじっと見つめていた。

「チフユ、寒いよ」

思いのまま言葉を吐き出すが、チフユはそれに答えることもなく、ベランダに続くサッシに手を掛けた。繋がられた手は離されることはない。寒さと理解し難いチフユの行動に不服を感じながらもオレも彼女の後に続く。ベランダに出ると早速、びゅっと風が頬を切り、その冷たさに肩を竦めた。

「間に合った」

安堵の息を吐いて嬉しそうな顔をするチフユに「何?」と問い掛ける。「いいから見てみなよ」言いながらチフユはオレに外の景色を見るよう、指を差して促した。欲しかった答えが返ってこないことに少しだけ苛立ちを覚えながらも、チフユに言われた通りベランダから見える景色に視線を移す。

「あ、」

思わず声を上げた。チフユがオレに見て欲しかったもの。それはいつか二人で見た朝焼けの景色だった。まだ昇りきっていない橙色の太陽が夜空と重なり合う瞬間は本当に幻想的な景色で、寒さを忘れるほどだった。
突っ立ったまま動こうとしないオレにチフユは手に持っていた毛布を広げると寄り添うように包まった。チフユの肩とオレの肩が触れ合う。毛布のなかで二人分の体温が交わり合い、冷えた体が徐々に温かくなるのを感じた。それはまるで、心の奥底にある見えない氷がじわりと溶けてゆくよう。やがて溶けた氷は涙となり、滑るように頬に伝った。オレは縋るように濡れた視線を美しい景色へ向ける。

「これを見せてあげたかったの。私が落ち込んだ時、カカシと一緒に見たあの太陽に励まされたんだ」

隣にいるチフユはオレの顔を見ず、静かに語りかけた。…きっとチフユはオレが泣いていることに気が付いている。何も言わないのはチフユの優しさだ。チフユはいつもそうだった。よろめき躓くと、いつも手を差し伸べてオレを支えてくれる。いつだって、今だって。彼女の暖かみでオレは助けられてきた。

「ありがとう」

本当に無意識に零れた落ちた言葉だった。チフユはふっと柔らかく微笑む。

「カカシこそ、悲しみを教えてくれてありがとう」

照れ臭そうに礼を口にするチフユの頬は太陽と同じ橙色に染められている。やっぱりオレは、チフユのことが好きだ。離れたくないし、失いたくない。本当の自分を曝け出すことが出来たのは、チフユだけだった。だから今度は無くさぬよう、守りたい。そして、なくすことばかりだったこの世界を、救いたい。
強く思えば思うほど、またじわりと涙が溢れ出る。
美しい景色を涙で歪ませては余りにも勿体ない。オレは俯いていた顔をぐっと上げて空を仰ぐと、朝と夜が混じり合う景色をしっかりと目に焼き付けた。今日はきっと、快晴だ。

「チフユ」

名を呼べば、白い息がふっと舞い上がる。隣にいるチフユは景色からオレへと視線を移した。チフユが瞬きをした隙に軽く唇を押し付ける。柔い感触に、自分から口付けをしたのにも関わらず胸が高鳴った。そっと顔を離してみると、驚いた表情のチフユがすぐ近くにあって、可愛いと思った。だが、見開いた目はすぐにオレを睨み付ける目に変わる。

「いいでしょ?このくらい。昨晩あれだけ「いいよっ、言わなくて」

そのまま口にすれば、チフユはますます頬を赤らめてオレを咎めた。
オレのなんてことのない言葉に取り乱し、狼狽するチフユの様子がおかしくてつい笑ってしまう。声を上げて笑うオレにチフユはしばらく不貞腐る態度を取っていたが、そのうち諦めたのかふっと笑みを溢した。
オレ達の間に穏やかな時間が流れる。感じたことのない優しく、温かいひと時が、妙にこそばゆく感じた。しばらく何も話さず景色を眺めていると、先に沈黙を破ったのはチフユの方だった。「そういえば」と、何かを思い出したように話を切り出すチフユにオレは顔を向ける。

「…私ね。実はこの前、風邪を引いた日にカカシにキスされる夢を見たんだ。恥ずかしいよね。でもそれが正夢になるなんて思わなかった」

淡々と話すチフユに一瞬にして顔に熱が集まるのが分かった。ーーもしかしてあの時、気付いてたの?面から火がでそうになるくらい羞恥に駆られ、咄嗟にチフユから顔を背ける。だが、それよりも先に赤くなった顔を見られてしまい、驚いたチフユは「どうしたの?」と声を荒げて問い掛けた。
答えられず、しばらく逡巡していると、チフユは熱でもあるのかと思ったのか、額に手を置いた。ひやりとしたチフユの冷たい手の感覚が伝わる。心配するチフユの顔を見て、これ以上黙り続けるのも悪いと思い、口を開いた。

