帰宅ラッシュ


▼帰宅ラッシュ



月曜日

いつもの時間の最後尾車両。
車掌室の窓に肩を預けて、過ぎていく線路を見るのが僕の満員電車の過ごし方。
今日もぼんやりと車掌室越しに外を見ていたら、新たに乗ってきたお客さんたちに押されて隣にいた男の胸にぎゅうぎゅうと顔を押し付けてしまった。

「すっすみません…」

ちらっと顔を上げたらそこには二十代のイケメンさん。
僕だってそんなに低くないのに、周りから頭半分飛び出た長身。胸に擦りついた時に嗅いじゃった、なんか爽やかな、香水?の匂い。
もう三十も半ばを過ぎて、少し身体もたるんできて、加齢臭なんて言葉が気になり始めた僕には、何だか眩しくて世界が違うなぁと思った。
うちの部署は若い人いないから、二十代の子なんてもうずいぶん交流がない。

「いえ…」

だからだろうか。
小さく応えてくれた彼の声が、何だかとっても嬉しかった。


火曜日

今日も隣には昨日の男の子。
二人して車掌室にもたれて外を見る。
一昨日までは見かけなかったけど、これからは毎日この車両に乗るのかな。
そんな風にぼんやり思っていたら、また乗ってきたお客さんたちに押されて彼の胸に埋もれてしまった。
あ、あの爽やかな匂いだ、と思ったその時、上からチッと舌打ちがして、僕は何だかとってもショックを受けた。
そうだよなぁ、いくら満員電車でも、こんなおじさんに凭れられたら嫌だよなぁ。

「す…みません…っ」
「いえ…」

昨日と同じやり取りなのに、何だか自分が惨めで泣きそうだ。


水曜日

今日も彼はいた。
でもいつもと反対の立ち位置だった。
僕は今日こそしっかり立って彼に凭れないように、と気合いを入れていたんだけど、立ち位置が逆だったばかりに押しくらまんじゅうは彼の所でストップしてしまって、気合いの踏ん張りを見せる場面はなかった。
ただ、彼が押しくらまんじゅうをしている時、バランスを取るために僕の顔の横に手を付いて、彼の匂いに包まれて、それが何だか彼の腕に捉えられているようで、変に意識したら赤くなりそうで、平常心を保つための気合いはもの凄く使ったと思う。


木曜日

今日も彼は僕の隣、どころか目の前で、僕の顔の横に両手をついて押しくらまんじゅう。
時おり押されて僕の身体を抱きしめるように密着してしまって、僕はもう気が気じゃない。

「っすみませんっ」
「いやっ全然っ」

前とは逆のやり取り。
でも前は見れた彼の顔を、僕はもう見られない。
彼の匂いに当てられて、平常心を保つためにただただ下を見続ける。
だって何だか気恥ずかしいんだ。

そういえば最近ぜんぜん外を見ていない。


金曜日

今日は背後に彼がいる。
何故なら僕は車内に背を向けて車掌室越しに外を見ているからだ。
考えてみれば最初からこうしておけば良かったんだよなぁ。
後ろにいるであろう、いや、両脇の壁に手があるから確実にいるんだけど、彼が気にならないと言えば嘘になるけど、こうやってぼんやり外を眺めるのが僕の本来の過ごし方なんだから。
と思っていると、押しくらまんじゅうが始まったのか僕にぎゅうぎゅうと覆い被さる男の子。
相変わらずの匂いにくらくらするけど、少しの我慢。
と思ってたのに、なかなか離れる気配がない。
こんなおじさんすぐに引っ剥がしたいだろうに、いつもよりお客さんが多いのかなぁ。
そんな感じもしないんだけど。

「あの、大丈夫?」

彼にだけ聞こえるような小さな声で話しかける。
もしかしたら具合が悪いのかもしれない。僕の声にぴくんと反応した彼は、小さな小さな声で囁いた。

「すみません」
「ん?」

なにがだい?

「もう少し、このまま」
「えっ?」
「せっ背中ならいいかなって、あの、すみません…」
「えっえっ」

おろおろ挙動不審にしていると、窓に映る自分。そして赤い顔をしている彼。
と、窓越しに目があって、見つめ合ってこっちまで赤くなって、更にぎゅうぎゅう締め付けてきて。
あああどうしよう。おじさんもう外を見られない。


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