シルバーと

「……まさかカリムも補習なのか?」
「ん? いや、俺は単にクルーウェル先生に薬学の応用を教えてもらうために来ただけだぜ」
「そ、そうか……」


 あのカリムに限ってあり得ないものの、よもや彼も補習仲間かと一縷の希望に顔を輝かせたシルバーだが、あっさりとしたカリムの返答に少しだけしょんぼりとした。突然眠りに落ちてしまうシルバーは、継続して調合する必要のある錬金術の授業と致命的に相性が悪い。魔法史などの座学ならば、授業で眠ってしまって聞けなかったところはあとで復習すればいい。実技であっても、飛行術ならば運動が得意なシルバーにとっては簡単にこなせていた。しかし錬金術はそう上手くいかない。どれだけ眠るまいと気合を入れても、どうしても眠ってしまって調合が最後まで出来ないのだ。
 突然眠くなる理由も分からないため、防ごうにも防げない。故にシルバーの錬金術の成績は壊滅的だった。一応錬金術の授業の担当であるクルーウェルも、シルバーのやる気だけは認めているのでこうして態々彼に補習を行ってくれている。……と、言っても、大抵魔法薬などの調合をシルバーにさせるくらいだった。座学部分は自力でしろというわけである。


「シルバーは補習か……。何をするんだ?」
「植物の毒に対する解毒薬を作れと言われた」
「ああ、解毒薬か。先生来るまで時間ありそうだし、分からないところがあれば聞いてくれて構わないぞ」


 見た目……というより普段の生活態度から考えると意外だが、カリムは成績優秀である。いつだってクラスや学年の輪の中心におり、従者のジャミルとテンポの良い軽口を言い合う。どちらかといえばいつも馬鹿をやっている方だったカリムとジャミルは、けれどもつい先日の期末試験で2人揃って全教科満点をとっていた。他にも満点を取っていた生徒が2人居たとはいえ、学年1位だ。
 やる気はあるものの、眠りに振り回されているシルバーにとっては羨ましい限りである。彼の敬愛するマレウスの護衛として示しが付かない、とも言えた。何せ同じく仕える主人がいるという立場であるジャミルも学年1位の1人。多少なりとも対抗意識を持っていたシルバーだが、学力という点では大きく負けてしまっている。その分武力では負ける気はないと思っているが、ジャミルの飛行術での動きを見るに彼の身体能力は相当なものだ。……このままでは負け越しである。別に勝負しているわけではないものの、負けた気になるのは面白くない。


「大雑把に植物の毒って言ってたけど、限定的な……それこそトリカブト用だとかは言われていないのか?」
「植物に含まれている毒を解毒できる魔法薬を、と言われたんだ。だから範囲が広くてどうしようかと」


 クルーウェル先生も意地悪な問題を出すな、とカリムは苦笑いした。恐らく課題としては、物凄く簡単な解毒薬を完成させるだけで合格できるだろう。態々難しい魔法薬を作らずとも、ケシの実がみせる幻覚症状を抑える程度の解毒薬だって、先生の言う"植物に含まれている毒を解毒できる魔法薬"なわけだ。しかしまあ、その程度の魔法薬を提出すれば合格はしても評価は最低だろう。ケシの実なんて黒山羊のツノと芥子を粉々にして飲むだけで解毒できるので。
 高評価を貰うならば難易度の高い解毒薬が必要だ。けれど難しいものを作ろうとして失敗してしまえば、課題が合格にならない。正確に自分の実力を把握していなければこの課題は高評価を得られない仕組みなのだ。シルバーもそれが分かっていたので、どうしたものかと頭を悩ませていた訳である。
 彼は馬鹿ではないので難しい魔法薬を作ろうと思えば作れる筈。……眠りさえしなければ。


「どんな解毒薬を作るつもりなんだ?」
「ジャガイモの芽の解毒薬にしようかと思っている」
「……そ、それは流石に簡単過ぎないか?」
「でも、それぐらいでなければ俺は眠ってしまうかもしれない……」


