アジーム家のカリムという男




「うちで宴をしよう!!!」
「…………。その心は?」
「下町の住人とかからの、俺とジャミルの心象を良くしたい」


 下心しか無い主人の発言に、分かっていたもののジャミルは思わず笑ってしまった。こちらが聞いたとはいえ、明け透けに物を言い過ぎであろう。肝心な事は言わないで察しろと行動で示すカリムは、偶に秘すべき事象を普通に言うので、ジャミルにはそれがツボだった。本当に面白いよなぁ、カリムって。


「どういうアプローチにするんだ。あんまり豪華過ぎると連中から反感を買うぞ」
「料理の材料も、装飾の材料も全部市場で集めよう。売り残しとかでもいいな。そしたら下町の経済も回るだろ」
「……毎年恒例、とかにするつもりだな?」
「正解! 流石ジャミルだ」


 カリムは本気で自分の人気アップを狙っていた。派手な宴や美味しい料理で、先ずは子供達の心を掴むのである。子供が絆されれば大人の頑なさも解れていくだろうし、第一、今の子供達が次世代を担うのだから子供人気は侮れない。最悪子供の心だけでも掴めたら勝ちだ、なんて思っていた。カリム達を好むようになった子供達が大人になれば、カリムを殺そうとする人間も減るし、商売敵に雇われて殺しにくる人間も減るだろう。そんな打算塗れの計画だ。
 キラキラとした笑顔の下でまた何か企んでるんだな、なんて思っているジャミルもジャミルで、どういう宴にしようかと頭を悩ませた。カリムの方から何かをジャミルに持ち掛ける時は、だいたい大雑把な事だけ決めていて後は何も考えていない事の方が多いのだ。やりたい事が全部決まっていたら、自己完結で全部やってしまうのがカリムという男なので。
 今回は久しぶりに2人で知恵を出し合うのだから、とびきり良いものにしてやろう。楽しくなってきたな、とジャミルは紙とペンを引っ張り出して案を書き出していく。


「折角だから乾季にしよう。お前のユニーク魔法という分かりやすい"偉業"と宴を結びつけるんだ」
「お、良いなそれ。チビ達は大はしゃぎしそうだし」
「あとは……。なあ、折角だしお前が乾季に国中を回って雨を降らす時に、現地で都度カリム主催の宴をしたらどうだ? 出費は嵩むし大変だけど、人気は増大する。親戚筋とかは睨んでくると思うが」
「………あー。んー、叔父とか第二夫人の家系とか……あと、グプタの商人も物凄く睨んできそうだけど……。でも、確かに……」


 彼方を立てれば此方が立たず。民衆の心を掴もうとすれば、別の富豪から妬まれるのだ。……というより、アジーム家の長男という立場のカリムの、やる事なす事気に喰わない輩は一定数いる。
 何もしていなくても嫌うのだから、いっそ盛大に敵のお膝元で煽ってやっても良いんじゃないか。何があろうとも俺がカリムを守るのだし、傷一つ付けさせないぞ、なんてジャミルは思っていた。……それに、少し前に雇ったニシット達もいるのだから、今以上に恨みを買っても対処可能だろう。


「うん。ジャミルの言う、熱砂の国の各地での宴は来年からにしよう。今年は会場に出来そうな場所だとか市場の下見をしつつ、資金も溜める」
「で、とりあえず下町の連中を呼んだ宴を実行して、その評判を基に方向性を決める……か?」
「よし、それで決まりだ!」


 悪巧みをしています、と丸分かりの顔でカリムとジャミルは笑い合う。この宴は、カリムとその従者たるジャミルの名声を上げる為だけのものだ。故に他の誰の介入も許してはならないし、介入される隙も与えてはならない。中途半端に手を出されて手柄を与えてしまえば、カリム主催であるという主旨が変わってしまうのだ。
 普段通りの生活を送りながらも、誰にもバレずに下準備も全て行わなければならない。非常に難易度の高いミッションだが、やる気の満ち溢れている2人にとって気にする程の事では無かった。