「…あれ、したの」
「何?聞こえない」

わざと曖昧に主語を濁して答えれば案の定、聞き返されてしまった。

「その、あの時、キスしたの」
「はぁ!?」

オレの告白を聞くなり、驚愕したチフユの声が朝の閑静な住宅地に響き渡る。信じられない!変態!最低!様々な言葉でオレを罵倒するチフユの目は、明らかに怒気を含んでいた。「ごめん」もう一度謝ってみるが、かなり憤怒しているため、チフユの許しはなかなか得られない。
しばらくしてからチフユはようやく自分の声量の大きさに気付いたのか、慌てて声を潜めた。

「寝込みを襲うなんて…っ」
「襲ってはいないよ…ホントごめん。なんでもするから許して」

襲ってはいないが、危うく襲いそうにはなった。口が滑りそうになったが、チフユの怒った表情を見て慌てて言葉を呑み込んだ。頭を下げて誠心誠意に謝るとチフユは「本当になんでもしてくれるの?」と聞き返す。「オレに出来ることなら、なんでも」そう答えて上を向くとそこには意味ありげな、含み笑いを浮かべるチフユの顔があった。

「実はね、会って欲しい人がいるの」

嬉々とした顔で話すチフユに「それって誰?」と訊ねる。しかしチフユは「秘密」と言いながら笑うだけで答えてはくれなかった。…ま、いずれ分かることだろう。オレは小さく白い息を吐いて、目の前に広がる風景に目をやった。
太陽は昇り切り、白々とした光を放っている。夜が終わり、朝が来た。新しい一日の始まりだと、そう告げるあの太陽を見て、これからのことを考える。
オレが今思うことは、後ろを振り向きながら日々を過ごすのではなく、いつか堂々と前を向き、手を振りながら今日の日を迎えてみたい。そんなことを願いながらチフユの横顔を盗み見ると、そこには白い朝を嬉しそうに眺める顔があって。その笑みに釣られたオレは、今だけは隠さずにいる口元をそっと、緩ませた。


***


チフユと別れたあと、三代目に呼び出されていたオレは火影室の前まで来ていた。「失礼します」一礼してから部屋に入ると、書類から目を離した三代目がオレを一瞥するなり「では行こうかの」言いながらスッと席を立った。どこへ向かうのだろうか?疑問を抱きつつ、以前よりも小さくなった三代目の背中に着いてゆく。火影塔を出てしばらく歩くと、三代目は語り掛けるように話し始めた。

「この度、お主に担当してもらう下忍たちじゃが」
「…またオレにですか?」

思わず悪態を吐いてしまい、はっとする。以前、三代目の命により下忍担当を受け入れるとは言ったが、まだオレの中で心構えは出来ていなかった。
三代目はじっとオレを睨みつけて溜息を零すと「そう嫌な顔をするな」と、呆れた口調で咎めた。
「ガイはすでに下忍達と班を組んで任務に出ている」引き合いに出されたガイの顔を思い出せば、心底うんざりした。しばらく叱責していた三代目だったが、ある家の前まで来ると、歩みを止めて見上げた。

「…ここじゃ」
「ここは…」
「うむ。うずまきナルトの家じゃ」

四代目の忘れ形見ーーうずまきナルト。あの子がもう下忍になるのか。戸惑うオレを構うことなく三代目は「では入ろうかの」と、取り出した鍵を使って解錠した。
家の中に入れば余りの乱雑した部屋に驚愕した。食べかけのパン。捨てずに放置されたままのカップ麺の容器。洗濯されていない汚れた衣類。テーブルの上に放置された牛乳に至っては腐敗臭を放っていた。とてもじゃないが、あのきっちりとしたミナト先生の子供だとは思えない。

「間抜けな奴だが、お前に見張らせるのが一番だ。お前は鼻が効く」

嗄れた声で話す三代目の表情はどことなく柔らかい。ナルトの面倒は三代目が見ていると聞いた。年齢的にも三代目からナルトを見れば、まるで孫のようだ。きっとナルトのことを可愛がっているのだろう。
オレが最後に目にしたナルトはまだ幼い頃の姿だった。人柱力として九尾を封印されたナルトは里中の奴らから煙たがれ、恐れられていた。里を襲った化け物だと大人達に突き飛ばされ、罵られ、虐げられていたナルトの姿を見ても、オレは何も出来なかった。先生のたった一人の大切な子供なのに見ているだけしかできなかったんだ。思い出しただけでもどす黒い、鉛のような気持ちが心に重くのしかかる。だがそんな気持ちを抱くのは見当違いだとすぐに気付いた。何もせずに傍観していたオレもあの連中と同じなのだから。

