2.



全く、油断も隙もならない。幸村には咄嗟に涼しい顔して見せたけれど内心、朝から見たくもない2ショットを見せ付けられて僕の純然たる心は滅多打ちにされた気分だ。非常に胸くそ悪い、ムカつくって言葉は曖昧なようでえらく的確だ。柄にも無く舌打ちそうになるのをぐっと堪えて誰もいない前方の空間をギリリと睨み付ける。

好きな子を前に心まで取り繕おうなんていくら僕でも無理な話で、更に言うなら相手があの幸村だから余計に腹立たしい。俗に言うこれって同族嫌悪?ああ困ったな、吐き気がするよ。

「ふ、不二くん!あのっごめんね。丁度幸村くんと会って…」
「大丈夫、全然気にしてないよ。それより朝早く呼び出してごめんね」

横に並んで歩く名前へ顔面に貼り付けたような笑みで振り返る。こういうのは得意なんだ。それでもほ、と安堵したように肩を撫で下ろし嬉しそうに僕に微笑んでくれる、彼女は今日もとても可愛かった。

合宿中同じ屋根の下とはいえ、僕達の本分はテニスということもあり彼女と話せる時間は極端に少ない。痺れを切らした僕は彼女との待ち合わせを取り付けたのだ。しかも二人きりが良かったからまだ誰も下に降りてこないような早朝に…まぁ、結局いたんだけど彼が…名前の片手にはコーヒー缶が握られていて、彼女の細く白い指先が熱でほんのり赤くなっているのを見て今開けたばかりなんだろう、なんて思いながら何となく問い掛けた。

「…コーヒー、飲んでたんだ。待たせてごめんね。寒いかな?」
「あっ、ううん待ってないし…これ幸村くんが買ってくれたの。優しいよね」
「…そうなんだね。…あ、ちょっと待ってね」

僕はズボンのポケットに財布を確認すると足早に手近な自販機へと駆け寄り、温かいお茶のペットボトルを一つだけ買った。出てきたそれを素早く手に取って彼女の元へ戻ると、はい、と差し出す。

「今日冷えるみたいなんだ。ほら、ペットボトルなら傍に置いておけるから、良かったらどうぞ」
「えっ?あ、うん…そうだね。ありがとう不二くん、優しいな」
「どういたしまして」

名前がペットボトルを受け取ったのに満足して、僕はにこりと頷いた。

まだ薄暗い通路に二つの足音がコツコツと響き渡る。此処を抜ければ小休憩室だ、あそこは暖房が24時間効いているし腰掛けて本題に入ろうか、なんて歩きながらぼんやりと考えた。それにしても朝早いとはいえ人一人いないから驚いた、熱心な自己練習組はコートやトレーニングルームへ出払っているのだろう。

「…」

待ち合わせ、少し早過ぎたかな。

今更申し訳ない気持ちになって思わず名前を横目に盗み見ると、彼女の方が先に僕を見ていたようで不意に視線が交わった。缶コーヒーとお茶のペットボトルを胸元で両手に持って、名前は僕を見上げながらきょとんと小首を傾げる。

「なぁに?」
「ううん、ごめんね。こんな朝早くに…眠いよね?」
「眠くないよ。不二くんのお誘いだもん、とっても嬉しかったよ…!」

無垢な笑みで、ほんのりと頬を染めて、ああ、どの口が僕にそんな淡い期待を抱かせるような事を言うのだろう。こんな暗がりで誰もいない。もし力尽くでやれば彼女なんてどうにでも…瞬間、彼女を視界に留めたまま考えてはいけない邪なシーンが脳を過る。一瞬のそれにゾクリと興奮が走るけれど、理性を総動員して断ち切っても今度は尾を引くような後ろめたさに何も言えなくなってしまった。僕ってこんなに駄目な奴だったっけ。苦し紛れに小さく笑い返すと、彼女もまた僕に笑い返したのだけど違うんだ、今のはそういう笑みじゃない。彼女にあまりに失礼じゃないのか。胸が嫌に苦しく、熱い。

小休憩室は案の定人気は無いものの、24時間点灯の電気と暖房のおかけで快適だ。一先ず名前と隣り合ってソファに腰掛けると、ふぅ、と一息ついた後に早々に話を切り出した。

「…それでね、僕が君を呼んだ理由は単に君と話したいだけっていうのもあったんだけど…」
「うん」
「最近練習詰め込み過ぎで、たまにはリフレッシュした方がいいかとも思うんだ。だから週末に、僕とデートしてくれないかな」
「え」

そこまで言うと名前はピタッと動きを止めて、やけに落ち着き払った様子で此方を見つめてくるものだから逆に僕の方が緊張してしまう。彼女の事だからデートなんて単語を出せば女の子らしく恥じらってくれるかななんて想像していただけに、水晶玉みたいに真ん丸で綺麗な瞳が僕の赤い顔を曝きだして居た堪れない。ねぇ、部屋、暖房効きすぎじゃないかな。天井に備え付けられたエアコンを一瞥する僕から目を逸らさず、彼女は神妙な面持ちで呟いた。

「不二くん…ま、まさか幸村くんと打ち合わせを…」
「あ…え?何?」
「なななんでもない!デート、デート…あの…もしよかったら遊園地とか、映画とか、行かない?」
「いいね。遊園地なら自前のカメラ持っていこうかな」
「うん、記念になって、幸村くんもきっと喜ぶよ!」
「そうだね、幸村もきっと喜…、…え?幸村?」
「週末幸村くんとデートするの。さっき、誘われたの」

……。

「…ああ…、そうなんだ…?」

成る程、僕より一足先に先約入れていたらしい幸村をさぁどうしてくれようかと、背凭れに体重を預けながらおもむろに足を組んだ。

「幸村…」

彼女に聞こえないように呟き、舌打つ。

名前は僕の隣で楽しそうに遊園地の何の乗り物が好きだとか、何が食べたいだとか幸せそうに話しているから僕を誘う辺り、デートとは名ばかりだろうけれど…それにしたってなんて抜かり無いんだろうかあの立海の部長。しかもこのタイミングで、僕の予定に見事に被せて来るなんて嫌がらせとしか思えない、いや、意図した訳ではないのだろうけれど…流石201号室の住人(僕もだけど)。

ふと部屋の掛け時計を見るといつの間にか時刻は起床時間に迫っていてそろそろ人が動き出す時間だし、折角早起きしたのだ、朝食バイキングも混み始める前に行っておきたい。勿論、僕の隣で可愛く話している彼女と一緒に。なら迷っている時間はない、彼女の誘いに対する答えは一つだろう?

「ねぇ名前?週末、僕も一緒に行くね?あ、でも…幸村を驚かせたいんだ。当日まで僕が行く事は内緒にしておいてね」

己の唇に人差し指を立て、内緒話をするようにそっと彼女へ身を乗り出す。

クスリと悪戯めかせて、そうとだけ囁いた。


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