目を開けると視界がぼやけて見えた。まだ重たい瞼を持ち上げて、今は何時だろうと考える。カーテン越しから窺える外の明るさはうっすら光が差し込むだけで部屋を照らすほど明るくはない。だとすれば早朝だろうか。まだ眠いなぁ。もう一寝入りしようと瞼を閉じる。しかし閉じ掛けた視界の端にぼんやりと白銀の色が見えて思わず目を見開いた。

カカシだ。

すぐ隣にある彼の顔を窺うと、気持ち良さそうに寝息を立てている。なんでカカシがここに?無意識に身動ぐと腰が気怠いのに気付く。ずっと同じ姿勢で寝ていたせいだろうか。不思議に思い、布団を剥いで確認すると服は着ているもの、肌蹴た自身の姿を見て記憶が蘇った。
腰の違和感はずっと同じ姿勢で寝ていたからではない。昨日の情事のせいだ。
恥ずかしさが一気に押し寄せて、ぶわっと頬が熱くなる感覚が襲った。

ひとまず離れよう。

そう思い、距離を置こうとするがカカシによって足が絡まれ、抱き締められているので思うように動けない。

「うわー…」

思わず声に出して溜息を吐いた。どうしようもない羞恥に駆られて思わず彼がいる反対側に顔を背ける。

「うわーって…。そんな物言いないんじゃないの?」

ぽつりと呟いたのはカカシだった。恐る恐る右側にいる彼に視線を向ける。私の小さな嘆きの声を聞いたカカシは不服そうに眉間に皺を寄せている。私を見つめる彼の目は昨夜たくさん泣いたせいか、充血していて痛そうだった。

「…お、おはよう」
「…おはよ」

気まずく思った私は取り敢えず挨拶をしてみた。不機嫌になっている理由は朝が弱いのかそれとも私の放った言葉が気に食わないのか。…恐らく後者だろう。身を起こそうと彼の腕の中で身じろぐ。しかしなかなか離してくれないカカシに痺れを切らせて文句を言おうと口を開いた。

「ちょっとカカシ「んー…もう少しこのまま」

よほど眠いのかカカシは私の髪に顔を埋めて再び眠りについてしまった。疲れているのかな。カカシの顔を見て少し心配になる。そういえば忍は不規則な生活だと紅が言っていた事を思い出した。仕方ないなぁ。朝から早くも二回目の嘆息を漏らして彼の腕の中で大人しくする事を決めた。

二度寝するにしても目が覚めてしまった私は自室と同じ天井を眺めるしかない。だがそれも直ぐに飽きて、恥ずかしさを堪えながらも隣で寝息を立てている彼を盗み見た。
こうして見ると本当、端麗な顔付きだ。筋が通った鼻。やけに整った形の唇。髪色と同じ白銀の睫毛。閉じた左瞼の上には傷跡がある。
古い傷だし塞がれているので痛みはないとは思うが、その大きな傷跡を見るとやはり胸が痛くなる。ーー知りたい。その傷跡を。
そっと指先で触れると長い睫毛がぴくりと動いた。まずい。起こしてしまっただろうか。急いで手を離そうとしたが、カカシの手により手首を掴まれたので、自身の手は彼の瞼に張り付いたままだった。

「知りたい?この色違いの目」

突然にして開かれた二つの色を持つ影色と血の赤の双眸を見て、思わずごくりと息を呑む。カカシは私の手を離してはくれない。波打つ心臓音が私の中で響き渡る。知りたい、カカシを。私は小さく頷いた。

「この目はね、オレの親友の目なんだ」

どういうこと?カカシの放った言葉が理解出来ずに黙って彼の目を見つめた。カカシは捕らえていた私の瞳を逸らして握っている手に視線を落とす。一呼吸置いたあとぽつりぽつりと囁くような声で話し始めた。私はその声を一字一句聞き漏らさぬよう、耳を傾ける。

彼の過去は私の予想を遥かに超えていた。

助ける事が出来なかったオビトという親友の目を自身の左目に移植したこと。オビトが恋い焦がれていたリンという女の子を自ら殺めてしまったこと。そして、教鞭を執ってくれた師を亡くしたこと。

