3.



あの後部屋に戻って起きていた白石と顔を合わせると、朝から凄い剣幕やなぁと言われた。
そんなに顔に出やすい性格だったか、王者立海の部長としてポーカーフェイスくらい出来ないものかと自己嫌悪に陥りながらぼやーっと時計を眺めると、あと数分で食堂がオープンする時間になっていた。
まさかあの二人があの流れで一緒に朝食を食べようとしているとしたら…そう考えるといても立ってもいられなくなり、すぐさま食堂へ向かおうとすると白石に一緒に行こうと引き止められ、この毒草野郎の爽やかな顔面に一発蹴りでも食らわしてやろうかと思った。

食堂に着くなりだだっ広いそこを見渡すと、案の定仲良くお膳を並べておしゃべりしながら朝食を摂っている不二と名前の姿があり苛立ちがふつふつと込み上げてくる。
本当にちゃっかりしている奴だ、あの張り付けたような笑顔を今すぐにでも引っ剥がしてその腹の中に隠している本性を名前に知らしめてやりたい。
そんな俺の様子を隣で見ていた白石はどうやら俺の怒りの矛先を見透かしたようで、なるほどなとか言いながら苦笑いしていた。
さっさと自分の分を取り終え、白石のことなんかお構いなしに一目散に名前の隣の席へ向かう。
真田と柳におはようと声をかけられたけど、そんなのにかまってる余裕はない。
後ろで白石が堪忍な?とか言ってるし、今すぐ俺にはやらなくてはならないことがある。

「名前、さっきぶりだね。」
「幸村くん!」

不二の表情が一瞬険しくなったのを俺は見逃さない。

「何しに来たの?ほら、白石がキミのこと待ってるよ。」
「あいつはいいんだよ、どうせ赤也が迎えに来る。それより名前、俺と一緒に窓際で食べない?朝日が射し込んできっと気持ちいいよ。」
「うん、じゃあ不二くんも一緒に…。」
「…あぁ。きっともうすぐ弟が来るだろうし、邪魔しないであげようか。」
「そ、そうなの?」

不二のことなんか気にかけなくてもいいのに躊躇する名前にだんだん苛立ち、半ば力尽くでもいいからと思い片手で自分の分を、もう一方の空いた手で立ち上がった名前の腰に手を回して離れた席へ移動しようとした。
すると、不二が眉間に皺を寄せてさも面白くなさそうに俺の肩を掴む。

「やめなよ幸村、名前が嫌がってるじゃない。」
「俺には嫌がってるようには見えないな。名前、俺にこうされるのは嫌じゃないよね?」
「……えっと…。」

顔を赤くしたり青くしたりしながら困惑する名前を見て思わず笑みがこぼれそうになるのを我慢して視線を彼女から外すと、テーブルにはさっき俺が名前に買ってあげた缶コーヒーの隣にペットボトルのお茶が並んでいた。
どうせ不二にでも渡されたんだろう。

「もしかしてコーヒーよりお茶が良かった?」
「う、ううん!そんなことないよ、これは不二くんがくれたの。」

やっぱり。
まるで俺の好意を真似て名前の気を引こうとしているようで、それを知ったら黙ってはいられず肩にある不二の手を払い除け、そのお茶を不二に突き返した。

「名前は甘いコーヒーが好きなんだよ、知らないのかい?」
「そんな糖分ばかり摂って誰かさんみたいに入院したら困ると思って僕は気を利かせたんだよ。」
「へぇ…まるで俺に喧嘩を売っているような物言いだね。」
「さぁね、何のことだろう。」

バチバチと火花を飛び散らせる俺と不二を見て周りはどれだけヒヤヒヤしていることだろう。
そんなことはどうでもいい、常時腹立つこの似非王子を捩じ伏せてやろうと思ったけど…名前の表情が強張っていたから一時休戦。

