且緩々

 いつも頑張ってて偉いねえ、なんて近所のお節介焼きなオバサンにスイパラの無料チケットを渡されたらしい。俺が自宅に帰ってくるなり、頬を赤くして目を輝かせた津美紀が俺の脚に抱きついてそう言ってきたもんだから、少し驚いた。近所付き合いなんざ回覧板を回すぐらいで、町内会とかやってるのかすら知らねえのに。世話焼きなやつにとって、シングルファザーは格好の餌食なんだろうか。マ、貰えるもんは貰っとくけどよ。

「日にちはいつまでだって?」
「えーとね、二六にちってかいてあるよ」
「へぇ。ちょっとチケット見せてみ」
「はぁい」

 チケットを受け取り、そのまま足元の津美紀を抱え上げる。引き取った時より随分とでかくなったし遠慮もしなくなったが、まだ細い。適当に扱えば折れちまいそうで、いつも気を遣わなきゃなんねえからさっさとでかくなんねえかな。これは恵に関しても言える事だ。俺の力が強すぎて加減しようにも中々できねえ。……天与呪縛ってマジで鬱陶しいな。

「五枚……五人分か。絶妙過ぎねえか、この数……ぜってえあまりもんだろ。……あー、天内と黒井でも呼ぶかね」
「りこちゃんとみさとちゃん?」
「そーそ、理子ちゃんと美里ちゃん。呼ぶの嫌か?」
「ううん、わたしみんなといきたい!」

 星漿体じゃなくなって自由を謳歌している天内は、結構な頻度で黒井を伴ってウチに現れる。自分を俺に護衛させていた事により俺の息子や娘が危ない目にあった事を、相当気にしているらしかった。……実際は恵が狙われるであろうと分かった上で、敢えて隙を作っておいて拐わせたんだ。あいつが気に病む必要は無えが、それを馬鹿正直に言えばぎゃーぎゃー言われるのは分かりきっている。だから好きなようにさせてたんだが、思いの外天内は津美紀と仲良くなっていた。
 一〇近く歳の差があるのによく仲良くなれたな、とは思うが、娘に友人が出来るのは素直に喜ばしい。呪術云々を理解している人間であるのも歓迎できる。……その反面、恵は同性の友人が居ねえみてえなのがなんとも言えねえが。呪霊が見える同年代のダチ、って中々見つかんねえもんだしな。一般出身の夏油も、高専に入学するまで中々気の許せる人間は居なかったらしいし。

「俺の休みが二三日だし、そこで行くか。他なんかしてえ事ある?」
「えっとね、あのね、めぐみがえいがみたいって言ってたよ」
「映画か……。いま何やってんだっけなァ」

 適当にCMで見た映画の名前を挙げていくが、津美紀も記憶があやふやであるらしい。結局何の映画か分からないまま、恵がいるであろう部屋に突入する。すると、俺たちの会話を聞いていたらしい恵が、映画のフライヤーを頭の上に掲げて待ち構えていた。いつの間に広告持って帰ってたんだ。心なしか得意気な顔をしている恵が若干腹立たしい。

「それ三って書いてあるじゃねえか」
「おやじがいないときにロードショーでまえのやつみた」
「あ、わたしもみた。おもしろかったよね、めぐみ」
「うん」

 ケッ、俺だけ仲間はずれかよ。恵に見せびらかされた広告を手に取り、軽く内容を確認する。アメコミを映画化したそれは、数年ぶりの続編らしい。見たことはないが、結構な有名作の続編だしハズレではないだろう。これなら天内とかも楽しんで見れそうだなァ。
 そう思いながら抱えていた津美紀を降ろして胡座をかいて、そのまま俺は黒井へと電話を掛けた。善は急げって言うだろ。それに明後日の予定だから早めに聞いた方がいい。

「パパ、りこちゃんにおでんわ?」
「黒井サンにお電話してる」
「みさとちゃん!」

 なんて言ってる間に恵は俺の背中をよじ登り、津美紀は首にぶら下がりながらきゃらきゃらと笑っている。こいつら元気だな……。はしゃいでる二人の声をBGMに、電話に出た黒井に誘いの言葉を掛けた。チケット余ってるしスイパラ行って映画見ませんか、と。
 しかし残念な事に、どうやらその日天内は学校の友人の家に泊まりで遊びに行くらしい。電話の向こうから聞こえてくる黒井と天内の声はしょんぼりとしているが、既に予定があるんなら仕方ねえ。直近の予定を急に決めたこっちが悪いんだし、と名残惜し気にしている彼女らに謝罪を入れて電話を切った。結構落ち込んでたからまた別の機会に二人を誘うとして、残ってるチケットはどうしたもんかねぇ。