いつの間にか繋がれていたカカシの手はひどく冷たい。そっと手を握り返して、私はカカシを見た。てっきり泣いていると予想したが、カカシは泣いてなどいなかった。彼は、唇を僅かに震わせて、泣くのを我慢していた。
向けていた視線をカカシの顔から窓に移す。カーテンから差し込む光は先程よりも明るくて、もうじき朝を迎えようとしていた。

「カカシ、ベランダに出よう」

唐突な私の提案にカカシは一瞬戸惑う表情を見せた。繋がれた手を無理やり引いてベッドから降りる。ギシリとスプリングが軋んで部屋に鳴り響く。
冷たい床の上に裸足のまま足を置いたから一瞬にして熱を奪っていった。構わず無造作にベッドの上に敷いてある毛布を片手に持って早足で廊下を歩いた。
自分と同じ部屋の間取りなので迷う事なくベランダへ向かう。ベランダに繋がるリビングに着くと家具の少なさに驚いた。

「チフユ、寒いよ」

右手を引かれ黙って付いて来たカカシがようやく発した言葉は不満そのものだった。私だって寒い。でも早く行かないと間に合わない。不服そうに睨むカカシを無視して悴む指でベランダに続くサッシ窓を開けた。

「間に合った」
「何?」

いいから見てみなよとカカシに空を見る事を促すと渋々といった様子で私の指差す方向に目をやる。そして彼は小さく「あ」と感嘆の声を上げた。目の前に広がるのはいつか見た濃紺と橙色が混ざり合う瞬間だった。
ベランダに出て突っ立ったまま動かない彼の隣に並んで持っていた毛布を広げてくるまった。毛布の中で二人分の熱が篭り、たちまち私達を温かくさせる。

「これを見せてあげたかったの。私が落ち込んだ時、カカシと一緒に見たあの太陽に励まされたんだ」

カカシは私の言葉に反応せずただ黙って夜と朝の間にある風景を眺めていた。その横顔から窺える頬を伝う雫は見ない振りをしよう。いつか自分も悩んで泣いたあの日。カカシは黙って私の隣にいてくれた。思えばいつだってカカシは見えない優しさで寄り添ってくれた。今度は私が彼に寄り添う番。どんなにあがいたってカカシにはなれない。だけど、痛みを分かち合うことはできる。

「ありがとう」

柄にもなくカカシは礼を口にする。カカシこそ悲しみを教えてくれてありがとう。そう口にすればカカシは穏やかに笑った。私から景色に視線を移すカカシはしばらく目に焼けつけるようにあの太陽を眺めていた。その横顔は先程の弱々しさなどない。何か固い意思を持ったような強い眼差しで朝焼けを見ていた。

「チフユ」

陽も昇り切って朝に変わる頃。そろそろ部屋に戻ろうかと口を開きかけたその時、ふいに名前を呼ばれて声の方へ顔を向けた。同時に何かが覆いかぶさって視界が一瞬にして真っ暗になった。

「!」

リップ音と共に訪れたのは温かい唇。いきなりの不意打ちに驚きを隠せなかった私は何するんだと言わんばかりに目を見開いてカカシを睨んだ。彼は私の睨みに臆する事もなく悪戯に笑っている。

「いいでしょ?このくらい。昨晩あれだけ「いいよっ、言わなくて」

続く言葉に慌ててカカシの口を手で塞いだ。カカシは変わらず意地悪な笑みを向けている。その顔を見てほっと安堵の息を吐いた。よかった。いつものカカシだ。

「そういえば私ね。実はこの前、風邪を引いた日にカカシにキスされる夢を見たんだ。恥ずかしいよね。でもそれが正夢になるなんて思わなかった」

話題を変えようとなんとなく発した言葉にカカシは急に黙り込んだ。さっきまで饒舌に話していたカカシはどこに行ったのよ。怪訝に思い、隣にある顔を覗き込むと彼の顔は先程眺めた朝日のように真っ赤だった。

「ど、どうしたの?」

咄嗟に声を掛けるとますます頬を赤らめるカカシ。いよいよ心配になり熱でもあるのかと彼の額に手を当てた。が、ひんやりとした額の熱は私の手のひらの体温と同じ。いや、むしろカカシの額の方が冷たいくらいだ。

「あれ、…したの」

ぼそっと歯切れ悪く発する小さな声は全然私の耳に入ってこない。

「何?聞こえない」
「その、あの時、キスしたの」
「はぁ!?」

カカシから思いがけない言葉を聞いて思わず驚愕の声を上げた。変態!最低!私の言葉にますます罰が悪そうに項垂れてゆくカカシ。カカシを咎める私の声が早朝の寝静まる住宅街に響き渡った。反響した自身の声の大きさにようやく気付き、慌てて声量を下げる。