「それから、お前の班には例のうちは一族のサスケもいるぞ」

三代目の声が静かな部屋に響き渡る。うちは一族のサスケ。イタチの弟、か。イタチはオレが暗部だった頃の後輩だった。秀逸で優れた能力の実力者のイタチにオレからは何も教えることはなかった。そのイタチの弟がナルトと同じ班だなんて。

「検討を祈る」

重く威厳のある声を発して鋭い目でこちらを見る三代目は否定など聞かない、そう言っているようだった。こりゃ、大変なことになりそうだ。億劫な気持ちを吐き出すかのように小さく息を吐くと、ゆっくり頷いて返事をした。

「了解」




次に訪れた場所はくノ一の家だった。両親はよほど首を長くして三代目を待ち構えていたのか、三代目の姿を見るなり「家へ上がってください」と強引に手を引いた。拒否する三代目に両親は臆することもなく「固いこと言わず」とさらに背中を押す。「先生もどうぞ」満面の笑みを浮かべながら半ば強制的に家へと招き入れる両親を見て、この二人の間から生まれた子を想像すると本日何度目か分からない溜め息を零した。
結局、家を出られたのは五杯目の茶が出た時だった。痺れを切らした三代目が「まだ行かなければいけない場所がある」と言い、しつこく引き止める両親を押し切って家を出た。

「先生、娘をよろしくお願いします」
「…はい」

去り際、先程と打って変わって真剣な面持ちで頭を下げる両親を無視できず、つい頷いてしまった。本当はまだ下忍担当だなんて心構えできていないのに。オレの返事を聞くなり、ぱっと華やいだ両親の顔を見ると、チクリと胸が痛くなった。

そして最後に訪れた家はうちは一族、サスケの家だった。サスケの部屋はナルトの部屋に比べ、綺麗に整頓され塵一つ落ちていない。そういえばイタチも几帳面な性格だったなあ。ふとイタチの顔が頭に浮かんだ。

「木ノ葉で写輪眼を持つのは今やお主のみ。サスケが写輪眼を開眼出来るかどうか分からんが、その時にはお主がサポートしてやってくれ」

写輪眼。この左目はオビトから譲り受けたもの。だが皮肉なことに、オレが万華鏡写輪眼を開眼したのはオビトの大切な者でもあるリンを殺した時だった。オレは、オビトの最期の望みを自分の手で壊してしまった。思い出すのは苦しみ、もがくリンの最期の姿。自分の足元には血の海が広がり、恐怖で苦しい震えが起きる。はっきりと頭の中で蘇る記憶の蓋をする様に、そっと手を左目に当てた。

「…この目には悲劇が付き纏います。出来れば写輪眼など開眼しないで終わるほうがいいのかもしれません。…ですが、よくも悪くもこの目には友の、仲間への想いが重要な鍵を持つようです」

静かに左目に当てていた手を外す。瞼越しに柔い光が差して、少しだけ眩しく感じた。

「悲劇を引き起こすのが想いの裏返しと考えれば、そうはならぬよう仲間を大切に思う気持ちを見極める必要があります」

だからこそ、チームワークは大切なのだと思う。はっきり言い放つと、三代目は厳しい表情を浮かべてゆっくり頷いた。

「今年もお主の審査基準は変わらぬようじゃな」






一通り担当する下忍の家を訪問したあと、三代目は「ここで休憩しようかの」と公園のベンチに腰を掛けた。

「お前もどうじゃ」
「…いや、オレは」

三代目は先ほど売店で購入した缶コーヒーをオレの目の前に差し出した。いくらなんでも里長から直々に茶を貰うだなんて、恐れ多くて受け取れない。そう言って拒むと、三代目は「そう堅苦しく思うな」と朗らかに笑った。

「すみません。ではお言葉に甘えて…」

言いながら、缶コーヒーを受け取る。「それでいい」三代目は満足げに微笑むと目の前で遊ぶ子供達に視線を向けた。その表情はとても穏やかで、柔らかい。オレも三代目を真似て、騒がしく遊ぶ子供達へ視線を向けた。公園にいる子供達は笑い声を上げながら追いかけっこやボール蹴り、皆各々好きなように遊んでいる。今日も木ノ葉の里は隣に座る三代目様のお陰で平穏な時を刻むことができている。三代目からいただいた缶を握り締めると、冷えた指先が徐々に暖かくなるような気がした。

「…三代目。やはり自分には担当上忍は向いていないと思います。オレは、三代目が選考して下さった下忍達を二回も落としています」

チームワークを大切に。その言葉だけを信じてここまで生きてきた。だが、本当はもっと違う考え方があるのではないかと不安に思うことがある。否、そもそもオレよりも下忍担当に適した人間がいるはず。よりによって日の光を浴びることのなかった暗部だったオレをなぜ、下忍担当にしたがるのか三代目の考えが全く読めなかった。

