金曜日はモックの日


(あっ)

「ご注文はお決まりですか?」

 金曜日、週に一度のモックへ行ったらクラスメイトのイケメンくんがバイトしてた。バッチリ目が合ったから向こうもオレに気付いてる。と思う。たぶん。
 けど特に仲がいい訳でもないし、向こうは仕事中だし、こういう時ってどういう距離感で接すればいいんだろう。

「えっと、てりやきバーガー単品で、あとポテトのMお願いします。あ、持ち帰りで」

 いつものように注文したら、片岡が慣れた様子で復唱をする。入ったばかりじゃないのかな。今まで会わなかっただけで、けっこう長くバイトしてるのかもしれない。
 お金を払って、番号の書かれたレシートを渡されて、いつもなら雑に「ありがとーございます」って受け取って捌けるけど、知らない顔でもないからそれもなんかなぁと思って片岡が顔を上げた所で目を合わせてペコってした。片岡はちょっとパチクリして、でもすぐににこって笑ってくれた。まぶしい。
 ここはイケメンのスマイルも0円なのかぁ。なんだかほこほこした気分で受取りカウンターへ小走りした。



「よーへー宿題やったー?」
「やってなーい」
「まじかー。昼休みが勝負だな」
「みやちゃんに教えを乞おう」

 月曜日。
 友人の尾ノ上と宿題の算段をつけながら教室へ入る。窓際の一番後ろで友達と談笑していたらしい片岡が、ガラリという音に反応してこっちを見た。目が合ったから何となくペコってしてみたら、片岡もにこって笑って返してくれた。なんだかまたほこほこした。

「え、なに今の」
「ん?」
「片岡。陽平に笑いかけてなかった?」
「うーん、お客様へのサービス?」
「え、なにそれいかがわしいヤツ?」
「え?なんで?」

 尾ノ上はエロい方へ話を持っていきがちだ。

「うちの近くのモックで働いてたんだよ」
「ほーん。また微妙に遠いところで」

 確かに。片岡の家はこの辺だって聞いたことあるから通学途中でもないだろうし、うちの駅はさほど大きくもない。もっと通いやすい所があるだろうに。

「ま、学校の近くでバイトしてたら騒がれるだろうしな」
「あぁー」

 なるほど。イケメンって大変だなぁ。

 それから、片岡と目が合うと何となくペコってするようになった。片岡も律儀ににこって返してくれる。片岡のスマイルはいつだって0円らしい。

 そして次の金曜日、週に一度のモックの日。家に帰ってゴロゴロして、お腹が減ってきたらスマホと財布を持って家を出る。
 その日も片岡が注文を取っていた。店内に入ってすぐ目が合ったからちょこっとだけ会釈する。片岡は接客中だったけど少しにこってしてくれた。列に並んで、買うものは決まってるけどする事もなくぼーっとメニューを眺めていたらポケットのスマホがブルブル震えた。浩介くんから電話だ。

「もしもし」
「おー、いま駅でさ、これから帰るんだけど飯くった?」
「え、珍しい。飲み会ないんだ?」
「部長が体調悪いらしくってな」
「そうなんだ」

 小声で対応してたけど、もうすぐ順番が来そうだったから仕方なく列を抜けて軒先に移動する。

「飯くってないなら何か買って帰るけど」
「まだだけど、今から食べようと思ってモック来たとこ」
「あ?今?いるの?」
「うん」
「モックかぁー、たまにはいいかな。オレもそっち行くわ」
「えっ」

 酒だけ買ってくからちょっと待ってて、と言って電話を切られた。歳が九離れた兄はちょっとマイペースな所がある。


「えーマジメじゃんちょーウケるー!あっスマイルくださ〜い」

 母さんとラインのやり取りをしながら浩介くんを待ってたら、店内からやけにテンションの高い声が聞こえてきた。なんだと思って覗いてみたら見知った顔が二つ。美人な原さんと男前な弘前。どっちも片岡の友達だ。

「お待たせ。腹へったなー早く買って帰ろう」

 ちょっと気を取られていたら、お酒の入った袋を下げた浩介くんがやって来た。どうかしたか?と聞かれて何でもないと応えながらモックに入る。

「じゃー頑張ってね〜」

 入れ違いに、原さんたちがソフトクリーム片手に手を振って出ていった。

「モックとか久々だなぁ。陽平はいつも何だっけ?」
「てりやき。たまにトマト付ける」
「そんなんあんの?あ、オレナゲット食いたい」
「お次お待ちの方どうぞ」

 列に並んでメニューを見てたらすぐに順番が来た。片岡は浩介くんを見てオレを見て、ちょこっと首をかしげるようにしてにこってした。そういえば浩介くん大人だしスーツだしオレと顔似てないし、パッと見関係性が分からないかもしれない。でも「兄です」ってわざわざ言うほどの仲でもないし、とちょっと目をうろつかせてからペコってした。