「寝込みを襲うなんてっ」
「襲ってはいないよ…本当ゴメン。なんでもするから許して」

何度も謝罪を口にするカカシは本当に反省しているようだった。頭を下げた事で見えた寝癖の中にある旋毛を見つけて、カカシのこんな姿は滅多に見られないなと心で呟く。本当になんでもしてくれるのかな。カカシの放ったその言葉に私の中でふとある事が思い付いた。

「本当になんでもしてくれるの?」
「…オレに出来ることなら、なんでも」

ようやく頭を上げたカカシはなんだろうと訝しげに首を傾げる。そんなカカシをもっと困らせたくて、私はわざとらしく何かを企てたような意味深な笑みを作って口を開いた。


「実はね、会って欲しい人がいるの」


***


後日、私とカカシはとある喫茶店にいた。その場所は楽しい思い出と悲しい思い出がニつある場所。父、母、私が最後に会った喫茶店だった。未だカカシには私が会って欲しい人物を知らせていない。
カランとグラス内にある氷が溶けた音がした。気休めにそのグラスに口をつける。水が入ったそれは当たり前に味はしなかった。

「で、誰なの?会いたい人って」

不満げに問い掛けるカカシを横目に私は腕時計を確認した。約束した時刻より10分ほど経っている。待人は遅刻などしたことのない几帳面な性格をした人物だ。おかしいな。店の扉を確認するが来る気配など微塵もない。もしかして来ないかも。浮かんだ言葉に気持ちが沈んでゆく。

「もしかして、あの人じゃないの?」

カカシの視線の先には見慣れた中年の女性がいた。女性は誰かを探しているかのように店内をきょろきょろと見渡している。その姿を見て思わずほっと息を吐く。良かった。来てくれた。

「お母さんだよね?」

カカシの勘はいつだって鋭い。彼の言う通り、待人は母だった。

「そうだよ。よく分かったね」
「分かったも何もチフユにそっくりだから」

そうか、なるほどね。そういえば昔から母と私はよく似てると言われていた。ぼんやり過去の記憶を思い出していると母は私の姿に気付いたのか、手を振りながら小走りでこちらのテーブルに向かって来る。カツカツと響き鳴らすパンプスの低いヒールは昔から変わらず仕事に打ち込んでいる母の象徴だ。

「ごめんなさいチフユ。仕事が長引いちゃって」

私の席に着くなり謝罪を口にした母の格好は皺一つない真っ白なシャツを着た仕事着だった。母の顔を見れば心なしか以前見た時よりも血色がいい。内心ほっとして大丈夫だよと笑い返すと、私は向かいの席に座るよう勧めた。

「あら?この方は?」

母は私の隣に座るカカシを一瞥して不思議そうに問うた。母の問い掛けに何て答えようか戸惑う。助けを求めるようにカカシを見れば、早く言えと目で訴えている。そんな事言われても恋人を母に紹介するのは初めてだし、何て言えばいいか分からないよ。
いつまで経っても口を開く気配のない私に痺れを切らしたのかカカシは「あの」と話を切り出した。

「チフユさんとお付き合いさせて頂いています。はたけカカシと申します」

お付き合いをさせて頂いてる。その言葉にドキリと心臓が高鳴る。言われ慣れていない言葉にかぁっと頬に熱が帯びるのが自分でも分かった。母は驚いた素振りをしてカカシと私を交互に見やるとそうなの?と私に訊ねる。目をまん丸に見開く母の視線を逸らして問い掛けに小さく頷いた。

「チフユに彼氏を紹介されるなんて、あなたが初めてよ」

母は高揚した表情を浮かべて興奮気味に話す。その姿に思わず苦笑いを浮かべた。隣に座るカカシを盗み見ればいつもより愛想の良い笑みを母に向けている。意外と外面が良い彼に少しだけ驚く。

「カカシさん、あなたはどんな職業を?」

単刀直入にカカシに訊ねる母。驚いて母の顔を見ると先ほどの表情とは打って変わって厳しい目でカカシを見つめている。「いきなり何?」質問の内容を咎めれば、母は私の顔に視線を移すと悪びれもせず大事な事よとはっきり口にした。