「津美紀、理子ちゃんと美里ちゃん来れねえってよ」
「そっかぁ……。めぐみはだれかいっしょにいきたいひといる?」
「いない。さんにんでいけばいいだろ」
「でもこれ五にんぶんだよ」

 どうしようかなあ、と顔を突き合わせて話すガキ共に少し頬が緩む。それと同時に、いまこの場に嫁が居ねえのが心底悔やまれた。あいつがいれば完璧だったのになァ。死んでから数年経ってるが、未だに立ち直れる気がしねえし、なんなら一生立ち直らなくてもいい気がしてきた。
 指折り友人の名前を挙げて、でも違うなぁと言っている津美紀に対し、やっぱり恵はダチの名前すら出てこない。……ボッチ極めてんだろうか。

「パパぁ、おもいつかない」
「おやじのしりあいはいないのか?」
「んー、俺の知り合いね……」

 スイパラに行くような奴が俺の知り合いにいる訳無えんだよな。どいつもこいつも厳つい奴らばっかだし。そもそもパッと見がカタギじゃねえんだわ。っつーわけで、結局三人で行くことにした。


 ※※※


「映画面白かったか?」
「かっこよかった」
「つよかったね!」

 二時間半もガキが大人しく席に座って、映画を見るのは難しいんじゃねえかと思っていたが、案外、津美紀も恵も集中力を途切れさせる事なく、食い入る様にスクリーンを見つめていた。二人ともイイコだし然もありなん。前作と前々作を見ていない俺でもまあまあ楽しめたから、シリーズを見たことのある二人は想像以上に楽しめたらしい。興奮気味に俺のズボンを引っ張りながら、あのシーンが良かっただのヒーローがカッコ良かっただのと言っている。
 ……今度どっかでDVDでも借りようかね。

「パパもつよいからおそらとべる?」
「パパは飛べねえよ」
「おやじならとべるとおもう」
「無茶言うなや」

 飛行じゃなく、跳躍ならまあワンチャンあるかもしれねえが、術式も無えのに飛べるかよ。ガキ共のキラキラした目と期待が重たすぎる。だってパパもむきむきだよ、とよく分からねえ理屈で俺が飛べると力説しだした津美紀に追従する様に、恵もつたないながらも理屈を捏ね始めた。やめろ、周りの奴らが微笑ましそうに見てるからマジでやめてくれ。俺は飛べねえ。

「じゃあパパはおめめからビームだせる?」
「出せねえな」
「すごいパンチは?」
「あそこまでのパンチは無理だ」

 地面にヒビを入れる程度ならまだしも地割れは無理。と言うか、こいつらは一体俺に何を求めてんだ。交互にやいのやいのと、終いにはズボンどころか脚にしがみ付いて力説しだしてきて、歩き辛えったらありゃしねえ。
 転けたりすりゃ他人の迷惑になるし、とひっつき虫の二人を抱え上げる。そうしたら、やっぱりパパ強い、と津美紀がきゃらきゃらと笑い声を上げた。恵も満足そうな顔だ。……まじでかわいいなァ、こいつら。

「やっぱりおやじのほうがつよい」
「いつかパパもおそらとべるよ」

 首元に抱きついて満足そうにしている二人に、野暮なツッコミはやめる事にした。一応俺は宇宙人じゃなく人間だから、空は飛べねえしビームは出せねえんだよなァ。そのまま物販コーナーへ向かい、ステッカーやら何やらを二人に買い与える。途中で津美紀が揃いの物が欲しいと言ったので、映画のロゴのキーホルダーを四つ買った。俺とガキ二人のと、嫁のとで四つ。
 会計を終えた後、また二人を抱えて本日の主目的であるスイーツパラダイスへと足を進めた。津美紀が買ったそばからキーホルダーをパスケースに付けているのとは対照的に、恵はどこにつけるか悩んでいるらしい。鍵とかでいいと思うが。

