金曜日はモックの日〈クリスマス〉
「明日さ、ちょっと遅くなるからメシ適当に食ってて」
浩介くんにそう言われたのは十二月二十三日の事。つまり明日はクリスマスイブだ。
「……彼女?」
「……ではない。でもそうなれたらいいなと思ってる」
「そうなんだ」
ちょっと照れ臭そうに目をそらす浩介くん。まだ彼女じゃないといっても、イブに二人でご飯を食べるくらいだ。もうほとんど彼女みたいなものだろう。もしかしたら明日告白とかするんだろうか。
「まだどうなるとか分からないから、母さんたちには言うなよ」
「うんわかった」
頷いてご飯を頬張ると、味噌汁の椀を傾けたままこっちを覗う浩介くん。なんだろうと思ったら、「イブに独り飯させてごめんな?」と申し訳なさそうに言ってきた。
オレを何歳だと思っているのか。ちょっと笑ってしまった。
とはいえ、世間がやれ家族だ恋人だと騒がしい中一人というのは少し寂しいものがある。
「せめてケーキでも買って食べるとか?」
翌二十四日、首をかしげて提案するみやちゃんに同じように首をかしげる。
「一人で?」
「一人でも美味いものは美味いけど……まぁ秋本はそもそも甘党じゃないもんな」
そう言って二つ目のあんパンを頬張るみやちゃん。みやちゃんはけっこう甘党だ。頭がいいからだろうか。
「ケンタどーよ?オレんち今日ケンタだぜ」
対してお弁当に肉率が高い尾ノ上は提案も肉だった。
やはりクリスマスといえばケンタ。その提案はとても魅力的だ。でもなぁ。
「うちの近くケンタないからなぁ」
今日も結局モックかな。そう思って片岡の席に目をやったら、向こうもちょうどこっちを見てきて目が合った。タイミングのよさにちょっと驚いて、一拍おいてからペコってする。そしたらいつものようにスマイル0円が返ってきた。
そういえば、片岡って金曜以外はいつバイトしてるんだろう。もしかしたら今日もモックにいるんだろうか。そしたらイブのボッチ飯を見られてしまうな。
なんて考えてたら、片岡たちと話していた原さんが「じゃー授業終わったら西門ね!」と手を振って去っていった。どうやら放課後遊ぶらしい。
なるほど、今日は片岡いないのか。最近『モックに行く日は片岡の日』みたいな感覚になってたから、それはそれでちょっと寂しい気もするなぁ、なんて思ってしまった。
☆☆☆
「ね、帰り皆でカラオケ行かない?」
美佳の誘いに「別にいーけど」と応える弘前。「よっしゃひとりゲット!」と後ろの女子にピースする美佳に、「オレ今日バイト」と短く断る。
「え?イブに?マジで?」
だからなんだ。そりゃオレだって出来るなら秋本と過ごしたい。けどイブに遊びに誘えるような気安い間柄じゃないし、恋人どころかよくてギリ友達くらいの関係だし、あ、待っていま自分で言っててちょっと傷付いた。
「……バイトにイブとか関係ないから」
「そりゃそーだけど。なんか悲しくない?」
「うるさい」
「あ、悲しいは悲しいのね」
がんば!とケタケタ笑う美佳に軽く殺意を覚えた。
「せめて今日が金曜だったら……」
イブの夜に秋本と会えたのに、とまでは口に出さなかったけど、弘前は察したらしくて普通に引いた。
「会ってもただ接客するだけだろ」
「……お疲れさまって言ってくれるし」
ウワァ……って顔で見てくる弘前。最近オレに引き過ぎだろ。秋本の「お疲れさま」は癒し効果絶大なんだぞ。
「何?何の話?」
「あー、片岡の片想いの話」
「え、なにそれ面白そう!」
面倒なことに美佳が食いついてきた。探られたくなくてそっぽを向いたら、秋本がちょうどこっちを向いてばっちり目が合う。
少しびっくりしたように目をぱちくりした秋本は、咄嗟に手をフリフリしかけて、それに気付いて「あっ」てして、行き場に困った手をそろっと下ろしながらいつものようにペコリ。そしてはにかんで前へ向き直る。
なにあれ。待ってなにあれ。一から十まで癒しが過ぎる。あと秋本が手をフリフリしなくなった原因の弘前は後でもう一回蹴る。
「え?なに今の」
「オレにも分からんけどいつもの事だから気にすんな」
秋本とのやり取りに何か感じたのか、「もしかしてそういう事?」と美佳が首をかしげてきた。答えようと口を開く弘前を蹴って止めた。お返しに足をがっつり踏まれた。
