帰宅ラッシュ2
▼帰宅ラッシュおまけ
土曜日
「あっ僕ここ、で」
「あっすみません…っ」
目の前の背中に抱き付いて、気が付いたらいつもその人が降りる駅になってて
「まっまた明日っあのっ」
「あっうんっ」
急に抱きしめたオレを気味悪がって、もうこの車両に乗ってくれないんじゃないかって、オレの腕から離れていくその人に無性に焦ってそんな言葉をかけていた。
けど。
「ばかだオレ…」
いつもの時間のいつもの車両、いつものスーツ。
でもいつもと違ってそこまで混んではいなかった。
何故なら今日は土曜日だから。
「あーっ」
不審者に思われない程度に頭をかく。
世の中の半分以上のサラリーマンは今日休みだ。
かく言うオレも休みだ。
あの人は、どうだろう。
昨日は勢いで「うん」と言ってしまっただけで、本当は休みかもしれない。
なんか九割方そうな気がする。
そうしたらオレはとんだ笑い者だ。
休みの日にスーツまで着て何してるんだ。
でももしかしたら、土曜出勤の会社かもしれない。隔週出勤かもしれない。休日出勤してるかもしれない。
オレが行かなかったら、約束を破ってしまうかもしれない。
会える、かもしれない。
そう思ったらいても立ってもいられなくて、実際会ったとき仕事帰りに見えるようにスーツも着てきた。
もうすぐあの人が乗ってくる駅だ。
何だかすごく緊張する。
会ったらどうしよう。
挨拶して、それで、いつもの満員電車じゃないし、少しくらい話も出来るかもしれない。
速度を落としていく電車。
最後尾の車両だからなかなかホームは見られないけど、それでも窓の外を覗き込む。
あの人はいつも、グレーのスーツで、黒い鞄を両手に抱えて、ホームからこの車両を見つめて。
でもそれらしい人影はいなかった。
高揚した気持ちがすーっと引く。
何やってんだろオレ。マジで。
何だか急に居たたまれなくなって、いつもあの人が見てる外の景色に集中した。
じゃなきゃアーって大声だしたりうずくまって顔を手で覆ったり、とにかく挙動不審になりそうだ。
とか、
「外、好きなの?」
つらつら考えていたら掛かってきたその声は
「…えっなんで」
いつもよりラフなスーツなしのあの人のもので
「あっ今日は仕事休みで。あっでもあのっ会社に忘れ物しちゃってたから丁度良かったんだ。だからあのっ」
オレのスーツと同じように出勤の言い訳をするその人に、何だかすごく嬉しくなって
「オレもっ!仕事休みでしたっ!」
「…えっ?」
スーツ姿でばか正直に告白したオレは本当に救いようがない。
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