※※※



 先ずは資金集めである。という訳で、カリムは諸外国向けの化粧品を輸出する事にした。
 元々自分とジャミルの魔法で、無理矢理"寒冷地帯に咲く花"を育てて、王宮や富豪に売り払って財産を築いていたカリムだが、金はいくらあっても足りない。毎年多数の宴を開催するつもりだし、それに伴ってどんどん人を雇うのだから、沢山稼がねばならなかった。
 なので、雨季には気温も湿度も高くなる熱砂の国で常用されている化粧品や日焼け止めに、自分の商品の"寒冷地帯の花"……スズランなどの香りを付けて売る事にしたのである。熱砂の国の化粧品は独特の香りがする為、国外で流通している普通の香水とは相性が悪い。だから国外の人間は気軽に熱砂の国の化粧品を使えなかったのだが、スズランや慣れ親しんだ香りの化粧品になれば話は別だ。
 独特の香りが邪魔していたじゃじゃ馬が、よくある香りの化粧品になったのである。化粧が特に崩れて欲しくない場面……例えばパーティなどに出席する様な富裕層からの需要には目を見張るものがあり、結果的にカリムの財産は3倍ぐらいに増えた。ついでにジャミルの給料も増えた。


「待て待て待て、輸出業に関して俺は一切関わってないだろ! なんで給料が増えたんだ」
「元々が少ないくらいなんだぞ? 優秀過ぎるジャミルを従者なんて立場に置いてるんだし」
「……お前は……ほんとにもう…………」
「あっはっは、照れてやんの。でも事実は事実だ」


 それは正当な評価だった。アジーム家の麒麟児たるカリムの突拍子も無い閃きと、その恐ろしいまでの行動力の所為で後手に回りがちだが、ジャミルの才能はカリムに勝るとも劣らない。頭の回転ではカリムに軍配が上がるが、知識面ではジャミルの方がカリムを圧倒している。
 従者という立場に押し込められているのが可笑しな程、ジャミルは優秀なのだ。しかし、そのぐらい優秀でなければカリムに付いていけないし、カリムを守ることも出来ない。ジャミルからすれば、もっともっと己を鍛えねばカリムを守れないと必死なのである。


「お前の期待を裏切らないよう、頑張るよ」
「根を詰め過ぎても駄目だからな。お前は人を使うのもうまいんだから、誰かに任せられるものは任せろ」
「信用できる奴が少な過ぎるんだ。下手に任せてお前が傷つく羽目になったらどうする」


 嫌になる程カリムの敵は多い。完全な味方を数えた方が早いんじゃないかと思う程だ。家にも外にも敵ばかりなのによくやってるよな、なんてジャミルは思っている。誰を恨んで蹴落とすでもなく、向上心だけを持ち続けるなんて並大抵じゃ出来ないだろう。


「兎も角。資金は確保できたんだから、今度は宴のコンセプトを決めよう。俺の方で大まかには考えた」
「流石だなぁ、ジャミル」
「お前が資金繰りをするのなら、俺が計画を立てておかないといつまで経っても実行できないだろ」


 子供の心を掴むというのなら、1番は楽しいかどうか、だ。ついでに大人も楽しめれば御の字である。
 なので、ジャミルは先ず見た目で楽しめる様に安価のパレードを計画した。アジーム家で飼われている動物を使えばいいし、カリムが溜め込んでいる商品にならなかった織物を使えば予算は安くて済む。育てた花での染色が納得いかない! と言って積み上げられた織物のいい再利用だろう。まだ許可は得てないが、己に甘いカリムなのでそこは心配していなかった。
 次は料理だが、これは衛生的にも食べ易さ的にもサモーサーが1番いいだろう、とジャミルは紙に書き出していた。サモーサーとは、じゃがいもや羊のひき肉他色々な食材を茹でて潰し、スパイスで味付けをしたタネを小麦の皮で包んで揚げる伝統的な軽食だ。一つ一つが小さい為、大量生産せねばならないが、慣れれば案外すぐに作れる。
 ……一応自分の好物なので、ジャミルはカレーも候補にして紙に書いてみたものの、目ざとくその文字を見つけたカリムが親の仇とでも言いたげな目付きで塗りつぶしていた。カレーは敵である。


「パレードもなんとかなるし、料理も決まってる。後は他に出し物とか決めなきゃだな」
「お前の魔法を使うか? この前変なことして遊んでたろ」
「見てたのか! でも、まだアレ上手くできないんだ」