「おやじはどこにつけるんだ」
「俺は車の鍵に付ける」
「めぐみもおうちのカギにつけたら?」
「……なくしたくないから、かばんにつける」

 家の鍵を無くす予定でもあんのか、と突っ込みたいのは我慢した。……いじらしい、ってのはこういうのを言うんだろう。かわいい奴らめ。俺が抱えている腕の上、小さい手でキーホルダーを鞄につけようと四苦八苦している恵を、津美紀がこれまた小さい手で手伝っている。んで、付け終われば嬉しそうに俺を見上げてきた。
 成長すればする程、恵は俺に似てねえなって心底思う。それに、津美紀を引き取ったのもいい判断だった、とも。若干刺々しくなりかけてた恵がこの通り、ただのかわいいガキになった。津美紀の方も、母親に良い扱いをされていなかった頃から比べると、随分と表情が豊かになったし、わがままも増えたし。

「ねえ、パパのもいまつけていい?」
「カギくれ」
「へいへい。鍵取るから、恵は首に掴まれるか?」
「ん」

 右腕の恵を、津美紀を抱えている左腕に動かして、二人まとめて抱え上げる。恵は精一杯の力で俺に首にしがみ付いているらしいが、ちっとも苦しくねえな。むしろ力弱くねえか。
 そのままポケットに突っ込んでいた鍵を取り出して、恵を抱え直した。

「……おかしい」
「急にどうしたよ」
「おやじはおれたちとおんなじのたべてるのに、ムキムキなのはおかしい。おれももっとムキムキになるはず」
「たしかに!やっぱりパパはヒーローなんだよ」
「違え」
「ほんとはそらとべるのか……?」

 飛べねえっつってんだろ。あまりにも神妙な顔でそんな事を言うもんだから、思わず吹き出しちまった。そしたら俺に笑われた事が気に食わねえらしい恵に、頬をさっき手渡したカギで刺される。全然痛くねえんだよな、これが。
 結局、津美紀に叱られて若干落ち込みながら、恵は俺のカギにキーホルダーをつけた。さっきよかましだがやはり悪戦苦闘していて、見ていて癒される。非力なのを見ると、なんでこんなに穏やかな気持ちになるんだろうな。

「できた」
「ありがとな」
「ん」

 人もまばらになってるし、さっきみてえに俺の足にしがみつく事もねえだろう。そう思って二人を地面に下ろす。まだ抱っこして欲しかったのか津美紀が膨れ面になるが、手を繋いでやれば機嫌が戻った。かわいい奴め。
 目的地であるスイパラまで、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと寄り道をしながら向かっていく。途中、公園で一通り遊んだら流石に腹が減ったのか、二人とも元気に俺の手を引っ張りだした。……残念だが逆方向なんだよなァ。こっちだ、と目的地の方へと俺が手を引っ張ってやると、津美紀も恵も憤然とした顔になったのがマジで面白え。

「ついた?」
「あとちょっと」
「パパ、けーきいっぱいたべていい?!」
「おーおー。好きなだけ食え」

 エレベーターに乗り込んで、目的の階に着けばすぐにスイパラの入り口だ。無料券用意しとかねえとな、と財布を取り出しながらエレベーターから降りて、アッと目を見開く。

「あ、先生じゃん」
「ゲエッ、おっさんかよ」
「……どうも、伏黒先生」

 スイパラに似合わぬ風貌の男二人と女一人。家入と五条と夏油の問題児三人衆が勢揃いしていた。……コイツらスイパラとか来るタイプなのか……。
 わー似合わねーなんてケラケラ笑っている家入とは対照的に、五条と夏油は顰めっ面だ。こっちも顰めっ面してえ気分だわ。何が悲しくて家族と過ごしてる時に、生徒に会わなきゃなんねえんだよ。
 俺の気分が大いに盛り下がった事に気付いたのか、足元の津美紀がズボンを掴んで俺の背後に隠れた。それを見倣ってか恵も三人から隠れる様に俺にしがみ付く。

「先生の子ども?かわいいね」
「まーな。にしても、おまえらもスイパラ似合わねえな」
「五条がどーしてもスイパラ行きたいっていうからさ」
「あっ硝子何言ってんだよ!!」
「事実だろ。悟が来たいって盛大に駄々こねたんだし。そもそも私も硝子も甘いの得意じゃないよ」

 ガキ共に興味があるのか、俺の足元でしゃがみ込んだ家入が二人に手を振る。津美紀の方は控えめに手を振り返したが、恵は俺のズボンに顔を突っ込んだままだ。……緊張してんのか?

