何時だって残酷
貴女が好き。
落ち着いた物腰、憂いのある表情。
一つ一つの動作がボクを魅了する。
だけど、決してボクのものにはならない貴女。
何故なら―――
「おかえり、ヤマト」
「…ただいま」
「今日は早かったね、簡単な任務だったの?」
「うーん、簡単…ってわけじゃないけど。早く…」
玄関のドアを開けると笑顔で出迎えてくれる貴女。
「ん、早く…?」
それがとても幸せであり、悲しくもある。
だって、ボクが好きな貴女は…
「姉さんに会いたかったからだよ」
そう、姉だ。
「相変わらず口が達者なんだから…」
「あはは、そう?」
「ほら、早くシャワー浴びて来なさい?ご飯用意しておくから」
「…うん」
食欲をそそる匂いに、ぐぅと腹の虫が鳴りそうになる。
心は、悲鳴を上げているけれど。
もちろん、彼女は本当の姉ではない。
何時だったのか…ボクが甲と名乗っていた頃だろうか。その時に出逢った5歳上の名無しさんさん。
今だって目を瞑ると鮮明に浮かんでくる。
【わたしと家族になろう!】
何がキッカケで出逢ったのかは覚えてない。
覚えているのは、ボクよりもほんの少しだけ身長が高くて、ボクよりもほんの少しだけ大きな手の貴女が其処にいた事。
差し出された手は暖かく、そして柔らかくて。
全てに対して幻滅し、生きる事さえ億劫だったボクを受け入れてくれた貴女、ボクを救ってくれた貴女。
独りじゃない。
幸せだった。
でも、時の流れと自身の気持ちの変化というものは何時だって残酷で。
「愛しちゃったんだよね…」
冷たいシャワーを頭から浴びて呟く。
どうして貴女はボクのお姉さんなんですか?
愛してると言えば貴女はどんな顔をするんですか?
解らない。
だけど、一つ言えるのは…
「この幸せを壊してはいけない」
名無しさんさんはボクと出逢ってから少し経った頃…他里の忍に拐われた。すぐさま救いだし怪我もなかったが…心の傷は癒えなかった。だから家族であるボク以外には拒否反応を示しパニックに陥ってしまう。
「名無しさんさんが…姉さんが求めるのは家族の愛」
今まで作り上げてきた、其れを壊してはいけないんだ。
「…本当は、ボクが其れを壊す勇気がないだけかも知れないけど」
そんなボクを哀れだと思いますか?
情けないと思いますか?
「…愛してるよ、名無しさんさん」
今宵もまた、シャワーと共にひっそりと流れ落ちる涙。其れは決してバレる事はないだろう。
fin
20170619
←|→
[back]