 ジャミルの言う変な事とは氷像の作成である。魔法で作った氷を、これまた氷で削って彫刻を作り上げるのだ。魔法の制御の練習になるんじゃないか、とカリムが思いつきでやり始めた事だが、これがまた非常に難しかった。風魔法が強すぎれば氷が壊れてしまうし、弱ければそもそも氷が削れない。しかも時間を掛けていると氷が溶けてしまう。
 さらに言えばセンスが無いと美しい氷像など作れないので、カリムの思い付きの鍛錬は全く上手くいってなかった。残念なことだがカリムに美的センスはあれど、モノを創り出す才能はなかったのだ。そんな状態のものを出し物として見せれば、顰蹙ものである。


「じゃあやっぱり無難に音楽隊を呼んでダンスか」
「ん。……音楽隊もいいけど、俺たちで演奏するのはどうだ?」
「……俺たち? 2人でって……ああ、魔法も使って演奏するのか……。いや、流石に厳しいだろう」


 ナーイは自分で吹かなきゃだけど、カーヌーンとかの弦楽器だったら魔法で演奏できるだろ、なんてカリムは事もなげに言い放った。……確かに譜面を完璧に覚え、魔法を展開すれば演奏は出来るものの、並大抵では無い集中力が必要になる。カリムの護衛に意識を裂きつつ演奏するのは、流石のジャミルでも辛い。
 だが、カリムの言いたい事もよく分かる。たった2人で様々な楽器を演奏して音楽を創り出す様は、人々の心を強く捕らえるだろう。カリムの目的である心象を良くする……つまり人気を得るのに丁度良い。


「……カリムはよく弟達に魔法で演奏してやってるから慣れてるけど、俺は慣れてないからな。自分でナーイを吹いて、カーヌーンを魔法で演奏するので手一杯になる」
「よしきた。じゃあ俺はダラブッカを叩いて、ウードとケマンチェを演奏するぜ」
「そう言うとこは器用だよな、お前」


 魔法で違う楽器を2つ演奏した上で、自分の手でも演奏する。細かい魔法の制御が得意なカリムは難なくできるが、頭のいいジャミルですら演奏中に混乱してしまうだろう。こういう細かい所がカリムの尊敬できる所なんだよな、とはジャミル談。
 演奏についても決まった事だし、お次は曲目だ。熱砂の国の伝統的な音楽は外せないとして、他の曲も"カリム"という付加価値を付けたいとジャミルは考えていた。この宴が成功した暁には、他の富豪達も真似をしだす事は目に見えている。そうすれば、金にモノを言わせた規模の宴を行う奴も出てくる筈だ。
 そうすればいくら稼いでいるとはいえ、カリム1人の財産では太刀打ちできなくなる。だからと言ってアジーム家の金を使えば、カリムの功績では無くなってしまうのだ。それでは目的が達成できない。


「マジカメとかで流行ってる曲をアレンジするか? 下町の連中は知らない曲だろうけど、体を動かしやすい曲にしたらみんな満足するだろ」
「待て、俺が流行りを知らない」
「……えっ?! 知らないのか?! ジャミルが?!?!」
「むしろ俺がどうして流行りを知ってると思ったんだ。お前の為にいつも鍛錬してるんだから、そんな暇はない」
「ダンスのソウルはどうした!!」


 昔は馬鹿みたいにブレイクダンスしてたのに、あの時のお前はどこに行ったんだ……! と珍しくショックを隠しきれない顔でカリムが叫ぶ。おい今俺のこと馬鹿って言ったかお前、と一瞬ジャミルは苛立ったが、確かに馬鹿みたいに踊っていた時期はあったので文句は言えなかった。
 カリムの従者、もとい相棒として彼以上に修練を積んでいるジャミルは、カリムの役に立つことをするのが好きだったので流行りを追う暇がない。それにダンスのソウルは昔流行った曲で燃やしているので、別に最近の曲は知らなくても問題なかったのである。
 カリムもカリムで忙しいが新しいものに興味津々なので、ジャミルにバレぬ様夜更かしをしまくって流行を追っていた。彼は夜更かしするから身長が伸びないのかな、と最近悩んでいるがそれでも夜更かしは辞めない。若いうちの特権なので。


「よし、じゃあ今から何曲か流すからジャミルの好みの曲にするぞ! アレンジは俺がやるから」
「え、いやカリムが決めたのでいいよ」
「下町の奴らに楽しんでもらうのは勿論だけど、折角の宴なんだからジャミルも楽しまないと。カレーは出させないから、その分音楽はお前が好きなのにする」
「…………カレーを出せば良いだけでは……?」
「カレーは許さん」