「てりやきのセット二つ、飲み物コーラでいい?あ、夜モックだって。これにする?」
「え、いやオレは、今月ちょっとあれだし」
「え、オレが払うよ?」

 当たり前じゃん、と笑って追加のトマトとナゲットまで注文する浩介くん。今日は豪華な夕飯になりそうだ。

 帰り道、さっきの店員えらいイケメンだったなぁと笑う浩介くんに何だか自慢げな気持ちになった。

「あれうちのクラスメイト」
「マジかよ陽平と同い年?」
「うるせー」
「ははっ」

 モックの袋を持ってない手でぺしってしたけどまるで効いてない。

「…そういえば母さんからライン来てたよ。浩介まだカノジョ出来ないの?って」
「うるせー」

 モックとお酒とビジネスバックで両手のふさがった浩介くんが肩でドーンってしてきた。大人げなくて笑ってしまった。


☆☆☆


「えーマジメじゃんちょーウケるー!あっスマイルくださ〜い」

 仕事をマジメにやって何が可笑しい? 引きつりそうになる顔を笑顔に直して努めていつも通りの接客をする。
 美佳は悪いやつではないんだけど空気を読まない所がある。それを分かっている弘前は美佳の横で片手を上げて無言の謝罪をしていた。なら連れてくるなと言いたい。さっきの秋本の遠慮がちなペコリでほっこりしていた気分が台無しだ。その秋本も買わずに帰っちゃったし。
 注文は美佳のソフトクリームだけだった。弘前も何か買え。なんて言えるわけもないので、ササッとソフトクリームを作って渡す。受け取った美佳は頑張ってね〜と手を振って帰っていった。悪いやつではないんだ。ただ仕事中にいつものノリで話しかけてくるのは本当に止めてほしい。
 思わずため息をつきそうになった所で、スーツの男性と一緒に店内にいる秋本に気付いた。親と来たのかな。ちょっと気分が上向いた。

「お次お待ちの方どうぞ」

 声をかけると秋本が男の背を押して前に出た。スーツを着てるから親、かと思ったけど若い。二十半ばに見える。お兄さん、と言うにはだいぶ上だし。どういう関係だろう? いや、今は仕事に集中。と思いつつ、秋本に向けた笑顔はちょっと首をかしげたものになってしまったかもしれない。それに対して秋本は目を泳がせた後いつものようにペコリ。どういう事?
 後で聞いてみよう、と思って、でもそんな事を聞く仲ではないと気付いて、何だか少し寂しくなった。

「注文の確認をいたします。てりやきバーガーのセットを二つ、夜モックで―――」



「悪かった」
「本当にな」
「ごめんって。美佳も邪魔しちゃったかなーって反省してたし、わざわざあの駅降りてモック行くなんてもうしないだろうから。許してやれって、な?」

 月曜日。弘前が朝からご機嫌を取りに来た。

「別に、変に絡んでこないなら来てもいいけど。あ、他のやつには教えるなよ」
「分かってる分かってる」

 前にバイトしてたファミレスでは、友人だけでなくその回りの名前も知らない生徒にまで知られてしまって、物見遊山的な客がちょこちょこ来た。店の外から覗いてキャッキャとはしゃぐくらいなら可愛いもので、オレ以外の店員が注文を取りに行くと「すみません間違えましたぁ」と言ってオレが出るまでチャイムを鳴らし続ける悪質なグループまで現れて、あの時は店にかなり迷惑をかけてしまった。
 嫌な事を思い出してくさくさしていたら、教室に秋本が入ってきた。目が合って、いつものように向こうがペコリ。お返しに笑って返すとちょっとはにかんで小走りする。なにあれ。癒し効果がすごい。ほっこりする。

「みんなが秋本みたいならいいのに」
「おまえ最近いつもそれな」

 思わず出た呟きに、弘前がスマホをいじりながら突っ込んでくる。いつも、なんて言われる頻度ではないはずだ。

「そもそもおまえら仲よくないじゃん。秋本だって友達相手だったら普通に話しかけるかもしんねーよ?」
「それは……。どうだろ。そういうタイプじゃない気がするけど」

 ダイレクトに仲よくないと言われてちょっと傷つく。確かに、この間の男が誰なのかすら聞けないような希薄な関係だ。何だかモヤモヤして秋本の席に目をやったけど本人がいない。あれ? と思って見渡すと宮川の席で尾ノ上と三人、談笑していた。
 例えばあの二人になら、バイト先でも「お疲れー」なんて声をかけるんだろうか。しつこく絡まれるのは嫌だけど、それ位ならむしろ嬉しいかもしれない。いや嬉しい。癒し効果が抜群すぎる。

「てかオレだって別に話しかけねーじゃん」
「弘前じゃ可愛くないから癒されないだろ」

 スマホ片手に「ひっでー」と笑った弘前が、ちょっと止まって「えっ?あいつ可愛いの?」と首をかしげた。

「え、オレそんな事言った?」
「自覚ねーのかよ。ガチじゃねーか」

 え、本当に言った? いや言った。言ったな。言っといてなんだけど秋本は別に可愛くはない。男だし。身長が低いわけでも、特別童顔な訳でもない。ちょっと戸惑いながら秋本の方を見る。したら尾ノ上にじゃれてパンチしてた。