「彼らには悪いことをしたが、厳しい忍の世界じゃ。若いうちに気付いたほうが良いこともある。結果的に彼らの人生には重要だったはずじゃ」
「…ですが、それはたまたま結果オーライだっただけなのでは」
「確かにそうかもしれない。しかし、わしはそうなると信じたのじゃ。信じて、お主に託したのじゃ」

三代目の視線は真っ直ぐ前を向いている。厳かさで品格のある声を聞いたオレは何も言えず、ただ黙るしかなかった。手元にある缶は握ったり広げたりを繰り返している内に、あっという間にぬるくなってしまった。

「ミナトもそうじゃった」

三代目の口から唐突に放たれた名、ミナト。その名を聞いて、はっとする。ミナト先生が?三代目は遠き日を思い出すかのように懐かしげな笑みを浮かべて、ミナト先生との思い出を語り始めた。

それは、オレがチームワークなんて二の次だと思っていた頃の話だった。鈴取りの演習での出来事。オビトとリンにわざと先生の目を引くよう(おとり)になってもらい、その隙に先生の鈴を奪う作戦を独断でオレは考えていた。本来ならば、三人で協力する目的とした演習に鈴を取ることだけに集中していたオレはチームワークを意識するなんて皆無だった。

だが、ミナト先生はそんなオレを見抜いていた。オレの浅はかな作戦を。それでもオレが気づくと信じてーー。

「弟子を信じて見守る。これもまた師のあり方じゃ」

スッと立ち上がった三代目の背中は先程よりも広く、大きく見えた。
弟子を信じて見守る、か。果たしてオレはミナト先生のように立派な担当上忍になれるのだろうか。先を見据え、温かい目で弟子を見守ることができるだろうか。不安ばかりが胸に募る。

「なぁに。そう深く考えるな。何事もまずやってみないと分からないものじゃ。お前らしくやればいい」

優しく諭すように話す三代目の表情は変わらず朗らかな笑みだ。自分らしさとは何か。無論、自分に問い掛けても返ってくるはずもなく、オレは黙って頷くしかなかった。

「…時にお前、何か変わったの。以前よりも表情が柔らかくなった。何かあったか?」

唐突な質問に驚き「そうですか?」と思わず聞き返す。三代目はゆっくり頷くと、「守るべき者が出来たのだな」と全てを見透かしたような目でオレを真っ直ぐ見た。守るべき者。その言葉を聞くと、ふとチフユの顔が頭に浮かんだ。

「守るべき者ができることは良いことじゃ。己も幸せになれると言うことだからな」
「はぁ…」

仰る意味が理解できず、曖昧に相槌を打つと三代目は楽しげに会話を続ける。

「守るべき者。それはすなわち、お前を笑顔にする者、生きる喜びを与えてくれる者じゃ。守る者がいるからこそ強くなれる。失いたくない。その強い気持ちが原動力となって長く生きることができる。…わしも守るべき者がいるからこうして生きることができているのじゃ。まあ、わしの場合、たくさんあり過ぎてちと困るがの」

笑い声を上げて冗談を話す三代目に釣られてオレも頬を緩ませた。三代目の大切なもの、それは家族を含め、この里全ての者たちだ。

「そうですね」

オレの守りたい者はチフユを含めて、かつて火影を夢見ていたオビトが守りたかったこの里。ーーオレは、生きている者を守り、失った者達の分まで生きなくてはいけない。
ぐっと強く握り締めた缶コーヒーのプルタブを開けると口をつけて液体を流し込んだ。口内に広がるのは苦味と微かな甘さ。微糖とはいえど、甘いものは甘い。無意識に顔をしかめ、気を紛らわせるために前を見た。目の前では相変わらず子供達が笑い声を上げて走り回っている。皆、楽しげで幸せそうな表情だ。

あの子たちにもいつか守るべき者ができるのだろうか。愛し愛されて、もっと生きたいと願うのだろうか。もしその時が来るとしたら、どうか平和な未来であって欲しい。

だからこそ、オレたちが明るい未来を築き上げていかなくてはならない。そのためにはもっと強くならなくてはーー。
もう一度、缶に口をつけてコーヒーを飲み干す。甘さと苦さ、相反する味を噛み締めていると、ふとチフユの顔が頭に浮かんだ。チフユは同じ青空の下、どんな気持ちで今を過ごしているのだろう。

オレはいま、無性にチフユに会いたい。

チフユも同じ気持ちだったらいいな。想いが繋がっていたらいいな。そんなことを考えながら、未来の担い手でもある子供達の笑い声を耳にして、空を仰いだ。


水色の夢





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