 カレーはジャミルの仇なので、何がなんでも許さない。絶対にだ。



※※※



 初めて一から全部宴を取り仕切ったので、当日の2人は方々を走り回る羽目になった。まずジャミルの飯が美味すぎたのか、料理の消費速度が異常だったのである。大皿を持って行っても3分ほどで消え去るのだから末恐ろしい。
 主人に料理をさせられるか、なんて甘っちょろい事なんて言ってられない。手先が器用なカリムは適当に教えるだけで要領を掴んでくれるので、大忙しのジャミルにとっては救世主である。暫くの間はカレー弄りをやめてやろう、とジャミルは密かに決意した。


「ジャミル! 飲み物が足りない!!」
「飲み物?! ラッシー大量に作ったろ!」
「全部消えた!」
「な、え、嘘だろ……!!」


 しかし2人とも己の料理の消費スピードを基準として考えていたので、全く供給が間に合わない。育ち盛りの2人は大量にご飯を食べるが、上流階級なので丁寧に食事をしている。なので、頬いっぱいに食べ物を突っ込み飲み物で流しこんで食べるだなんて全く想定していなかった。人間の食べる速度じゃない、と恐怖すら抱いた程である。掃除機かよ。


「俺が貯めてたココナッツ取ってくるな!」
「な、お前また俺に隠れてココナッツジュース飲んでたな?! 待て1人で行くな護衛にニシット連れてけ!」
「おう! でも役に立ったんだからいいだろ」
「おんなじ物ばっかり飲んでたら体に悪い! 隠し持ってるの全部持ってこいよ!」


 やなこった! なんて言いながら魔法の絨毯に飛び乗ったカリムは、途中でニシットを誘拐して屋敷に向かって行った。本当はジャミルがついて行きたいが、今厨房を離れるなんて不可能である。……強面のニシットが一緒にいるし大丈夫なはずだ。
 カリムがどれ程ココナッツを隠し持っているか知らないが、出来るだけストローとスプーンを用意しておいた方がいいだろう、とジャミルは備品をひっくり返す。カリムの事だし馬鹿ほど隠してそうだな……。
 そして案の定、暫くしたら馬鹿みたいな量のココナッツをカリムは持ってきた。どうやら冷蔵庫まるまる一つにココナッツを詰めて、その冷蔵庫を隠していたらしい。お前のココナッツジュースに対するその執着心はなんなんだ。風魔法を使ってココナッツを積んだ籠を浮かせながら厨房に戻ってきたカリムに、ジャミルは呆れて言葉も出ない。……こういう馬鹿な所もカリムの魅力だが、程々にしてほしい。


「ただ飲み物配るだけってのもアレだし、ちょっとした見世物にしようぜ」
「……俺は忙しいんだが?」
「ビリヤニは今炊いてる最中だし、サモーサーの残りも揚げるだけだろ。それはニシット達に任せて、10分ぐらい休憩してからココナッツジュースつくりにいこう。嫌だったら俺1人でやってくるし」
「はあ、嫌じゃないよ。俺もそういうの好きだから」


 楽しい事はジャミルも好きだった。そして、自分の力を披露して称賛を受けるのも同じくらいに好きである。もちろん1番嬉しいのはカリムからの褒め言葉だが。
 ちょっとだけニヤけたジャミルは、部下になったニシット達に簡単な指示を出して椅子に座り込んだ。立ちっぱなしで料理しているといくら鍛えていても疲れる。


「ココナッツジュース出して、演奏して、最後にパレードだな。ブロットとか大丈夫か?」
「今日はそこまで魔法を使ってないし、大丈夫だって」
「でもめちゃくちゃ疲れてるだろ」
「それを言うなら、カリムの方こそ慣れない事して疲れてる筈だ」


 これまで一切ジャミルに厨房に立たせて貰えなかったカリムは、今回が初めての料理体験だった。いくら手先が器用とはいえ、やったことのないことをやり続けるのは疲れるだろう。……本人は至って普通の顔をしているが。
 一個飲もうぜ、なんて言って籠からココナッツを取ったカリムは、手慣れた様子でココナッツを割ってストローを突き刺した。……あの手慣れ具合、本気で毎日の様にココナッツジュース飲んでないか……? ココナッツジュースは体に良いが、それでも毎日飲み続けるのはどうかと思う。ジャミルとて毎日カレーは……いや、飽きないかもしれない。


