ひとりじめ
「えっ、橘くんってカノジョ束縛するタイプなの?」
「うそー、やだぁー!」
机を一つ挟んだ美男美女の勝ち組グループが何やら盛り上がっている。いやだと言いながら女子がキャッキャとはしゃいでいるのは橘がイケメンだからだ。オレみたいな地味な男が束縛タイプとか言ったら何だコイツと蔑まれて終わるだろう。格差社会つらい。
特に橘はその整った顔立ちだけでなく、頭もよくてしかも運動もさらっとこなすという高スペックで校内一の人気を誇る。その男の恋の話となれば盛り上がらないはずもない。ただ本人が物静かなタイプなので浮いた話はあまり聞かない。オレのところまで届かないだけかもしれないけど。
「ほんとほんと。しかもけっこう重症よな」
「別にそんな事ないよ」
からかうような男の声を静かに否定する。橘は声までいい。落ち着いていてよく通る。羨ましい限りである。
「ただ、好きな子には僕以外見て欲しくないかな」
「なにそれキュンキュンする〜!」
「言われた〜い!」
「お前なにソフトに言ってんだよ。そんなもんじゃないだろ。自分以外の奴に見せたくないとか言ってたろ」
「そりゃ、好きな子の可愛い顔を独り占めしたいと思うのは当然でしょ?」
何を言っているの、という軽い調子で答える橘に、キャアキャアといっそう盛り上がる女の子。しかし次の発言で少し場が静まった。
「だから出来ることなら外にも出て欲しくないんだよね」
少々不穏なその発言に思わずスマホから顔を上げると、渦中の橘とバッチリ目が合ってしまった。慌ててスマホに目を落として何でもない振りをする。
ヤバい、聞き耳立ててたのばれたかな。いや勝手に聞こえてきただけだけど。
「ほら出始めたぞヤバいのが」
可笑しそうに笑う男にヤバーイとキャッキャする女の子。橘が相手なら多少行き過ぎた執着でも嬉しい側面があるのかもしれない。オレが同じ事を言ったら「マジで気持ち悪いんだけど」と切り捨てられて終わるだろうに。格差社会つらい。
「外に出るなって、もうそれ監禁じゃん」
「だってその子が他の人と仲良くしゃべってるの見るといつか自分を抑えきれなくなりそうだし」
軽い調子で恐ろしい事をのたまう橘。視線をやって盗み見るとまたしても目が合った。というかずっとこっちを見てた?
「まぁ別に出来ればって話で、本当に出るななんて言わないけどね」
オレの目を見ながらふふ、と笑う橘に落ち着かない気持ちになって背を向ける。
まあ、いや、気のせいだろう、オレを見てた気がするのは。もしくは見間違いとか。もしくはオレをからかってる? 橘がそんな事するタイプとは思わないけど、何にせよオレには関係ない。それは間違いない。それを肯定してもらおうと先ほどからやり取りしてる相手にメッセージを送信する。
『好きな子には自分以外に可愛い顔見せてほしくないとか極力他の奴と喋らないで欲しいとか何なら外に出ないで欲しいとかさっきからヤベェこと言ってるリア充グループのイケメンがずっとこっちを見ている気がするんだが』
別のクラスの幼馴染にそう送ると、秒で返事が表示された。
『勘違い乙w』
情け容赦ない返しにホッとする。『デスヨネーw』とこちらも秒で返事をしていつもの軽口を送りあう。
「小倉くんなにスマホみて笑ってんの?」
背後から声をかけられて危うく変な声出そうになった。反射的に振り向くと、先ほどまで机一つ隔てた所にいた橘がにこりと笑って立っている。
「さっきの話、聞いてた?」
「え、いや……あの……」
ヤバいやっぱり聞こえてたのバレた? 最悪いまのやり取り見られてたり……。
幼馴染に送ったバカなメッセージに顔を青くしていると、橘がフッと笑ってオレの頭を撫でてきた。
「別にいいよ。こっちが聞かせたんだから」
「え……?」
同性に頭を撫でられるという高校になったらそうそうないだろう経験と意味深な言葉にうろたえていると、橘が更に追い打ちをかけてきた。
「そうだ、小倉くんラインやってるんだね。ID交換しよう?」
やっぱりさっきの画面見られた? 動揺しながらラインの登録を終えると「ありがとう」とほほ笑む橘。考えすぎかと安堵したところに「そういえば」とまたしても追い打ちをかけてくる。
「さっきの話、あともう一つあったんだ。出来ればスマホは僕以外の連絡先消して欲しいな」
言いながらオレのスマホの背をなぞる。
「……それは、厳しいんじゃ……」
「うん、まぁ出来ればって話だから。無理なのは分かってるんだけどね」