「ま、詳しいことはカラオケで聞くわ」
じゃー授業終わったら西門ね!と手を振る美佳に弘前が「おー」と返して嵐が去った。
「言うなよ」
「もうほとんどバレてんじゃね?」
「あいつそういう勘いいもんな……」
実際ほとんどバレていて、このあと美佳は秋本との仲を応援してくれるようになる。いい友人を持ったと思う。
食べ損ねていた惣菜パンの袋を破って、秋本の方をちらっと見る。そしたら三人で身を寄せあって「いっせーのーせ」って指遊びしてた。かわいい。
「なんで今日金曜じゃないんだろうな」
「またかよ。どんだけだよ」
「今日が金曜だったら秋本がメリークリスマスって言ってはにかんでくれたかもしれないのに」
秋本の横顔を見ながらため息をついたら、スマホを弄る弘前から「はいはい妄想おつー」って適当な返事が返ってきた。
そんな話をしてたから、ほんの一瞬、秋本の事を考えすぎて幻覚が見えたのかと思ってしまった。
でも店に入ってオレと目が合って、驚いて目を大きくしてるのはどう見ても本物の秋本だ。
「こんばんは」
「こんばんは。ご注文はお決まりですか?」
まさか叶うとは思ってなかった聖夜の秋本に内心浮かれながらも努めていつものように接客する。
「はい。えっと、チキンフィレオのセットで、ポテトとコーラお願いします」
いつもはてりやきとポテトだけなのに、クリスマスだからかな。というか今日はお兄さんいないのかな?なんて浮かんでくる疑問を引っ込めてメニューを復唱。
「お持ち帰りでよろしいですか?」
「あ、ここで食べます」
えっ、と危うく声に出してしまう所だった。
「……はい、店内でお召し上がりですね」
いつもよりすこし早い心臓の音を感じながらお金を受け取ってレシートを渡す。
受け取りカウンターへ小走りした秋本は、チキンフィレオのセットを持って二階へ上がって行った。
メリークリスマス、とは言ってもらえなかったけどそんな事よりも。店内で食べる、という事は、もしかしたらバイトの後で会えるかもしれない。
仕事をこなしながら時計と階段を注視する。上がりの時間になっても秋本は階段を下りてこなかった。よし、まだいる!
不自然にならない程度に素早く移動して手早く着替えてバイト仲間への挨拶もそこそこに階段を駆ける。頼むまだいてくれ。
「秋本!」
窓際のカウンター席に秋本の背中が見えて、ちょっと大きな声を出してしまった。テーブル席を拭いていたバイト仲間が目を剥いてた。ごめん。
「片岡?どうした?」
「あ、いやえっと」
振り返った秋本も驚いた顔してた。どうした、と聞かれても会いたかったとしか言えないから返事に窮してしまう。
「バイト終わったんだ。お疲れさま」
「あ、うん。ありがとう。秋本は?ここで食べるなんて珍しいよな」
まごつくオレを見てペシペシと隣の椅子を叩く秋本。か……っわいいが過ぎる。その椅子に軽く腰掛けて尋ねると、秋本はうーんとすこし目を泳がせた。
「何となく、人恋しくて?」
「えっ」
「きょう兄貴がデートでさ。イブに家でひとり飯ってなんか寂しいなーと思って」
外で食べるとちょっと気が紛れるかなって、とすこし気恥ずかしそうに笑う。かわいい。抱きしめたい。
「えっと、じゃあオレも一緒に食べていい?」
出そうになる手をぐっと引っ込めて、オレもひとりじゃ寂しいし、となんでもないように提案する。
「いいの?家で家族待ってるんじゃ」
「大丈夫。バイトの日はいつも外で適当に食べてるから……あ、でも」
秋本のトレイを見ると、もうポテトが数本あるだけだった。
秋本もそれを見て「あ」ってなって、でもすぐ「そうだ」と声を上げた。
「オレアップルパイ食べたい。ケーキじゃないけど、せっかくのイブだし」
「えっと、いいの?」
うんと頷いて「今日は浩介くんからお小遣いが出てるから」ってがま口の財布を取り出す秋本。
「ついでにコーラもおかわりする。乾杯しよ」
ちょっとわくわくしてる。え、かわいい。
心の中で悶えていたら、カウンターチェアからぴょんと飛び降りた秋本が、「あ、そーだ片岡」とこっちを見てはにかんだ。
「メリークリスマス」
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