「もっと人手が必要だな。全然手が回らない」
「……ナーマン辺りに手伝ってもらうか」
「あ、ジャミルが情報買ってる料理屋だっけ? プロを雇えるなら次から楽だろうな」
「ただあいつにも店があるから、絶対に雇えるとは限らない。信用できて雇われてくれそうな料理人の情報を仕入れるよ」


 普段なら甘い物をあまり摂取しないジャミルだが、今は別である。冷蔵庫に突っ込んでいただけあって冷えていて美味しい。
 お前たちも飲んどけよ、なんて言いながらカリムはココナッツをスパスパ割って厨房にいる面子に渡していく。5個ぐらい減ったが、それでもまだ残り50個ぐらいココナッツは残っている。ジャミルに気付かれない様によくぞここまで溜め込んだものだ。


「カリムが投げて俺が切るか、逆にカリムが切るかどっちだ」
「半分半分で両方やろう」
「欲張りだなお前……」


 任せろ! と言いたげに角の飾りを振り回している魔法の絨毯の上にココナッツを積んでいく。しかしいくら魔法の絨毯と言えど、50個も載せられない。乗らなかった分は持ってきた籠に入れたまま抱え上げ、会場に2人で向かう。
 まだ乗せられるよ、と絨毯がアピールしているがそれはスルーした。カリムに似てこの絨毯は押しが強いのである。今も籠を抱えるカリムとジャミルの腕に、ぐるぐると振り回している飾り房をぶつけて遊んでいた。主人にかまって欲しいペットみたいだ。


「後で構ってやるから、って痛い! 髪を引っ張るんじゃない」
「ジャミル全然絨毯と遊んでやってないしなぁ。今日の夜にでも散歩しようか」
「いや流石に疲れ……ッだから! 俺の髪を引っ張るなって!」
「お前の髪長いから引っ張りやすいんだろ」
「痛い痛い痛い……!」



※※※



 魔法の絨毯にココナッツを投げてもらい、剣で実を割るパフォーマンスは大いにウケた。ついでに絨毯の機嫌も治ったのも良い。その後の演奏も盛り上がったし、パレードは子供達の心を掴んだ。色とりどりの淡い布に、原色に染まった動物たちと、カリムのユニーク魔法で降った雨が上がって出来た美しい虹。下町に住う人々にとっては初めて見る極彩色だろう。
 お腹いっぱいに上手い飯を食い、歓喜に踊り、そして最高に楽しいパレードと虹を見る。カリムの思惑通りに、民衆はカリムとジャミルに好意的になった。金持ちの道楽と僻んでも、結局美味いものと楽しいものに勝てる程の妬みではない。


「あー、疲れたけど楽しかったな! ……そういや、国王夫婦来てたの気付いてたか?」
「……えっ」
「ほら、俺が最後にココナッツジュース渡した夫婦いたろ? あれ絶対国王夫婦だった。凄い変装してたけど絶対そう」
「なっ、え……?!」


 魔法の絨毯に約束した通り、カリムとジャミルは夜の散歩に出掛けていた。皆が寝静まった真夜中過ぎ、込み上がってくる眠気を我慢して夜空を旅する。久々の散歩に絨毯もテンションが高くなっている様で、飾り房が荒ぶっていた。
 お前は元気だけど俺たちは疲れ果ててるよ。半分寝ぼけているジャミルは小さく呟く。……けれども、そんなジャミルの眠気はカリムの言葉で華麗に吹き飛んでいった。
 熱砂の国の国王夫婦は非常にフレンドリーだ。親戚であるカリムをずっと気に掛けていて、いつも命を狙われている彼を心底心配してくれている。数少ないカリムの味方と言える存在だった。
 されど国王夫婦である。いくらカリムを気に入っているとはいえ、下町の人間の為に行った宴に現れるか? ジャミルは別の人間にココナッツジュースを渡していたので、件の夫婦の姿を見ていない。己も見ていたら確証が持てたが、本当か……? カリムが見間違うとは思えないけれど。


「あの場で言ったら絶対ジャミル慌てただろ。だから言わなかったんだ」
「ほ、本当に国王夫婦だったのか……?」
「変装してたけど目元とかそのままだったし、手渡した時の声もまんまあの2人だったぜ」
「…………なんでいたんだ……」