 ジャガイモの芽……ソラニンの解毒薬なんて、材料を細かく砕いて15分ぐらい混ぜ続ければできるお手軽魔法薬である。ケシの実の解毒薬よりマシかもしれないが、正直五十歩百歩だ。評価が低くなるのは避けては通れないだろう。
 折角休みの日を潰してまで補習しに来ているのに、それは流石に無いんじゃないか。口には出さないものの、カリムはちょっとだけ呆れていた。


「クルーウェル先生を待ってるだけってのも退屈だし、俺もちょっとは手伝うよ。だから、もっと難易度が高いのにしようぜ? その代わりできた解毒薬を少しだけ分けてくれればいい」
「……? 解毒薬なんて必要なのか?」
「ああ、今でも偶にジャミルが作ってくれた飯に毒を入れようとする馬鹿がいるんだ。だから念の為にな」
「……カリムも大変なんだな」


 あと、主人の命が狙われてまくっているジャミルも大変そうだ。人に仕えるという同じ立場にいるシルバーには、ジャミルの心労がよく分かった。
 それはそれとして、成績優秀者であるカリムに課題を手伝ってもらえるというのなら、少しの解毒薬なんて安いものである。カリムの手伝いがあれば、2種類の毒草に効く解毒薬……2つの解毒薬の成分が相殺しあわない様に気をつけて調合せねばならないものでも作れるだろう。


「材料は教室に置いてある分しか使っちゃダメだって?」
「いや、学園内にあるものなら使っていいと言っていた」
「うーん、成る程なぁ。滅茶苦茶難しい魔法薬か、ちょっと難しい魔法薬。どっちがいい?」
「いっそ無茶苦茶難しい方がいい」
「よしわかった! じゃあまず植物園に行って材料取りにいこう」


※※※


「待て。俺がいる必要はあるか……?」
「ガオケレナを使って解毒薬を作ろうと思ってさ。高難易度の解毒薬だし、ジャミルがいた方がいいだろ」
「がおが……?」
「ガオケレナだ。成る程、それなら俺もいた方がいいな」


 ガオケレナとは一体……? カリムが呼び出したせいですっ飛んできたジャミルも知っている様なので、知らないのはシルバーのみである。有名な材料なのだろうか、とシルバーは首を傾げた。


「ガオケレナってのはヴォウルカシャに生えてる白い巨木だぜ。なんでこの学園の植物園に生えてるか知らないけど、癒しの効果があるから万能薬に近いものが出来るんだ。先輩に生えてるって聞いたときはマジで驚いた」
「ヴォウルカシャというのは分からないが……そうか、万能薬か。それははすごいな」
「その分工程が複雑だが、俺とカリムがいるしなんとかなるだろう」
「本当に助かる。ジャガイモの芽の解毒薬なんて正直にいうと提出したくなかったんだ」
「……そんな物を提出するつもりだったのか。道理でカリムが手伝うなんて言う訳だ」


 一般的な解毒薬は毒の成分に対して作用し、引き起こされた症状を打ち消す類いのものだ。けれどガオケレナ……癒しの木の王と呼ばれる巨木を使った解毒薬は、体に起きた異変そのものを癒すものである。故に、どんな成分の毒であろうとも“症状”を治す為、万能薬と言える効果を齎すのだ。
 そんな万能薬があるのならば一般的に流通していても可笑しくはないのだが、ガオケレナが自生している場所が場所なのでガオケレナ自体世間に知られていなかった。何せヴォウルカシャと呼ばれる荒れ狂った広い海の中心に生えており、たどり着くだけで一苦労なのである。それにガオケレナの葉を採集してから短時間で調合しなければならない為、そんな手間しか掛からない薬を流通させるなら、よくある材料で数多の解毒薬を売った方がマシだ。
 極稀に市場にガオケレナの解毒薬が出回っているが、材料の採集やヴォウルカシャの渡航にかかった費用などのせいでバカみたいな値段だった。流石のカリムも解毒薬に出すには渋る値段だったので、その値段は推して知れるだろう。
 しかしまあ、今回ほぼ元手なしで解毒薬を作れそうなのでカリムもジャミルもホクホク顔だ。誰がこんなとこにガオケレナを植えたか知らないがよくやってくれた。