「…可愛くない?」
「こっわ。ガチじゃねーか」

 同意を求めたら普通に引かれた。

「秋本、今日も来るかなー」
「知らねーよ。本人に聞けば?」

 聞ける仲ならこんなにモヤモヤしてないな。会ったのは二回とも金曜だけど、他の曜日も来るんだろうか。

「シフト毎日入れよっかなぁ」
「こっわ」

 冗談だったのに本気で引かれた。



「はい二人一組で柔軟ー。後ろの人と組んでー」

 金曜日。秋本と話す絶好の機会が訪れた。体育の授業で偶然秋本の後ろに座ってたのだ。よっしゃあ! と心の中でガッツポーズをしながら表面上は平静を装う。こっちを向いた秋本は相手がオレな事にちょっとびっくりした顔をして、でもすぐいつものようにペコリした。可愛い。オレもいつものように笑って応えて、それから二人して目を合わせて首をかしげた。

「なんか今はこれじゃない気がする」
「うん、でも挨拶だから間違ってはないよ」

 そっか、と頷いた秋本が改めてお辞儀する。

「いつもお世話になってます。よろしくお願いします」

 オレもそれに倣ってお辞儀をする。

「こちらこそ、いつもご利用ありがとうございます。よろしくお願いします」
「うん。先どっちやる?」
「じゃあオレが押すよ」

 隣のやつらが不思議そうに見てたけど、気にせず柔軟を始める。開脚前屈する秋本の背中を押してやると、思ったより前へ倒れた。秋本って身体柔らかいんだ。なんか意外だ。

「そういえば、うちの兄貴が片岡のこと格好いいって言ってたよ」
「兄貴?」
「先週オレとモック行ったスーツのやつ」
「ああ」

 お兄さんだったのか。モヤモヤがひとつ晴れた。

「なんでかオレが誇らしい気持ちになってしまった」
「え?なに?」
「あれオレのクラスメイトなんだぜーって自慢しといた」
「あ、う、うん。そうなんだ」

 え。なにそれ。照れる。手のひらがじんわり熱くなって、背中越しにバレるんじゃないかとちょっと焦って交代した。

「えっと、けっこう歳離れてるよね」
「うん九個上」
「お兄さん実家暮らしなんだ」
「いや実家はもっと辺鄙なとこ。兄貴があそこでひとり暮ししてるから、高校のあいだ居候させてもらってる。片岡すごい柔らかいな」
「もっと押していいよ」
「え、本当に?怖くない?わっ床ついた!」

 はしゃぐ秋本が可愛くてちょっと張り切ってしまった。と後で弘前に話したら、「はいはい可愛い可愛い」と適当な相槌を打たれた。


 秋本のお兄さんは毎週金曜の夜に会社の飲み会があるらしい。他の日は交代で夕飯を作ってるけど、金曜は一人だからいつもモックを買うそうだ。つまり今日はモックの日。柔軟の時けっこう話したから、今日は何かひと言声をかけられたりするかもしれない。なんて少しソワソワしてたら秋本が来た。対応中のお客さんにレシートを渡して、列に並んだ秋本を呼ぶ。

「お次お待ちの方どうぞ」

 前へ出てきた秋本が、目を合わせて「こんばんは」と小さく挨拶してくれた。あ、癒し。密かに「お疲れさま」って言ってはにかんでくれないかなぁとか思ってたけど、これでもう十分癒し。

「こんばんは。ご注文はお決まりですか?」
「はい。えーっと、てりやきバーガーの単品とポテトのMを持ち帰りでお願いします」

 いつものように復唱をして、お金を受け取る。

「レシートのお渡しになります」

 最後にペコリくるかな、と思って見てたら、秋本が右手を上げて、周囲に気付かれないようちょこっとだけ手を振ってきた。

 か…っっっ



「わいくない???」
「はいはい可愛い可愛い」

 と適当な相槌を打った弘前は、後日モックでオレ達が手を振り合ってるのを見て普通に引いた。

「ちっちゃい子供と店員ならともかく、高校生男子と店員が手ぇ振り合ってバイバイはねーわ」

 それにまさかの秋本が同意した。

「うん。これは何か違うなってオレも思ってた」
「え…っ」

 そうして秋本は手を振らなくなってしまった。弘前は秋本が見てない所で蹴っておいた。

 それから少しして、秋本が手を振る代わりに「お疲れさま」って言ってくれるようになった。
 それがたまらなく嬉しくて、すごくすごく愛しくて、オレは秋本が好きなのかもしれない、そう弘前に言ったら、「自覚なかったのかよ」と呆れたように笑われた。


「こんばんは」
「こんばんは。ご注文はお決まりですか?」

金曜日はモックの日。


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