02
「なんだ、それは」
案の定、返ってきた言葉に苦笑する。
目の前の火影様もとい、綱手様は明らかに不機嫌。
「えっと…その名無しさんと言うそうです」
「バカもの、名前など聞いとらん!」
「ですよねー」
ハハと空笑いをして誤魔化してみるが、この方にそんな物は通用しないだろう。
Sランク任務を言い渡されて遂行し返ってくると、出発前と違い腕の中に気を失った女性がいたのから、不審に思うのも仕方ない。
「お前…もしや、攫ってきたのか?」
「そんな訳ありません!!しかし…攫われていたのは間違いありませんね」
そこで事の経緯を話す。
ターゲットと深い関わりを持った男がいて、人身売買を生業としていた。
彼女は売買されるはずだった商品だと伝える。
そこを保護して、今に至る。
「…人身売買ねェ…胸クソ悪い。そいつは気絶しているのか?」
「…ええ、混乱から暴れたので、少し手刀を当てました」
「見せてみろ」
少し後ろめたいのは気のせいだ、ソファに彼女をゆっくりと寝かせる。
「ふむ、怪我はないようだが…衰弱が激しいな。少しの間入院が必要だ」
「そうですか」
「とりあえず話は、こいつが目覚めてからだ。ご苦労だったな」
「はっ」
***
あれから数日が経ち、彼女は目覚めた。
綱手様に呼ばれ、病室へと顔を出す。
意識もしっかりとしていて、スムーズに話を聞けた。
彼女はただの一般人だったが、その一際目を惹く容姿の所為、山奥でひっそりと暮らしていた。もちろん変な意味ではなく、美しいと言う意味で。だが運悪く見つかってしまい攫われ、その道中でボクと出会ったわけだ。
「家族は?」
「…父がいましたが…もう」
「そうか、これからどうする?」
「……私には、もう戻る所も帰る場所もない…」
多分、攫われた際に殺されたんだろう。
グッと握られた拳がそれを物語る。
天涯孤独という言葉が当てはまるのか。
そんな彼女を見た綱手様は、一息つき。
「ならばこの里で暮らせばいい。そこからどうするかは、お前次第だ」
「えっ…私、この里にいても…いいんですか…」
「少なくとも里にいた方が、安全だろう」
それには激しく同意する。
だが、次の言葉に同意は出来なかった。
「それで住む家だが…ヤマト、お前が助けたんだ、責任持って一緒に暮らせ!」
「ええっ!?」
「なんだ、嫌なのか。容姿は悪くないはずだろ?」
「あ、あのですね…嫌とか、容姿とかそういうのではなくて、成人したであろう二人が、恋人でもないのに一つ屋根の下で暮らすのはどうかと…」
「あーったく、相変わらず堅苦しい!部屋を分ければ問題ないだろう」
「か、彼女の意見も尊重すべきでしょう?」
「…名無しさん、お前はどうしたい」
「…私は、その方がいいです」
「ちょ…君、正気かい?」
助け出したとはいえ、出会って間もない男の家に居座るなんて、どう考えてもおかしいだろう。
むしろ嫌だと思う、一緒にされたくはないが怖い思いをさせられた奴と同じ性別だよ?
彼女はポツリポツリと、言葉を続ける。
「…他に住む所を用意されたとしても、頼れる人がいないのは不安です…。なら、助けてくれた人の側にいたい…」
「名無しさん…」
「本人がこう言ってるんだ、決定だな」
「しかし…」
「お前…チャクラをまとった手刀を当てて傷物にした女を放っておくのか?」
ぼそりと、ボクにだけ聞こえるように囁く。
いや、それは脅しに近い。
冷や汗が、止まらない。
「き、気づいてらっしゃ…」
「私を誰だと思っている」
「ははは…」
里の一番偉い方で、一番逆らってはいけない方に弱みを握られてしまった。
ボク、これから生きていけるのかな。
まぁ、傷物にした覚えはないけどね…。
ということで、彼女はボクの家に住む事に。
***
「…あの、ご迷惑をかけてすみません。私、家の事とか、しますから…」
「……」
沈黙が重い。
彼女には言わないが、別に嫌じゃない。
こんな綺麗な子と一緒に過ごせるなんて、男なら悪い気はしないだろう。
ただ一つだけ不安というか、引っかかる事があったんだ。あの深紅の瞳をした彼女は、なんだったんだと。
名無しさんを見る。
その瞳は真っ黒で、悲しみの感情が纏っていた。あぁ、そんな風にさせるつもりはなかったのに。
「その…名無しさん、さっきはごめんね?いきなりだったし、男の一人暮らしなんて綺麗なもんじゃなし、嫌だと思ってさ」
「…迷惑じゃないですか?」
「あぁ、迷惑じゃないよ」
「わ、私部屋の掃除とか片づけ得意です…!」
「ふふ、じゃあこれからは任せようかな?自己紹介ちゃんとしてなかったね、ボクはヤマト。改めてよろしく」
「はい、ヤマトさんですね…!」
帰る場所と、頼れる者が出来たのがよほど嬉しいのか、顔を赤く染め微笑む。
白い透けるような肌と、真っ黒な髪のせいでそれがとても栄える。
美しい印象が可愛いに変わった瞬間。
深紅の瞳の件はひとまず忘れよう。
今はただ、彼女が不安なく過ごせる日常を築いてやろうと強く思った。
←|→
[back]
[top]