「私、家入硝子。よろしく」
「えっと、ふしぐろつみきです。よろしくね、しょうこちゃん」
「わぁ……かわいい。そっちの君は?」
「…………ふしぐろめぐみ」
「よろしく、恵くん」

 津美紀が前に出ると、珍しく目を輝かせた家入が可愛いを連呼し始めた。相手が悪い奴ではないと理解したのか、恵も恐る恐る家入の方へと体を向ける。その動作もお眼鏡にかなったのか、家入の顔が綻んだ。珍しいなマジで。子ども好きなんだろうか。
 そんな紅一点の様子なんてなんのその、男二人は互いの足を踏みながら盛大に罵り合っていた。なんでいつも仲良いのにどうでも良い事で喧嘩しだすんだ、コイツら。
 他人の迷惑になるからやめとけと注意すれば、ケッと言いたげに顔を歪めた二人は大人しくなる。……マ、ある意味素直なんだよなァ。

「なんで休日までおっさんの面見なきゃなんねえ訳?しかもクリソツのガキもセットで」
「悟が来たいって言ったんだろ」
「あ゛?」
「喧嘩すんなっつったよな話聞いてんのか」

 津美紀と恵を家入に任せ、また罵り合いを始めようとしたクソガキ共の首根っこを掴み上げる。屈辱的な格好が恥ずかしい様で、さっきよりも即座に二人とも大人しくなったが……。まあ、高校生らしいっちゃらしいから歓迎すべき馬鹿さだろう。

「今日は何してたの?」
「えっとね、えいがみたよ。あとこれかってもらったの」
「うん。かぞくでおそろい」
「お揃いかぁ、よかったね。……先生、良いパパしてんじゃん」
「ウッセ」

 家入の優しげな雰囲気に絆されたのか、最初は警戒していた恵と津美紀がさっき買ったキーホルダーを彼女に見せていた。騙されんなコイツもタバコ吸ってる不良娘だぞ。
 五条と夏油は、今はもう何を言っても喧嘩になるだろうとやっと悟ったのか、家入の後ろに立って無言でガキを観察していた。威圧感がやべえだろうからやめてくんねえかな。恵はまだしも、津美紀が怯えんだろうが。
 結局、ちらちらと硝子の後ろの二人を見た津美紀は、怖くなったのか俺の背後に逆戻り。恵はぶすっとした顔で、津美紀を庇うように俺の足元に寄ってきた。
 ……あ、そういやコイツらって三人か。

「なに津美紀ちゃん怖がらせてんの?蹴るぞ」
「イッテェ、もう蹴ってんじゃねーか」
「ごめんごめん」
「夏油はもっと誠意を込めろ」

 振り返るなり、即座に五条と夏油の脛を思い切り蹴り上げた家入は、津美紀と恵に向き直ってできるだけ優しい声で謝った。後ろのクソガキ二人は家入の態度に驚いている様で、目を見開いている。
 タバコ吸ってるしガラも悪いが、家入もカワイイモノに目がねえ普通の女子高生って事なんだろうな。

「そうだ、家入」
「え、なに……って、うわ、タダ券じゃん」
「余ってる分やるよ」

 そう言って、無料券を三枚渡す。まあ五枚しか無えから余ってんのは二枚だが、ガキンチョ共に二枚だけ渡すってのもどうかと思うし。俺の分を自腹で払おうがダメージを受ける程度の稼ぎでも無え。
 タダ券だァ!と湧いてる三人衆を放置し、足元の津美紀と恵を促して受付へ向かう。あー、腹減った。


 ※※※


「おなかいっぱい」
「パパ、わたしもおなかいっぱい」
「ええ……全然食ってねえじゃねえか……」

 バイキング開始二〇分足らずでガキ共は腹一杯になったらしい。机の上には食い切れてねえケーキやら唐揚げやらが並んでいる。食えそうな分だけ取れって言ったら自信満々な顔で取ってきたのに、結局食い切れてねえじゃねえか。
 ……とりあえず残ってるモン処理しねえと。恵の皿の上にある唐揚げとパスタを食いながら、津美紀のケーキも回収する。俺としちゃまだまだ食えるが、このままバイキングの時間が終わるまで食ってたら二人とも寝落ちしちまいそうだ。朝からはしゃいでたし、映画も見て公園で遊んで。どうせすぐに体力の限界が来るだろう。
 あとちょっとだけ食ったら帰るか。

「飲みもんいるか?」
「メロンソーダがいいなぁ」
「おれコーラ」
「あいよ。大人しく待っとけ」

 適当にパスタだのカレーだのを皿に盛り付け、一旦席に戻ってから再度ドリンクバーへ向かう。すると、丁度ドリンクバーでやべえ飲みもんを錬成している夏油とかち合った。マジで馬鹿だなこいつ。
 ぱっと見コーヒーにしか見えねえが、メロンソーダを突っ込んでたのは見えた。……五条に飲ませるんだろうか。