 2人が入念に計画していたとはいえ、殆どゲリラ的に行われた宴である。一体どこから情報を仕入れてきたのやら。全く想定していなかった所から殴られた様な衝撃だった。
 変装してお忍びで来ていたのなら、国王夫婦の来訪は表に出すべきではない。いくらジャミルとはいえあの場で気付いていたら動揺していたであろう事は想像に難くないので、ジャミルに即座に伝えなかったカリムの判断は間違っていなかった。


「明日に手紙と御礼の品を送るけど……ジャミルは何が良いと思う?」
「王妃はお前の作ってる化粧品が好きなんだし、新しい化粧品と……あとは……」
「輸入した輝石の国のローズクリスタルとかか?」
「……普通に持ってそうだな」
「そこが問題なんだよ


 相手は国王なので下手なものは渡せないし、そもそも持っているものを渡してどうする。気の良いあの夫妻ならば気持ちだけで嬉しいと言うのは火を見るより明らかだが、それではカリムの面子が立たない。
 滅茶苦茶疲れた1日の終わりになんて難題を持ってきたんだ俺の主人は! とジャミルは頭を掻き毟る。むしろこの問題の為に夜の散歩を決行したなこの男め。絶対にカレーを食べさせてやる。


「ん゙ん゙ん゙……。やっぱりカリムらしいものが良いだろう」
「化粧品と香水と花しかないぞ」
「……家にある金で何か作るか? 錬金術の応用で金属加工って出来たよな」
「あ、それなら書庫のどっかに文献があった気がする」


 国王が持っていない様な希少価値のあるものをカリムは持っていないし、何かを作らせようにも職人自体雇っていない。故に残された選択肢は自作しか無かった。
 徹夜かぁ、と呑気に呟いたカリムの頭にジャミルはチョップを喰らわす。誰かに見られれば不敬だのなんだの言われるだろうが、他ならぬカリムが許しているのだから知ったこっちゃない。呑気な奴め……カリムが悪いわけじゃないが、それはそれとして疲れた俺にこんな難問持ってくるな。


「加工するとして、どんな風にするか……」
「俺たちがどこまで細かく作れるか分かんないし、候補だけ決めとこうぜ」
「簡単なのだったらマンカラ……いや、チェス盤にしよう。そっちの方が見栄えがいい。で、難しいのだったら王宮のミニチュアとかがいいだろう。……カリムには出来そうにないがな」
「はっはっは、俺そういうセンスないしな!」


 器用ではあるものの、カリムは何故か美しい造形のモノを作ることが出来ないタイプの人間だ。化粧品とかも思いつくし作れるのに、容器の装飾とかになると途端に梃子摺る。
 そしてジャミルは器用でなんでも作れるタイプ。必然的にこう言った作業は全部彼の仕事だった。カリムがジャミルのデザインだと大っぴらに宣伝してくれているので、自負心が損なわれる事もないし、カリムの護衛のように気を張らねばならない訳でもない。ジャミルにとって割と好きな仕事だ。
 だからと言って、こんな疲れている時はごめん被りたい訳だが。


「はあああ…………。カリム、あと少し散歩したら帰るぞ」
「おう。……はあ、俺もあの2人が来るって分かってたら、ちゃんと準備したんだけどなぁ」
「誰も予見できないだろ。普通国のトップがあんな宴に顔出すか? しかもお忍びで」
「これ、来年からやるつもりの宴にも来るんじゃないのか」
「…………あー、ありそうだな……」


 それは非常に困る。返礼の品を考えるのも大変だが、何より下町の人間と王族の両方が満足する宴に仕上げなくてはならないのだ。無茶言うんじゃない。カリムもジャミルも宴にだけ全力を注ぐ訳にはいかないのである。
 それだけ2人が期待されている……等とポジティブに考えても良いが、大変なものは大変だ。それにただ仕事が多いというだけじゃない、己が全力を出し切らねばならないのである。何せカリムはいつだって最高のパフォーマンスを求めていた。
 自分の実力を存分に発揮できるとも言えるので、ジャミルに不満は一切無い。カリムの求める高いクオリティの仕事は大変だが、熟すだけで自分の有能さを周囲に示せる。……ただ、本当に大変なだけだった。


「あー、むかつく程綺麗な夜空だな。憎たらしい」
「俺が雨降らせたから空が綺麗になったんだろ」
「お前のせいかカリムめ……」
「うわ、怖い顔」


 最終的に2時ぐらいまで絨毯の上ではしゃいだ後、2人は4時間かけて金のチェス盤を作り上げた。





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