「忍をやっております」

母の鋭い目にも物怖じせずカカシははっきりと答えた。母は一瞬だけ目を見開くと「そう」と呟き、声色を変えず言葉を続ける。こうなってしまうと誰にも母を止められない。母の口から次はどんな言葉が出て来るのか。膝の上に置いた手のひらの汗がじわりと滲む。

「じゃあ、カカシさん。あなたはいつ命を落としてもおかしくないということよね「ちょっとお母さん、いい加減にしてよ」
「私の友達にいたの。忍で殉職してしまった旦那さんの奥さん。彼女、毎日泣いてたわ。とてもじゃないけど可哀想で見てられなかった」

だから娘にも同じ気持ちにさせたくない。その声は変わらず厳しい口調だが、微かに震えていた。
…そんなこと、自分を置いて出て行った母が私を心配する資格などあるのだろうか。俯いて、しおらしく話す母を見て怒りが込み上がる。私を捨てた癖に。頭にその言葉が浮かんだ。

「お母さん、「仰る通り、忍はいつ命を落とすか分かりません」

母に文句を言ってやろうと発した言葉はカカシの声により遮られた。驚いて隣に座るカカシの横顔に視線を移す。その目は朝焼けを見ていた目と同じ、強い意志を持った眼差しで母を見ていた。

「でも、チフユさんが生きている限り、オレは彼女の隣で生き続けます」

真っ直ぐ発するその言葉には迷いや戸惑いもない。母はカカシの真っ直ぐ射抜くような目を暫し見つめたあと小さく頷く。その拍子にぽたりと目尻から涙が溢れた。母が泣く姿を見たのはこれで二回目だ。一回目は父に離婚も申し立てられた時。そして二回目は今。

「…私が言う資格などないけれど、カカシさん。チフユをよろしくね」

母は深く頭を下げてカカシに縋るようにお願いしますと念を押した。母の肩は微かに震えている。あの時感じた母の背中はやはり今でも変わらず小さい。見ていられなくなり、私は思わず母から目を逸らした。カカシだってこんな事頼まれても困るのに。やめてよ。声にならない言葉は喉に詰まり、突き刺すように痛い。

「はい。チフユさんを幸せにすると約束します」

それでも彼は優しいから返事をしてしまう。優しさは人を甘やかして駄目にしてしまうのに。なんでよ。カカシ。訴えかける目でカカシを見ると彼は微笑んでいた。いつか見た弓のように弧を描いた目。私の大好きな彼の表情。

「ありがとう」

涙を流して礼を口にする母を見て、何も言えなかった。母も一人で苦しんで来たのだ。母だけではない。カカシも私も、みんな一人きりでここまで生きてきたのだ。

人は一人で生まれて、一人でいつかは死ぬ。

でもその間に流れる時間には誰かと寄り掛かり合いながら生きることは出来る。だから、母にも誰かと支え合って一緒に生きてくれる人がいて欲しい。涙を流す母を見て、そう強く願った。

「これ、チフユに返すね。また使っちゃうといけないから」

母はそっと鞄から何かを取り出して私に差し出した。それを見て「あ」と呟く。母が差し出したのは以前この場所で父に離婚を申し立てられた時に泣いた母に貸したハンカチだった。薄いピンク色の布は丁寧にアイロン掛けされており、皺一つなく綺麗に折り畳んである。それを受け取ると微かに母の匂いがした。懐かしい、優しい母の香りだ。

「…使ってもいいのに」
「今度はちゃんと自分のを持っているから」

言って取り出した自分のハンカチを笑いながら私に見せる。その仕草はもう大丈夫。そう宣言しているようだった。母はいつだって強い。思えば私に弱さを見せたのはあの日一度だけ。私も母のように強くなれるだろうか。凛と生きられるだろうか。
ふとカカシに目を向ければ変わらず笑みを浮かべている。カカシのその笑顔を見てほっと安堵した。

「お母さんね、転職したの。お父さんとの一件以来、自分自身を見直したら一回全てリセットしようかなと思って」

晴れ晴れとした表情で話す母の目にはもう涙はなかった。強い母だ。彼女なりに気持ちを入れ替えられたのだろう。以前より顔色が良いのは要らないものを捨てて身軽になったから。最後に見た時よりも化粧を完璧に施した母は美しくかっこいい。母はやはり私だけの自慢のお母さんだ。
母に負けぬよう「良かったね」と満面の笑みで返した。