言うだけ言って橘は席に戻っていった。え、なに今の。なに今の。つまりそういう事? どういう事? 脳内の処理が追いつかず、いつもはそこそこ真面目に受ける奈々ちゃん先生の授業にも全く身が入らなかった。
放課後、図書室でひとり埋まらないノートを眺めている。授業中にボーっとしてたのがバレて奈々ちゃんに特別課題を出されたのだ。横暴すぎる。
図書室の席はほどほどに埋まっていて、みんな声をひそめて勉学に勤しんでいる、と思いきやスマホを弄っている率もけっこう高い。やっぱ勉強なんてすぐにやる気なくすよな。オレなんか特に、休み時間のあれをまだ引きずってるもんだから課題とかやる気になれる訳がない。
という訳でラインを開いた。一人でぐるぐるしているよりも誰かに笑い飛ばしてもらった方がいいだろう。
『マジかあのイケメンがねぇ』
『オレが失踪したら察してくれ…』
『今ごろ愛されてんだろうなぁって?w』
『止めろw 洒落にならんw』
ふふふ、といつもの調子を取り戻したところで、またしても橘が追い打ちをかけてきた。
「そうやって僕以外のやつと楽しそうにやり取りするから閉じ込めたくなるんだよ」
後ろから来た橘、であろう人物が、「だーれだ?」みたいなノリでオレの目を手で覆ってきたのだ。ビビりすぎて声も出なかった。
「それとも小倉くんは閉じ込められたいのかな?」
大事な事なので二回言いますビビりすぎて声も出ないです。
そんなオレの状態を察したのか、手を放して「なんてね」とおどける橘。いつもの様にほほ笑む顔すら今はちょっと怖いんですがこれが疑心暗鬼というやつか。
「課題進んでる? 手伝おうかと思って」
突然の提案にとっさの返答が出来なかった。頭のいい橘に手伝ってもらえるのは正直ありがたい。けど教えてもらうような仲ではないし言ってることが物騒すぎるし正直関わりたくないです。というのを穏便に伝えるにはどうしたらいいだろう。と言葉を探している間に橘はオレの隣に腰を下ろしてしまっていた。
「ごめんね、困らせちゃって。もっとゆっくり進めるつもりだったんだけど」
進めるって何をだ、とは聞いちゃいけない気がする。
「小倉くんがスマホ見ながら可愛い顔してるからつい」
可愛いって何だ、とも聞いちゃいけない気がする。というか橘の話をこれ以上聞いちゃいけない気がする。
「気持ち悪い?」
一刻も早く立ち去りたいオレの気持ちを察しているのか、橘が不安そうにこちらを窺ってきた。その顔はずるい……まるでオレが悪いことをしている気になってくる。
「気持ち悪いとかはないけど……その、閉じ込めるとかはちょっと……どうかと」
思います、と目をそらして言ったら、「そっか」と返ってきた。
「やっぱり小倉くんは可愛いな」
ん?
「いまどこでそうなった?」
普通に突っ込んでしまった。
「秘密。言ったら怯えちゃうからね」
「そう言われた時点でオレ怯えない?」
「うんやっぱり可愛い」
どうしよう会話ができない。今の流れで可愛いとかもう戸惑いしかないぞ。やっぱからかわれてんのかなオレ。
「ふふ、ごめんごめん。お詫びに課題教えるよ」
「それは……正直うれしいけど……」
「小倉くんちょろくて心配だなぁ」
「失礼な。これでもオレの周りじゃしっかり者で通ってるんだぞ」
ふぅん、と相槌を打った橘がにこりとほほ笑んで「誰に?」と聞いてきた。さては嘘だと思っているな?
「いや、やっぱり答えなくていいや」
しかも反論までさせない気か。いや実際しっかり者と言われたことはないけども。
「それより課題だね。枕草子の現代語訳か……それなら向こうにいい本があったと思うよ」
「え、マジで?」
席を立つ橘に続いて後ろを歩く。そういやここは図書室なんだから、参考になる本の一つや二つあるに決まっている。橘様様だな。
「ここだよ」
そうして付いて行った先は、分厚い洋書がある一番奥の棚だった。心なしか照明も薄暗い気がする。
「え、ここ……?」
なんだか不穏な空気を感じて戻ろうとしたら後ろからぎゅっと抱きしめられた。
「小倉くんほんとちょろくて心配」
ふふ、と項に息が掛かってやっと状況を飲み込んだ。これさてはヤバいな? と思った矢先、シャツの上から乳首をスッと撫でられた。これさては本当にヤバいな?
「ちょっ、やめろって橘……ぁっ」
ほんとにヤバいぞ乳首で変な声出たぞおい。
「可愛い声」
ムズムズする乳首に戸惑っていたら「誰かに聞かれたら困っちゃうね」と耳元に囁かれて何か耳がゾワッてして「ひゃっ」てなってさてはこれ本当にヤバいな?