「夏油」
「……はい、あの、ちゃんと飲ませますので……」
「コーヒーとカルピスの組み合わせは最悪だ。フレッシュ入れりゃ見た目誤魔化せるぞ」
「わかりましたカルピス混ぜます」

 俺の言葉に滅茶苦茶いい笑顔で返事した夏油は、意気揚々と謎の飲み物にカルピスとコーヒーフレッシュを混ぜてミルクコーヒーらしき何かを作りあげた。俺も昔やられた事あるが、コーヒーとカルピスは絶望的に味が合わねえ。味の方向性が違いすぎるのだ。苦味と酸味と甘さがてんでバラバラな為、最早何味かすら分からねえ代物になる。あの日ほど自分の鋭すぎる感覚を憎んだことはねえ。
 悟の反応をビデオで撮りますね、とやべえ飲み物片手に上機嫌に言ってのけた夏油は颯爽と席に戻って行った。俺もガキ共の飲み物注いだし、と自席へ戻ると、俺のカレーを頬張っている恵と目が合った。津美紀は津美紀で、ちまちまと唐揚げを食っている。

「……腹一杯なんじゃねえのかよ」
「おいしそうだったから……」
「からあげおいしかったよ」
「あんま食いすぎると腹壊れるからやめとけ」

 炭酸渡さねえ方がよかったかな、絶対腹膨らんで動けなくなるだろ。皿とスプーンを恵から取り上げて、一気にカレーを頬張った。食うんだったらもうちょっと時間経ってからにすりゃいいのにな、なんてガキ共に言っても分かる筈がねえか。
 そのまま、ガキ共が飲みもんを飲むスピードに合わせながら、皿の上を片付けていく。もうそろそろこいつらの電池が切れそうだし、帰るのに丁度いい時間になるだろう。
 そんな風に考えていると、案の定恵の方がうとうとし始めた。映画を一番楽しみにしてはしゃぎ回ってたし、そりゃそうなるわな。折角の家族団欒だからと、どうにか顰めっ面になりながら起きていようと頑張っているが、まあ普通に耐えることは無理だ。我慢の限界で机に突っ伏した恵を抱え上げ、残りわずかなメロンソーダを飲んでいる津美紀に目をやる。

「まだケーキ食べるか?」
「んーん。いっぱいたべたからもうはいらないよ」
「そうか。じゃあ、ちょっと休憩してから店出るぞ」
「はぁい」

 恵が寝こけちまったからか、少しだけ声を小さくした津美紀は、今日は楽しかったよと俺に告げた。

「パパ、あのね」
「ん?」
「わたしのパパになってくれてありがと」
「……。おまえも俺の娘になってくれてありがとな、津美紀」
「えへへ……」

 耳障りのいい上辺だけの言葉じゃなく、本気でそう思ってるよ。
 若干恥ずかしそうに笑う津美紀の頭を撫でて、そろそろ帰るかと声をかける。眠ってしまった恵を片手で抱え、もう片方で津美紀と手を繋いだ。俺の手のひらの四分の一もねえぐれえちっせえの。

「あれ、先生もう帰んの?」
「チビがおねむなんでな。おまえら、あんまはしゃぎすぎて店に迷惑かけんなよ」
「大丈夫。今二人とも死んでるから」

 店を出ようとする直前、家入に話しかけられてそっちの方を伺うと、五条と夏油がテーブルに突っ伏して死んでいた。その付近には例のミルクコーヒーらしき何かが入っているコップ。あー、夏油のやつ五条に飲まされたのか自分で飲んだのか分かんねえが、アレ飲んだのか。馬鹿だな。
 呪霊操術でゲロ玉飲んでるから不味いのに慣れてそうだが、アレは別のベクトルの不味さで無理だったのだろう。それか、覚悟してた以上に不味くて死んでるか。家入はそんな二人を写真に収めた後、我関せずとパスタを食っている。全員が全員我が道を行ってんな……。

「じゃあまた学校で、先生。津美紀ちゃんもまたね」
「またね、しょうこちゃん」

 また、っつっても会う機会無えと思うんだが。津美紀は非術師だし。そんな風に俺は思っていたから、思いの外津美紀を気に入ったらしい家入が五条と夏油を引き連れて家に突撃してきた時は、流石に度肝が抜かれた。行動力の化身かコイツ。



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