軽音部と

 ある晩の事である。アジーム家の寄付のおかげで寮長でもないのに個人部屋を与えられていたカリムは、課題をこなしながら突然呟く。ジャミルの方は既に終えていたのでストレッチをしていた。


「宴とまではいかないが、ちょっとはしゃぎたい」
「お前いつでもはしゃいでるだろ……。で?」
「軽音部の先輩と仲良くなろっかなって」


 成る程、リリア・ヴァンルージュとケイト・ダイヤモンドか。カリムの言う軽音部の先輩の顔を思い出しながら、ジャミルは頷く。
 リリア・ヴァンルージュは言わずもがな、かの茨の谷の次期後継者のマレウス・ドラコニアのお目付役であるので、仲良くなるに越した事はないだろう。そしてケイト・ダイヤモンドは有名なマジカメヘビーユーザーだ。情報通であるという噂もあるので、こちらも仲良くなっておいた方がいい。
 ……カリムの事だからそれを見越して軽音部に入ったのだろう。ジャミルには好きな部活に入っとけ等と言っていた癖に、自分はコネ作りが出来そうな部活に入るのだからタチが悪い。音楽好きだから、なんて言っていたが十中八九所属している生徒目当てである。運動したいからと素直にバスケ部に入った自分が馬鹿みたいだな、なんてジャミルは思っていた。


「まあ、最近全く宴をしてなかったしな。お前の主催でやるには寮長の許可が必要になるし、結局スカラビア寮長主催になってしまうだろうから、宴そのものは無理だと思うが」
「そうそう。だから俺が持て成すなら宴ほどの規模じゃなくて、お泊まり会にしようと思ってる」
「……お泊まり会するのか?」
「枕投げしようぜ」


 仲良くなろうとしている先輩に枕を投げつけるつもりかお前、とジャミルは突っ込もうと思ったがなんとか言葉を飲み込む。カリムならそれでも仲良くなれそうだな、なんて考えたのである。


※※※


 放課後、軽音部の部室にてカリム、リリア、ケイトの3人は大富豪をしていた。しかし何故か当然の如くカリムが大富豪になり続ける為、既に3人ともやる気は皆無である。


「お主ゲームでも大富豪なのなんとかならんのか?」
「いやぁ、すっごい手加減してるんだぜ? でもそもそも手札がさ」
「カリムくんってば、毎回ジョーカーもスペ3も持ってるよねぇ」
「毎回ちゃんと混ぜて配っておるのに……。お主トランプの神にでも愛されたか?」


 初めの頃はカリムの豪運にリリア達も興奮していたのだが、20回連続となると飽きもくるだろう。大富豪なんてやめじゃ! なんてリリアの鶴の一声で、3人はトランプを放り投げた。
 7並べだったらカリムくんの豪運とか発揮されなかったかなぁ、なんて呟きながらいそいそとトランプを片付けるケイトを尻目に、暇になったリリアは携帯用ゲーム機を取り出す。カリムは完全に観戦に回っているようで、リリアの手元を覗き込みながらこれがFPSか! と目を輝かせていた。
 四六時中勉強や仕事に追われているカリムは、そう言ったゲームに手を出してこなかったのだ。強いていうならスマホの育成ゲームぐらいである。なので、プレイ時間がモノをいうガチガチの対戦ゲーム自体初めて見たのだった。


「これがリリアか? この……ええと“マッスル紅“……?」
「ん? リリアちゃんがマッスルだって?」
「わしはマッスルではないぞ。わしの使うとるPCがマッスルなんじゃ」


 ほれ、このゴリマッチョがわし。そう言うリリアが見せた画面の中央には、真っ赤な装備に身を包んだ僧帽筋などの肩まわりがやけにムキムキしているキャラクター。それがやけに軽快なダンスを踊っており、倒れ伏した敵らしき人型を煽っていた。肉厚な上半身に反し、下半身が妙に貧弱なのが余計に腹立たしい見た目である。


「よくわかんないけど、楽しそうだな。リリア」
「昔からのフレンドだからここまで煽れるんじゃ。逆に昨日はわしが煽られとった」


 そのまま倒れ伏している敵を鷲掴んだ“マッスル紅”は、その敵を肉の盾にして戦場を突っ切っていく。
 その様子を側から見ていたカリムとケイトはえぇ……とドン引きしていた。敵の銃弾に当たったキャラクターの断末魔が憐憫を誘っている。ミドルスクールにでも通っていそうな可愛らしい顔に似合わず、過激なゲームを愉しんでいるリリアは流石茨の谷出身といった所だろうか。妖精族ってやっぱりおっかないんだなぁ、なんてカリムは心に刻み込んだ。ゲームにほとんど触れてこなかったからこそ、そういった戦法があることをカリムは知らないのである。
 と、リリアのゲーム画面を見ながらそんな事を考えていたカリムは、そういえばと手を叩いた。普通に大富豪を楽しんだりしていたせいで、お泊まり会の事が頭から抜けていたのである。