「大丈夫、優しくするから」
何を優しくする気だと追求したいのは山々だけど橘の落ち着いた声を耳に吹き込まれるとなぜか膝がガクガクして抵抗もままならず気づけばシャツ越しの乳首がピンと立ってムズムズがピリピリに変わってなんか腰がゾクゾクして。
「ぁっ、やめ……はぅ……っ」
「小倉くんほんと、可愛い……」
乳首だけでこんなに感じちゃうんだ? と囁かれて羞恥に顔が赤くなる。いやそんな事はない! と小倉くんの乳首ビンカン説を覆すためちゃんと抵抗しようと試みたけど乳首の刺激で足が生まれたての小鹿になっていて抵抗どころか逆に橘に支えて頂いている状態だった。それを分かっているであろう橘はオレの項にチュッとキスをして「可愛い」と囁いてくる。バカにしてるだろお前。と恨みがましく睨んでやると「バカになんてしてないよ」と返ってきた。え、橘って人の心読めるの怖い。
「でもこんなにエッチでちょろい小倉くんを外に出すのは心配だな」
やっぱり閉じ込めちゃおうか、なんて言うから小鹿の足を叱咤して独り立ちした立派な牡鹿になったけどシャツ越し乳首をカリってされてまた新たな小鹿が生まれた。何を言っているのかはもうオレにもよく分からない。とにかく閉じ込められるのは勘弁していただきたい。
というオレの気持ちを、人の心を読める橘はちゃんと分かってくれていた。
「じゃあ直接ちくび触らせてくれたら閉じ込めないでいてあげる」
ほほ笑む橘に二つ返事で了承した。だって乳首なんてもう散々いじられている訳で、いまさら直接触られたからって何の支障もないし。と思ったオレが馬鹿だった。シャツ越しであんなんなるのに、直接触られたらどうなるか。もうオレの乳首が完堕ちである。
「ぁっぁっぁっ、やだぁそれだめぇ……っ」
乳首をクニクニされて身悶えるオレに「ちんぽ扱かせてくれたら閉じ込めないでいてあげる」と囁く橘。乳首の刺激でパンパンになっていたオレはその言葉にも頷いて、お尻を揉むのも了承して、穴を弄るのも了承して。
「ふ、ん、ンッンン……ッ」
気づいた時には棚一つ挟んだ所に本を探している生徒がいる状況で橘のナニをあそこに出し入れされていた。
ずろろろ、と引く時にゾクゾクしてずにゅぅぅ、と入れる時にキュンキュンして、橘の動きが徐々に早くなるともう声を抑えるなんて出来なくなる。
ぐじゅぅぅっパンッパンッパンッパンッ
「ぁンっぁっ、ァッアッ」
橘のちんこに耐えきれず、口を塞いでいた手で本棚を掴んで身体を支える。
「ふふ、声バレちゃうよ? いいの?」
「だっ、て、ちんぽ、しゅご、ぁンッ! ァッァッァッァ……ッ!」
橘のピストンがいっそう早くなって、しかも乳首まで弄ってきて、もう無理ヤバい出したい気持ちいい頭おかしくなる。
「はぁ、ねぇ小倉くん、僕小倉くんの中に出したいなぁ」
ギュウゥッと痛いくらいに抱きしめながら「どうする?」と囁く橘に、オレは一も二もなく頷いた。
そして現在賢者タイム。冷静になってふと思ったことがある。
「そもそもオレ橘と付き合ってないんだから閉じ込められる理由なくない?」
「あ、気づいちゃった?」
ふふふとほほ笑む橘。
「じゃあ僕と恋人になろう」
「え……やだ」
あと恋人でも閉じ込める権利はないと思う、と普通に断ったら橘が悲しそうな顔をした。イケメンのそれほんとズルい。けどオレは撤回しないぞ! という強い気持ちを持って睨んだらそれを察したらしい橘がニコリといつものほほ笑みを浮かべた。おのれ橘、あの悲しそうな顔は演技だったのか。
「ところで小倉くん、ここは僕の家な訳だけど」
「うん。うん? あ……うん……」
そう、学校の図書室であんな事を致してしまったもんだから取りあえず徒歩三分の橘の家の風呂で諸々の処理をさせてもらっていたんだがこれさてはヤバいな?
「もう一度聞くね。僕と恋人になってくれる?」
にっこりほほ笑む橘がとても怖いのは疑心暗鬼というやつだろうか。
「…………鋭意……検討を……」
「うん?」
「おい待てなぜいま鍵をかけた?!」
「ふふふ」
「ふふふじゃない! 帰る! オレもう帰るからぁ!」
「ふふふ、小倉くんは可愛いなぁ」
はいどうぞ、と素直に鍵を開ける橘。なんだよ! からかっただけかよ!
ムカついたので玄関を出た所で「二度と来るか!」と捨て台詞を吐いてやろうと思い、振り返った所で橘が掠めるようなキスをした。
「また来てね。からかってなんかないから」
オレの手にそっと触れて寂しそうにほほ笑む橘。
イケメンってやっぱズルい。思わずその手を握り返しそうにな「じゃなきゃほんとに閉じ込めちゃうよ」
オレ史上最速で逃げ出した。
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