シリアスVer
幸せの定義が分からない。
何をもってして、幸せと言うんだろうか?
大切な人が笑ってる事?
傍にいる事?
触れ合っている最中?
それならボクは全て当てはまらない、理由は簡単だ。その対象である君が居ないから。
===
「名無しさん…ボクを置いてかないで」
「や、まと…」
「嫌、だよ?」
「ごめんね、一人にさせちゃう…」
あぁ、なんて綺麗な涙を流す人なんだろう。きっと貴方は私が死んだ後、自責の念に駆られ苦しむのだろう。
私は狂っているのか?貴方の…ヤマトのそんな姿を見て───
「幸せ…って思って、しまう…」
「幸せ…?」
「…うん、し…ぐっは、がはっ、はぁっ…!」
腹部の傷がジンジンする、熱い、痛い、苦しい。
目の前が霞む、口からは血の、鉄の味。
肺も負傷したのか、空気を吸えば吸うほど苦しくなって、朦朧とする意識。けれど何処か冷静になって思う。
私はこのまま死ぬんだ、と。
それでも、何度だって言う。
私は幸せ、幸せ、だったって。
ずっとずっと私を見てくれていた貴方が居た。いつだって私を一番優先してくれた貴方、そんな愛すべき人が最後に傍にいる。
これ以上の幸せはないでしょう?
「名無しさん!もう、喋らないで…お願いだから、喋れば喋るほど、体は悲鳴をあげてる…苦しむ事になるんだっ…。もうすぐ医療班が来る、そしたら君は…助かる!」
「あはは…自分の事は、っは…一番わか、ってる…よ」
此の傷が致命者なんて誰が見ても一目で分かる、其れが分からない彼じゃない。
私の言葉の一つ一つが、ヤマトの心を蝕んで、顔を歪ませて、涙を流させている。
「希望は捨てちゃダメだ…!奇跡が起こるかも知れないだろ…?だからもう黙って、安静にしてくれ、名無しさんっ…」
「や、だよ…がっ、はぁ…もう最後、なんだから…ヤマトともっと…話した…い。ヤマト、すき…好きぃ……」
「うん、ボクも名無しさんが好き…きっと君以外好きな人なんて現れない。断言するっ…それくらい好きだよ、愛してるよ」
「嬉しいなぁ…でも、私の事はいいか…ら、前を向いて…ね、ヤマトには笑って、生きて、欲しい…から」
「何を言うかと思ったら…君が居たらボクはいつでも笑ってるよ?一生笑顔を絶やさないって約束する、誓うよ。だからお願い…ボクを置いてかないで。死なないで、名無しさんっ…!!」
悲痛な彼の心の叫びは、既に瀕死の状態の身体を切り刻むかのようだ。
ああ、痛い、痛い。
傷じゃなくて、胸が、心が。
それでも、この上なく嬉しくて、幸せだと思う。
───そろそろ限界、かな。
「っは…ぁ…あ、眠い…先に逝くね。ありがとう、ヤマト…私は本当に幸せ、だった…」
「名無しさん…名無しさん!!…うっああああ!!!!」
===
そこからの記憶は曖昧。
彼女が死んで、ボクの前から居なくなってどれくらい経ったんだろうか。
彼女は何度も幸せだったって言葉を遺した。
ボクだって幸せだった、君が居たから幸せだったんだ。
何気ない日常の中、君と過ごす。
ふざけ合い、愛し合い、時にはケンカ。
きっとそんなたわいない事が幸せだったんだ。
「居なくなってから、それを痛感しちゃうなんて…ボクは馬鹿だなぁ。大切にしてなかったわけじゃないけど…もっともっと大切にすれば良かった…」
名無しさんに笑われてしまうかもしれない。
君はボクのこんな落ち込んだ姿を見て怒るだろう、そして心配してくれる。
ボクは忍。君の事は最優先だけど、その君が居なくなった今、やるべき事は里を守る事。いつまでも悲しみに暮れていてはいけない、前を向かなきゃならない事は頭では重々理解しているけど今はまだ君を想わせて。
目を閉じれば鮮明に浮かぶ君の顔、仕草、全てが愛おしくて。きっと君を想っている今、ボクは『幸せ』なんだ。
「今は、今だけは…」
この幸せに、浸っていたい。
弱いボクでごめんね、名無しさん。
君を愛してるよ、ずっと、ずっと。
「君の元へ逝くのはまだ先だけど…待っててね、名無しさん」
その時は笑顔で出迎えて受け止めて欲しい。
幸せ、って言いながら。
その幸せの為に、ボクはこの命を最後まで全うするから。
fin
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