「え? カリムくんのとこでお泊まり会?」
「わしもか?」
「おう。折角残った軽音部のメンバーだし、もうちょっと仲良くなりたいなって思ってさ。2人が空いてる日に泊まりに来いよ」
「いや、どちらかというとお主が1番忙しいじゃろ……」


 軽音部でダラダラした後、夜遅くまで……と言うより徹夜してゲームで遊んでいるリリア。同じく軽音部で適当に時間を潰した後、寮の自室でネットサーフィンをしているケイト。対してカリムは部活の最中でも偶に仕事の電話が掛かってくるし、部活後に教師に許可をもらって商談をしに他国へ行ったりと大忙しである。休日なんてほぼ学園にもいないらしいし。
 どう考えてもカリムの予定に合わせるべきじゃろうに。リリアとケイトはアイコンタクトをして頷き合った。


「学園に入学したてでちょっと忙しかっただけだぞ。今は落ち着いてるし」
「いや、わしらは別に構わんのじゃ。でも……のぅ、ケイト」
「リリアくんの言う通りだよ、カリムくん。折角落ち着いたんなら休まないと」


 この学園に於いて、ジャミルやヴィルの次にカリムの忙しさを知っているのは彼ら2人だ。本人がけろっとしている為疲労具合は分からないが、忙しい事だけは分かっていたので素直に休んで欲しいのである。まあ、実際の所カリムは入学してから朝の鍛錬をしていないせいで、普通に体力が有り余っているので彼らの想像以上に疲れていなかった訳であるが。


「うーん、俺ミドルスクールとか行けてないから、友達とかいないんだよ。もちろん先輩もいないんだよな。だからお泊まり会とかに憧れててさ」
「えっ、カリムくん学校行ってなかったの?!」
「ああ、成る程のぅ。安全性が確保できなんだか」


 リリアの指摘通りである。ナイトレイブンカレッジほどの警備もしっかりしている有名校ならいざ知らず、命を狙われ続けているカリムが通えるようなミドルスクールなど存在していなかった。また、現在はジャミルが護衛も兼ねて一緒に過ごしているが、当時のジャミルは今よりも力が無かったのでカリムを守りぬけると判断されなかったのである。そしてジャミルも同じく従者としての勉強に励んでいたので、ミドルスクールには通っていない。
 そんな訳でカリムには友達……親友のジャミルを除き、そういった存在とは縁が無かった。仲が良いとなれば歳上の商人や、それこそ国王夫婦や弟妹ぐらいなものである。稀に熱砂の国の富豪達が集まるパーティーで同年代の子供と関わるものの、誰もが若くして富を築いたカリムを敵視していたのだ。敵意さえなければカリムも懐に潜り込めただろうが、敵視されれば友達になれるはずもない。
 悲しいかな、この学園に入学して初めてカリムは友達らしい友達ができたのだった。

 一方ジャミルの方は、高頻度で裏町に情報収集に出掛けたりをしていた為、割と友達がいる。


「って事は、部活とかも初めてなんだ……」
「そうかそうか、ならばお泊まり会をしよう! 名目上は合宿はどうじゃ? 部活っぽいぞ」
「リリアちゃん冴えてる♪ 良いねぇ、合宿」
「合宿ってあの合宿か?」


 合宿とは、同じ目的の学習などを一ヶ所の宿舎に寝泊りしながら一定期間行うものだ。……軽音部で合宿? いつも適当に遊んでいるだけなのに? ……いや、名目上は合宿だけどお泊まり会、とリリアが言っていたからこれはつまりお泊まり会をするって事だな。
 突如乗り気になってくれた2人に驚いて目を瞬かせながらも、カリムはニヤリと口端を吊り上げた。確かにコネ目当てというのもあるが、カリムが先ほど2人に語ってみせた理由もあながち嘘ではないのだ。謀略があれど面白そうな人間と仲良くなれるなら、それに越した事はない。
 カリムは日程はいつでも空けられる様に、近頃はあえて融通の利きやすい予定を詰めていた。リリアとケイトの予定が合えばいつだってお泊まり会を決行する気である。


「俺が言い出したんだし、スカラビア寮の俺の部屋で合宿という名のお泊まり会をしよう。父上が学園長に金を大量に渡したからか、1人部屋なんだ。一応ジャミルの部屋とも繋がってるから広いし」
「それって賄賂だよね……?! オレたちに言ってよかったの?」
「流石大富豪のアジーム家じゃな。スカラビアの大改装もお主の実家が手を回したそうじゃし」