「しかし、万能薬か……。先生に提出する分を少し減らして、俺も所持しておこう」
「マレウスに何かあった時に使う用か?」
「ああ。……それに、親父殿の料理を食べる時に役に立つかもしれない」
「料理を食べる時って……劇物じゃあるまいし」
「いいやジャミル、あれは劇物だ。食べ物じゃない」


 顔を若干青くして首を横に振るシルバーを見て、カリムとジャミルは顔を見合わせる。金持ちのカリムとその従者のジャミルなので、2人は本気で不味い料理という物を口にしたことが無かった。毒が入っているでもないのに食べられない料理って逆にすごいな、なんて寧ろ感心する始末である。


「兎も角だ、そのガオケレナ? 以外になんの材料が必要なんだ。手分けして探した方がいいだろう」
「植物園で取れる材料ならクチナシの実とナンテンの根、後はリンドウの花だな」
「……じゃあ俺は植物園にない材料を取ってくる。クルーウェル先生に言ったら用意してくれるだろうし」
「任せたぜー、ジャミル!」


 ひらひらを手を振って職員室に向かうジャミルを見送り、シルバーとカリムは植物園に足を向けた。俺の課題なのに2人の方がやる気に溢れているなぁ、なんてシルバーはぼんやりと思う。実際2人は万能薬が欲しくて堪らないのでやる気満々だ。
 そんなこんなで植物園に着いた2人は、一緒に材料を採集した。初めは別々の方が効率がいいと思われたのだが、カリムと離れた瞬間にシルバーが立って眠り始めたので一緒に行動している。こんなに唐突に眠ってしまうのは、いっそ呪いとかじゃないのか? なんてカリムは思ったが、口に出すのは憚れた。下手に突いて蛇を出す気は無いのである。


「リンドウの花は色鮮やかな方がいいのか?」
「あー、花が開ききってない方がいいな。シルバーの右側に生えてるやつとか」
「これか、わかった」


 2人並んで、プチプチと花を摘み取っていく。こんな花が解毒薬になるのだから、錬金術は本当に奥が深い。先人は一体何を思ってこの花を材料に、魔法薬などを作ろうとしたんだろうか、なんてうつらうつらと船を漕ぎながらシルバーは考える。
 大体、よく動物の臓物なんか煮込んだものを飲もうなんて考えたんだ。どう考えたって体に悪いだろう。若干寝ぼけて、カリムに体を引っ張られつつもシルバーはぽやぽやとそんな事を考えていた。


「おーい、シルバー?」
「……大丈夫だ」
「あっちに辛子生えてるし、それ食って目覚ますか?」
「大丈夫だ。寝てない」
「いや、寝てたぞ……」


 首を横に振って寝てないアピールをシルバーはしているが、カリムからすればどう見たって寝ていた。……今度眠気覚ましの薬でも送ってやるか。リンドウの生えていた寒冷ゾーンから温帯ゾーンまでシルバーを引っ張ってやり、今度はクチナシを採集しながらカリムはそう決意した。
 都度都度カリムがシルバーを揺すって起こしてやり、採集する材料の注意点を丁寧に教えていく。シルバーの課題なのでカリムだけが分かっていても意味がないのである。
 クチナシの実は基本的に赤みが強い方が効能が高いのだが、今回作る解毒薬では緑色が残っている未熟な実を使わなければならない。実が熟していては何故か効能が半減してしまうのだ。未だに理由は分かっていないのだが、実の赤色がガオケレナの解毒薬に良くないのでは、というのが主流の説である。
 ナンテンの根の場合は、根の先の方が必要だった。根の先端成長点と根冠がガオケレナの効能を高めるらしい。茎の成長点でもいいらしいのだが、そっちだと出来上がった解毒薬が滅茶苦茶不味くなるので、根が使えない場合の代用である。


「大体分かったか?」
「ああ、なんとなくは覚えられた。調合を終えたらノートにメモしておく」
「……調合方法が書いてある本のコピーを後で渡すな」
「ありがとう、カリム。それにしても良くそんなに細かなところまで覚えているな。教科書には載ってないんだろう?」
「いっつも毒盛られてたし、解毒薬が作れないと死ぬしかなかったしな。命が掛かってるから色んな文献を読み漁って、片っ端から製造法を覚えたんだ。当然ジャミルも解毒薬を作るのは上手いぞ」