「ありがとう。チフユもこれからカカシさんと幸せになってね」

間違っても私達のようにはならないでね。笑いながら冗談を口にする母にカカシは苦笑いを浮かべる。二人のやりとりを見て、ようやく自身の尖った心が緩んだ気がした。

「うん、ありがとう。お母さん」

それから私達は何気ない話に花を咲かせて会話を楽しんだ。あの時に食べた味のしなかったサンドイッチも今日はちゃんと美味しく感じる。悲しい記憶は楽しい記憶に塗り替えられ、また一つ煌めいた思い出が増えた。

「じゃあね、また手紙書くわね」

手を振って去ってゆく母の背中はやはり小さい。しかし、しっかりとした足取りで歩く母は以前のような弱々しさなどない。遠く見えなくなるまで私は母の背中を見送った。ありがとう。またね。心でそう呟く。
母の姿が見えなくなり、私はただぼんやりと佇む。今度は私から手紙を書こう。ただ待っているだけでなく今度は自分から、自分の素直な気持ちで。
手を振り終え、力が抜けた右手をカカシがそっと繋いだ。

「帰ろっか」
「…うん」

手を引かれ、当たり前のようにカカシの手をぎゅっと握り返して歩き出す。ふいに冷たい風が頬に触れて髪を攫ってゆく。私達を照らす柔くなった日差しはもうじき夕刻だと告げていた。ふと足を止めて空を仰ぐと視界を埋めたのは一番星が映える紺色とカカシの左眼のように真っ赤に燃える太陽だった。なんて綺麗なのだろう。思わず感嘆の声を上げた。
美しい空の景色をカカシともう一度見れて良かった。思わず涙が零れ落ちそうになる。あの景色を見るのに泣いてしまうのは勿体無い。ぐっと涙を堪えて、瞳に映るものを必死に焼き付けた。

「綺麗だね」

足を止めて空を見上げる私をカカシは優しく語り掛ける。隣にいる彼に視線を向けても額当てと口を覆う布で顔を隠しているので表情が窺えない。カカシはただ黙って、燃えるような夕日を見つめている。
彼はあの景色を見て、何を思っているのだろうか。

「またチフユと空を見上げる事が出来て良かった」

カカシが何気なく発した言葉はたった今、自分と同じ考えのものだった。

「私も同じ事を思ってた」
「そうだと思った」

カカシはいつだってその目で私を見透かしてしまう。悔しさを感じて、未だ空を見上げているカカシの顔を両手で包み込んで私の顔と向き合うようにした。驚くカカシを無視して額当てに手を掛ける。ぐっと軽い力で持ち上げると赤と黒のそれぞれ色の違う両目が露わになった。私が映り込むその瞳はカカシと私が生きている証だ。

「カカシ、一緒に生きていこうね」

私の言葉を聞いて、驚いていたカカシの顔が穏やかな表情に変わる。私を幸せにすると母に宣言した時と同じ、優しい目をした笑みだ。目尻には小さな笑い皺が出来ている。それを見ると心がぽっと暖色の火に灯されたように温かくなった。この先もずっとその顔を隣で見ていたい。そんな望みを胸に抱いてカカシの手を握った。

「当たり前でしょ」

目を細めるカカシの口布の下はきっと満面の笑みなんだろうな。嬉々として滲み出る感情に胸がきゅっと締め付けられる。

もしかしたら人は、この歯痒く、けど擽ったい感情を幸せと呼ぶのかもしれない。

握り締めている手の温もりはどんな冷たい風が二人の間に吹いても冷めることはない。どんな悲しみでも寄り添えば温かい。そう教えてくれたのはカカシだ。

ひとりぼっちの時間が終わり、二人の時間に変わる。今日も明日もその先もずっと、私はこの日常を彼と共に愛してゆくのだろう。どちらともなく指を絡めて繋いだ手は今日は特別に温かく感じた。


「これからもよろしくね」
「こちらこそ」



私達は前を向き、真っ直ぐ続く道を歩き出す。もう絶対にはぐれない、迷わないようにと繋ぐ手に力を込めて同じ家路を辿った。

刹那、茜に照らされた二つの影が伸びて重なり合った。


fin.


ふたりぼっち時間





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