 本当に純粋な財力でアジーム家に勝る存在は、この学園にはいない。王族でもないのに王族よりも金を持っているのだから、アジーム家は手に負えない存在であった。何せ、国の名を背負っているわけではない。親戚に王族はいるが、アジーム家は大富豪の商人という括りに入るのだ。
 つまりは、王族よりも自由にその莫大な富を使える。それによりアジーム家は影響力を高めて、現在の"世界に名だたる大富豪"の地位にまで上り詰めたのだ。学園の寄付も端金だろうし、圧力だって軽くかけた事は想像に難くない。

 自分の力で貿易をして富を築いている最中のカリムからすれば、邪魔にしかならない行為だった。折角アジーム家ではなく"カリム"としての交渉をしたいのに、学園にアジームの影響があると知れれば意味がない。だからこそ、己との交渉がアジーム家との交渉に流れたらどうしてくれるんだ、と慌てて入学以降精力的に仕事をこなしていた訳である。


「一応合宿って事にするし、軽音部らしく演奏ぐらいはする?」
「あ、熱砂の国の伝統楽器とか触ってみるか? 結構楽しいぞ」
「そういえば伝統楽器が得意と言っておったの。ならばカリムの所の楽器を触りつつ、わしおすすめのゲームもしよう! 対戦ゲームじゃ。あとホラゲ」
「いいねいいね♪ じゃあオレは何持っていこうかなぁ。……そうだ、スケボーにしよっと」


※※※


 改めて見るとえらく濃い面子だな、と己の主人を含めた軽音部のメンバーを見てジャミルは思った。リリアが持ってきたホラーゲームを3人がプレイしているのだが、三者三様に非常に煩い。爆笑するリリア、カリムにしがみ付いて絶叫しているケイト、単純にテンションの高いカリム。防音魔法を使っているからいいものの、使っていなければ近所迷惑だ。
 お泊まり会だから徹夜しようぜ、なんて馬鹿な事を言っていたカリムの為にわざわざ夜食を作ってきたジャミルは、あまりの騒々しさに顔を顰める。夜中の3時を過ぎてるのに元気すぎだろう。


「あっジャミル」
「夜食だ。腹減ってるだろ」
「わ、ジャミルくん気が利くー! ねぇねぇ写真撮っていい?」
「何やら香ばしい匂いがすると思えば……美味そうじゃの」


 胃にもたれるものを夜中に食べるのは良くないし、片手で摘めるものが良いだろう。そう考えたジャミルは何種類かのディップを用意して、プレーンクラッカーをあるだけ持ってきたのだ。
 3人ともお腹が空いていたのか、ゲームを即座に中断してわらわらとジャミルの元へと集まってくる。美味しそうだのマジカメ映えだの言いながらも床に座り込んでパクパクとクラッカーを消費していく姿に、ジャミルはもう少し重い料理の方が良かったかもしれないと思い始めた。


「ありがとう、ジャミルくん。今日部活だったんでしょ? 疲れてない?」
「少し前まで仮眠してたので大丈夫ですよ」
「カリムは毎日これを食っとるのか……羨ましい……」
「一応交代制で作ってるけど、まあそうだな。あ、そうだジャミルもゲームするか? 明日休みだろ」


 カリムの手で無遠慮に口に突っ込まれたクラッカーを咀嚼しながら、名目上これは軽音部の合宿だった筈では……とジャミルは首を傾げる。俺が混ざっても良いのだろうか。
 しかしまあそこは流石ノリの良い軽音部というべきか、生粋のコミュ強集団と言うべきか。リリアがテレビの前のクッションを叩いてジャミルを呼び寄せ、カリムがその隣を陣取ってジャミルにコントローラーを手渡し、ケイトはその後ろから身を縮ませてテレビの画面を覗き込んでいる。完全に包囲網が敷かれてしまった。逃走ルートが一切無い。
 テレビゲームとか今までした事がないジャミルは、コントローラーを手渡されたは良いもののどうすれば良いかわからずカリムを見つめた。おい笑ってるんじゃない。


「真ん中の方にセレクトボタンがあるじゃろ。そうそう、それを押せば止まってる画面が動き始めて、左のスティックで移動、強めに押せば走れるんじゃ」


 ゲーム廃人のリリアの説明を受けながら、ジャミルは画面上で銃を構えるキャラクターを動かしていく。彼は大体のことはすぐ覚えられるので、10分もすればアクションも卒なくこなせる様になっていた。初めてなのに凄い凄いとカリム達に褒められて、いつも以上に気合を入れて覚えたのもある。ジャミル・バイパーは、褒められると伸びるタイプの男なのであった。