 カリムが説明している最中にやっと目が覚めてきたらしいシルバーは、至極真面目そうな顔で彼の話を聞いていた。うーん、益々シルバーの生態が分からない。一度リリアに失礼にならない程度に聞いてみるか、とカリムは決心した。同じ軽音部に所属しているので多少は快く答えてくれるだろう。
 うんうんと納得したカリムは、シルバーを伴って植物園の中心部……ガオケレナの生えている場所へと足を向ける。途中で扶桑樹を見つけたときはシルバーと揃って二度見をしてしまった。流石のシルバーだって扶桑樹は知っている。
 彼の親父殿……リリアがあまりにも歳をとらないので、一時期シルバーはリリアが若返りの薬を服用していると思い込んでいた。その時にいつか俺が親父殿の薬を作るのだ! と意気込んで若返りの薬の生成方法を調べていたのだが、その時に書いてあった材料が扶桑樹だったのである。東方の国の伝説の樹だと書いてあったのでシルバーは諦めたのだが、どうしてそんなものがこの植物園に生えているんだ。


「なあ、たぶんなんだけどさ」
「……ああ」
「俺たちが気付いてないだけで、この植物園って結構やばいんじゃないのか」
「……だいぶやばいのが生えてるんだろうな……」


 さっさと出ようぜこんな所。カリムの言葉に一も二もなくシルバーは頷いて、さっさとガオケレナの葉を採集した。


※※※


 カリムとシルバーが錬金術の教室に戻ると、ジャミルとクルーウェル先生が待ち構えていた。先生の方は若干テンションが高い様に伺える。


「子犬」
「はい」
「アルアジームとバイパーが手伝うとはいえ、ガオケレナの解毒薬を作れた暁には追加点をやろう。アルアジームとバイパーにもだ」
「えっマジか先生!」
「カリム、言葉遣い」


 一年の補習でガオケレナの解毒薬を作ろうなんて馬鹿者を、クルーウェルは今まで見たことが無かった。そもそも一年でガオケレナの存在を知っている方が珍しいのである。なのでクルーウェルは珍しくワクワクしていた。
 後は調合を間違えると爆発する可能性がある為、監視の目的もある。シルバーのことだから簡単な調合だろうと思っていたのに、ジャミルが現れて高難易度の調合をするなんて聞いてすっ飛んできたのだ。


「一つ間違えれば爆発すら起こる。だからまずは調合の工程の確認だ。アルアジームとバイパー、答えられるな?」
「先ず、大釜の底に火焔石を敷き詰める。その上から精製水を石が浸かるぐらい入れて、火にかけながらサラマンダーの血を2リットル混ぜていくだろ?」
「で、水温が65度になったところで一度火を止めて、氷雨の涙を温度が36度になるまで少しずつ混ぜる。この時は右回転で混ぜなければならない、ですよね先生」
「正解だバイパー」


 何言ってるんだろうこの2人は。嬉々として呪文のように調合方法を答えていくカリムとジャミルを、シルバーは戦慄しながら見つめる。初めの方はシルバーもなんとか覚えようと聞いていたのだが、まだまだこんなもんじゃないぞ、と60以上の工程を喋り通しているので彼は数えるのすら辞めてしまった。本当になんでこの2人はこんなものを覚えているんだ。
 人魚の鱗だとか一角獣の尻尾だとか、非常にたくさんの材料が羅列されていく。途中途中に43度だとか89度とか中途半端な水温が指定されているが、40度じゃだめなのか? 90度もだめなのか? シルバーの頭の中は疑問符だらけだ。全く以って意味がわからない。


「Good boy! よろしい、全て正解だ。……シルバーの方は、最初は辛うじて理解していた様だが……まあ仕方ないだろう」
「よっしゃー、じゃあ作るか!」
「寝るなよシルバー」
「大丈夫だ」
「安心しろ。今日は眠るたびにこの俺が直々に起こしてやる」


 なお、無事に解毒薬は完成したがシルバーは5回クルーウェルに叩き起こされた。


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