歳の差約8


「たっちたっち」
「うん?うん。うん?」

ふらふらしながら、おれにむかって小さな手をのばしてくるイキモノ。
よく分からないけどその手のひらにたっちする。

「みーくんスゴイねぇ。たっち出来たねぇ」

おばさんがパチパチと拍手する。
たっちっていうのは、立ち上がることみたい。
手を合わせることじゃなかったのか。

「えらいえらい」

おばさんに倣って、おれもみーくんの頭を撫でてほめてやる。
みーくんはつぶらな瞳をかがやかせて、おれに飛びついてきた。倒れ込んだともいう。
いっしょになって、おれも後ろに倒れ込んだ。

「こらみーくん、ダメでしょお兄ちゃんに迷惑かけちゃー」

おばさんがあわてて、おれの上に倒れたみーくんを抱きあげようとする。
でもみーくんはおれの服をつかんでふんばった。

「うーっ!うぅーっ!」
「あらやだこの子、いっちょ前に威嚇してるわ」




「…みたいな記憶は朧気にある。おっきくなったなぁみー君」
「…みーくんじゃない」

久々に会うみー君は、もうすぐ4歳だそうだ。
何というか顔が、将来有望だ。
初めて会った時も、目がクリっとしてるなぁって思ったけど、何というか、将来有望だ。

「…かつみ」
「あ、かつみってーの?」

コクンと頷くかつみ君。
うーん、かわいい。
おばさん達は大人同士の会話に花を咲かせているようで、お兄ちゃんでしょ、とみー君の相手を押しつけられた。

「オレはひとしな。おばさん達の気が済むまでオレと遊んでよーな」
「ひとしお兄ちゃん」

うわーかわいい。
弟いたらこんなかんじかな。

「ひとしお兄ちゃん、だんなさんいる?」
「…うん?」
「女の子がね、みんないうの。おとなになったらお嫁さんにしてって」
「お、おぉ…なんというモテ男…」

将来有望どころか現時点で望まれているのか。

「おれ、お嫁さんにするならひとしお兄ちゃんがいい」
「………」

洋服の裾をキュってしてこちらを伺うその姿は何とも可愛らしい。
しかし男には言わねばならぬ時がある。

「みー君、オレは男だからみー君と結婚は出来ないんだ」

結果、みー君はボロ泣きした。
これはオレのせいなのか?オレのせいだよな。

「ちょっとひとし!何したの!」
「いやぁ…ちょっと現実を…」

みー君の泣き声にドタドタとやってきた母さんとおばさん。
おばさんが泣きじゃくるみー君を抱っこして、抱っこして、抱っこしようとするんだけど、オレの服を掴んで離さないみー君。

「やー!ひとしお兄ちゃんと結婚するのー!」
「……………」

涙ながらの訴えに固まる母さんとおばさん。
とにかくなだめようと画策するも、オレに引っ付いてひたすら泣きじゃくるみー君。
そして疲れた母さんとおばさんはオレを売った。

「……みー君、そんな泣き虫だとひとしお兄ちゃんに呆れられちゃうわよー?」
「うっ、あ、うぅっ」
「そうよー。みー君が泣き止んでいい子にしてたら、ひとしお兄ちゃんがお嫁さんに来てくれるわよー?」
「あぅ…、な、泣いて、ない…!」

以来、おばさんは事ある毎にオレをダシにしてみー君の躾をしていったらしい。




「って聞いたんだけど、それ本当?あ、てかそんな事あったの覚えてる?」
「…覚えてますし本当ですけど」

苦虫を噛み潰したような顔で目をそらすみー君。
黒歴史だもんな思い出させてごめん。

「いやぁ、あの泣き虫みー君がこんな立派になっちゃって」
「泣いたら仁さんの旦那さんになれないって脅されて育ってきましたんで」
「マジで爆笑」

オレの前で正座する詰め襟姿のみー君は、思った通り整った顔立ちになっていた。

「いいなぁ、みー君モテるでしょう」
「えっ、いや、そんな」

直球で褒めれば少し慌てたように赤くなる。
まだまだ可愛い年頃だなぁ。

「またまたぁ。彼女とかいんの?」
「いやその…」
「ははーん、さてはいるな?」

キランと輝くオレの目にたじろぐみー君。

「オレもいま彼女いるから遠慮しなくていーよ」

ぽろっと言えば、その大きな目を見開いた。

「…いるん、ですか」
「あっ!やっぱりいないと思ってたろー!いるんだなぁこれが」
「結婚、するんですか。その人と」
「えっ?!」

あんまりに先の話になって今度はオレがたじろいでしまった。

「いや…どうだろうな、まだそういうのは全然考えてないけど」
「…そうですか」

付き合うイコール結婚なんて、考えた事もなかった。
でもそろそろそういうのを視野に入れる年なのか。なのか?

「仁さん。オレいま彼女います」
「え?あ、おお!」
「でももう別れます」
「おお?!」
「自分なりに頑張ってみたつもりです。でもやっぱり無理だったんです。本気じゃない付き合いなんて、相手にも、その人を本気で好きな人にも失礼すぎる」
「…えーっと、ごめん、みー君いま何歳?」
「勝巳です。13になりました」
「あ、勝巳くんね、うん。いやぁ、最近の中学生って偉いねー」

彼の中で何があったのかは分からんが、そんな真面目に恋愛語られるとかオジサンびっくりだわ。
いやまだ21だけど。
あれ?13歳にとってはオッサン?オッサン?

「オレ、早く大人になりたいです」

ズボンの上の手をぎゅうっと握り込むみー君。
そうか、早く大人になりたい年頃かぁ。
この分だと21はまだオッサンじゃないっぽい。
良かった良かった。

「本当に好きな人に、そうと言える位置に着きたい」

そう言って真っ直ぐに前を見るみー君。
そうかそうか。よく分からないけど辛い恋をしているのだな。
頑張れよみー君。

「だから仁さんも別れてしまえばいい」
「えっなんで?!」




「ってのが最後だっけ?あの後しばらくしてオレほんとに彼女と別れたんだけど。どうしてくれんのみー君」
「それオレのせいですか?やった」
「えっどゆこと酷くない?」

話しながらもダンボールを開けていくみー君。
そんな仕草すらイケメンな彼は、顔だけでなく運動や成績も有望というハイパー大学生になっていた。

「仁さん、オレそんな荷物ないですし、なんなら一人で大丈夫ですよ。お店の仕込みとかあるでしょう?」
「んにゃ、今日は休みにしたからヘーキ。子供が大人に気を使うんじゃありませんよ」
「…まだ子供ですか」

苦笑するみー君。

「そろそろ、大人のつもりなんですけどね」

確かに、大学生だもんな。子供扱いはないか。

「みー君いま何歳なの」
「19です」
「おお…」

時が経つのは早いなぁ。恐ろしいなぁ。
でもやっぱり若いよな羨ましい。

「仁さん、これどこに置けばいいですか?」
「んー、その辺?」

28歳独身彼女なしの寂しい安アパートに、本日若い風が吹き込んで参りました。




「仁さん、オレどこで寝ればいいですか?」
「んー、うち布団一組しかないからなぁ。せんべい布団でオレと一緒に?」
「……………」
「嘘だよダイジョブよ今日中にちゃんと買いに行くから」
「いや、嫌ではないです全く少しもこれっぽっちも」
「え、あ、そう?」


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