 足音を忍ばせるキャラクターの元へと、窓と突き破ってモンスターが襲いかかってくるが、危なげなく回避。そのままジャミルは銃で頭に一発、足にも一発銃弾を打ち込む。そして動かなくなったことを確認してから落ちているアイテムを拾い、再度慎重に先へと進んでいった。初心者には見えぬ冷静なプレイングである。
 なお、この一連の動作の間ケイトが叫びまくっていたので、ジャミルの鼓膜は死にかけていた。


「まっっ、まってジャミルくん! 絶対そこにボスいるよ?! だめだってもう少し装備を充実させよう?! 死んじゃう! 死んじゃうから! まって!!」
「いや、ジャミルなら余裕じゃろ。残弾もあるし」
「ジャミル上手いなぁ。これだったらリリアの言ってた縛りプレイってのも出来そうだよな」
「だめ! オレが怖いからだめ! 行かないでジャミルくんーー!!」
「じゃあ入るぞ」


 入んないでってば! などと絶叫しているケイトを無視して、拾った鍵で開錠した薄暗い部屋に入ったキャラクターを、いきなり巨大なモンスターが襲いかかる。皮がなく筋肉の繊維が見えていて非常に気持ち悪い色合いだ。てらてらとテカっているのも、気持ち悪さに拍車を駆けている。カリムとジャミルはなんとも言えぬ唸り声を上げ、ケイトは絹を裂くような悲鳴を上げた。……リリアだけはケラケラと笑っている。怖いとは思わないが色と形と動きが嫌いだな、とジャミルは思いながら部屋に転がり込んで敵から逃げていった。
 どうやらこの敵は図体に似合ったスピードしか出せないらしい。走って距離を離し、振り返って射撃するのを繰り返すだけで倒せそうだ。と、思っていたのだが急にモンスターの動作が変わる。……第二形態だとかそんなのか? と思ったジャミルは念の為に、モンスターから今まで以上に距離をとった。
 すると突如としてモンスターの腕が伸びて、先程までキャラクターが立っていた場所を横薙ぎにしたのである。


「きっ気持ち悪い! 何あの腕っ!」
「初見でよく避けられたのぅ。やるなお主」
「急に右肩を震わせていたから、何かあるんじゃないかと思ったんだ」
「よく見てるなぁ。あとケイトは喉大丈夫か? 水あるぞ」
「うん……水飲もうかな……」


 スピードは変わらないものの遠距離攻撃を使う様になった敵に、攻撃を当てるのが難しくなっていく。立ち止まって振り返れば、そこを伸びた腕が横薙ぎにしていくのである。攻撃を見極めてタイミングよく回避行動をして、攻撃後の硬直時間に攻撃を加える以外に方法はない。
 仕方なく回避して銃弾を打ち込む事を続けていたジャミルだが、ふと思い付いたかの様に手に持っていた銃を放り投げ、代わりにナイフを構えた。リロードの際の硬直時間が面倒だから、ナイフで倒せば良くないかと思ったのである。


「なっナイフ縛り……じゃと……?!」
「ナイフだけ?! いやいやあぶな……危ない! 攻撃当たっちゃうよジャミルくん!」
「澄ました顔してるけど実はめちゃくちゃ楽しんでるな、お前」
「正直凄く楽しい」


 カチャカチャとボタンをタイミングよく押し、敵の予備動作を見て回避。そのまま彼は流れる様に付かず離れずの距離で攻撃を与え続ける。右肩の筋繊維が痙攣している、つまりは1秒後右の横薙ぎ、左の打ち下ろし、両腕で一回転。その後硬直時間があるから、その隙に飛び上がって頭部に攻撃。距離をとって、牽制の腕払いにタイミングよくナイフを振るってダメージを重ねた。今度は左肘の筋繊維が蠢いているから、突きがくる。前転して突きを回避しつつ、懐に潜り込んで脚の腱に一刺し。画面をガン見しながら、ジャミルは敵の体力を着実に削っていく。
 そして遂に、ボスを倒した事でイベントムービーが流れ始める。やったー! とジャミル以上にケイトが大喜びし、そのままのテンションで記念撮影へ。背景にステージクリアのリザルトを写し、カリム達4人の写真にハッシュタグをいくつか付けて流れる様にマジカメへと投稿していた。現在夜中の4時である。


「うわ、見てみてカリムくん! スコアが総合Aだって! 初めてなのにこれはやばいでしょ。写真撮っとこ」
「タイムがCであとは殆どSランクだな。ナイフでちまちま削って時間掛かったからAランクなんじゃないか?」
「いやぁ、後半だけとはいえナイフでAランクは凄いのぅ。お主他のゲームもせんか?」
「初めてやってみたんだが、テレビゲームって面白いんだな……」


 以降、定期的に軽音部withジャミルの合宿inスカラビアのゲーム大会は定期的に開催される事となった。軽音部というよりむしろゲーム部みたいである。


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