隣人4


▼隣人04



「ちょっと田中くーん、オレの顔見るなり出てくとか酷くない?」
「なんでまたここにいるんすか」

人んちの玄関で夕方のコンビニでの対応に文句を言う山なんとかは、今にもオレの部屋へ入って来そうな雰囲気だ。

「なんでって、ごはん食べに。いっぱい働いたからもうクタクタでさぁー」
「あんたの分の飯はありません」
「えーでもその手に持ってる肉じゃがは?」

そうなのだ。今オレの手にはお皿にラップした肉じゃががある。
なぜってそれは言うまでもない。

「これは今から宇田川さんに差し入れするものなんで」
「え、なんで」

なんで?
人んちに勝手に上がり込んで飯を食おうという奴にそんな事を言われる日が来ようとは。
しかしここで迂闊な返事をすると面倒な事になる。

宇田川さんがロクなもの食べてなさそうだから、とか言った日にゃ、じゃあオレにも作ってよ!とか言われかねん。
冗談じゃないオレは宇田川さんだから作ったのだ。

「宇田川さんに頼まれたの?」

どう答えようかと思っていると、再び奴が尋ねてきた。

「そう、じゃないすけど。食べさせてあげたいなと思って」
「……え、わざわざ作ったの?残り物とかじゃなくて?」
「いや、まぁ、一応夕飯の残りですけど」

奴は何か言いたそうに口をモニャモニャ動かして、やがて意を決したように小さく尋ねた。

「肉じゃがチョイスの意味は…?」
「はぁ?」

その質問の意味がわからない。
すると奴は信じられないみたいな顔をして、本能…?と呟いた。
意味がわからない。

「あの、もういいっすか。冷めちゃうんで」
「だめ」

奴はオレの行く手を阻み、オレも行く、とのたまった。
意味がわからない。



そんな訳でオレはいま宇田川さんの部屋にいる。
隣には奴もいる。
つまみ出したい事この上ない。

「ごめんねぇ、散らかっててー」
「別にきれいなもんじゃないですかー」
「え?えへへ、またまたぁ」
「少なくともオレの部屋よりはきれいですよー」

奴は宇田川さんと結構楽しそうに話している。
つまみ出したい事この上ない。

あっ、しかもこの野郎、宇田川さんの肉じゃがに手を出しやがった!
田中くんやれば出来るんじゃん、じゃねぇよテメェに褒められても何の感慨も湧かんわ。

と心を荒げていたら、宇田川さんも肉じゃがに手を付けて、本当だ田中くん上手だねぇーとホクホクとした笑顔を向けてくれた。
お花畑が見えた。

机の上には差し入れの肉じゃがと、さっき食べたんだろうコンビニおにぎりの袋と、あと缶ビールが3本。

宇田川さんは来た時すでにビールを飲んでいたので、上がり込んだオレたちにも勧めてくれたのだ。
奴は嬉々として、オレもせっかくなので有りがたく頂戴しておいた。


宇田川さんはお酒に弱いらしく、すでに出来上がっていた。
そんな所も可愛らしい。
元の奥さんやお子さんとの思い出をいつもの八の字笑顔で語るその姿に、抱き締めてあげたい衝動との激しい闘いが繰り広げられた。オレの中で。

頬が僅かに赤く染まっていて可愛い。
時間が経つにつれちょっと眠そうに細まる目とか可愛い。
オレさっきから可愛いしか言ってない。

遂に瞼が降りた宇田川さんに、山なんとかが「大丈夫ー?」とポンポン肩を叩く。
すると宇田川さんはそのままオレの肩にもたれ掛かってきた。

ちょっ、山なんとかお前今日イチいい仕事したな…!

しかも宇田川さんは別れた奥さんの名前を呟きながらオレの肩に顔を擦り付けてきた。
可愛い。
キスしたい。

「智希さん」

思わず宇田川さんの下の名前を囁けば、宇田川さんはさらにグリグリと顔を押し付けてくる。
可愛い。
たまらない。
もうほんとキスしたい。
すごいしたい。
今すぐ顔をこっちに向けてチュッてしたい。

そんな邪な事を考えているとふいに顔を後ろに向けられて、気が付くと山なんとかにチュッとキスをされていた。

「……はぁ?!何してんのお前!」
「何って」

田中くんキスしたそうな顔してたからー、とニコニコ笑う奴の頭に空き缶をお見舞いしてやった。

お前とじゃねぇよ!!


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