「白石、行くよ。」
「っ…あぁ。ほな不二くん名前ちゃん、またな!」

俺がいつもよりもすんなり諦めたからか、白石は右往左往しつつ俺の後を追って来た。

「ええんか?幸村くん。」
「いいさ。今日は特別に見逃してやることにしたんだ。」

そう言うと白石は珍しげにしていたけど、なんせ今週末は名前と二人きりの時間をゆっくり満喫出来るんだから今日くらい奴に名前を譲ってやらないと。


***


そして週末。
遊園地がいいという名前の要望に応え、東京にある某遊園地で一日過ごそうということになった。

不二はきっと…いや、絶対に俺と名前がデートするだなんて知らない、知るわけがない。
お前がサボテンと向き合って会話してるとき、俺は名前との甘いひとときを楽しむよ。
フフ、いい気味だ。

名前とのデートだからっていつもよりも服装に気を配りすぎたせいで待ち合わせ時間ギリギリになってしまった。
彼女を待たせたら申し訳ないし何より格好が付かない、その一心で待ち合わせ場所まで人混みを上手くすり抜けながら小走りで向かう。
待ち合わせ場所に指定したディスプレイの前に愛しい彼女の姿を見つけ、胸を一層高鳴らせてぐんぐん人の間をすり抜けて行くと、近付くにつれてわかった…今、一番顔を見たくない奴が名前の隣で微笑んでいるのが。
何でだ、何であいつがここにいる。
偶然か、いや…あの男に限ってそれはないだろう。
きっと上手く名前を言い包めて半ば強引について来たんだ、きっとそうに違いない。

「やあ幸村。」
「…どうして不二がここにいるんだい?」
「名前が幸村とデートするって聞いたから、僕もご一緒させてもらおうかなと思って。」

明らかに不機嫌オーラを纏う俺にまるでしてやったりの顔でにこにこと微笑む不二。
名前はおろおろしながら俺と不二を交互に見て何か言いたげに口をぱくぱく動かしていた。

「さ、行こうか。早く行かないとどんどん混んで来ちゃうよ。」

そう言って歩き出す不二に少し先を行かせて俺はその背中を睨みつけながら少し後を追っていると、名前が申し訳なさそうな表情でそっと俺に近付いてきた。

「ご、ごめんね幸村くん…不二くんのこと話してなくて。」
「いや、いいさ。どうせ黙っておくように言われたんだろ?」

そう聞くと名前は俯きごにょごにょと口元を動かすだけではいそうですとは言わなかったが、図星を突かれたっていうのはすぐにわかった。
せっかくの休日を名前と過ごせるのにこのままの雰囲気とモチベーションじゃいけないと自分を正し、一先ず彼女を笑顔にするよう専念することにした。

「今日は許してあげる。」
「ほんと?」
「遊園地なんて滅多に行けないんだから存分に楽しまないとね。」

そう言ってにこりと微笑みかけると名前の表情も先ほどとは打って変わって明るくなり、あれが乗りたいこれが乗りたいと軽快に喋り出した。
ただ名前には申し訳ないけれど、そんな話は横耳でしか入ってこない。
何故かと聞かれれば、目の前にいるこの男をどう排除するかということしか今の俺の頭にはないからだ。
今すぐにでも不二にはここから消え去ってもらいたい。
でも無理矢理置き去りになんかしたら名前が気にするだろうし、ごく自然に名前と二人きりになるにはどうしたらいいものか。
そんなことを考えていると目的の遊園地にはあっという間に着いてしまい、これから長い時間三人でいるのかと思うと眩暈がしそうだ。
すると不意に不二が俺のもとへ寄って来て、今買いに行ったであろうチケットを渡してきた。

「はい、キミの分。」
「…ああ。」

パシッと乱暴に片手で受け取ると、そっと耳元に不二の口元が寄せられた。


「抜け駆けなんてしようとするから。名前はキミなんかに渡さないよ。」


一気に頭に血が登るような感覚になり言い返そうと振り返るも、名前の姿がそこにはあって吐き出しそうだった卑劣な言葉をぐっと飲み込む。

「どうしたの?」
「うん、今日は楽しもうねって話してたんだ。」
「ふふっそうだね、早く行こう!」

何も知らない名前はいつもの無邪気な笑顔を浮かべ、不二の袖を引っ張って先へと進む。
楽しそうに入口ゲートをくぐる二人を後ろから見届けながら宣戦布告をされたことに苛立ちを抑えきれずくしゃり、とチケットを握り潰した。


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