且緩々

 現在の俺の装備はその辺に落ちてた木の棒。ちょうどいい太さで握りやすいし、長さも太刀ぐらいに折ったから使いやすい優れものだ。んで、対するクソガキ一号こと五条悟の手にはいつも格納庫呪霊に突っ込んでいるバカ高え刀。斬れ味が抜群で重宝してるやつ。

「む、ムカつく……!ぜってえ一太刀入れるからな!」
「まずは満足に刀振れるようになってから言え」
「それは!おっさんが!俺の攻撃の出を全部潰してっからだろ!」

 五条が刀を振ろうとするたびに刀の柄や手や腕の関節を木の棒で突き、強制的に刀を振るという動作をキャンセルさせまくる。何度もそれを繰り返した結果、最終的にキイイと地団駄を踏んだ五条が刀を地面に放り投げ、それを見た夏油が絶叫した。
 もともと一般家庭出身の夏油は値段が億単位の呪具を見慣れてねえからか、滅茶苦茶慎重に俺が渡した呪具を扱っている。故に呪具を地面に投げ捨てる、なんて扱いをした五条に瞬間的にブチギレてて普通に爆笑した。俺の授業時間のはずだったんだが、五条と夏油が殴り合いの喧嘩を開始しちまった所為でどうしようもねえ。しゃーないし、この学年の紅一点である家入硝子に手解きでもしてやるかな、と彼女と向き合った。

「一応一本ぐらいなら普通にナイフ投げれる様になったんだっけか」
「うん」
「じゃあ同時に投げれる数を増やそうか。あと利き腕じゃない方でも出来る様になりゃ尚のこといい」
「近接は覚えなくていいの?」
「それは追々な」

 あっちの木に投げてみ、と指さした方に素直にナイフを投げる家入を見て、罵り合っているクソガキ一号二号の方に目線をやって。もう一度家入を見てからため息を吐いた。二人とも負けず嫌いだしマジでガキでしかねえ。多分うちの恵のがまだ大人だぞ。
 若干、的に設定した木が遠かったからか、家入の放ったナイフは木の手前の地面に突き刺さる。んー、微調整すりゃ届くようになるか。投げる時の姿勢とナイフの持ち方、手放すタイミングとか色々変えてやってもう一回ナイフを投げさせてみた。そしたら木の幹に深々とナイフが突き刺さる。お、筋がいいじゃねえか。

「ねえ伏黒先生、このナイフやけに鋭くない?」
「どっかの国の特殊部隊が使ってるっつー奴と同じナイフだし、そりゃ斬れ味いいぞ」
「……どっからそういうの集めてるの……」
「ヒ・ミ・ツ」

 呆れたような顔で俺を見上げる家入にニヤリと笑いかけ、そのまま、背後から俺の首元に手を伸ばしてきていた五条の腕を引っ掴んで投げ飛ばす。滅茶苦茶悔しそうな顔のまま飛んでいった五条を鼻で笑い、流れのままにしゃがみ込んでゆっくり近付いてきてた夏油に足払い。こっちもこっちでげぇって面だ。おもろい。

「五条は力の流し方をちゃんと覚えろ。無下限呪術に頼ってばっかじゃ前の二の舞になっても知らねーぞ」
「うっせー分かってる」
「夏油はそもそも近接は得意だしまだマシだ。が、無駄と癖が多いから気にしとけ」
「……はい」

 足払いですっ転んだ夏油が立ち上がった所で、ちょいちょいと手招きして目の前に立たせる。五条も不機嫌そうな顔を隠さないまま戻ってきた。さて、こいつらに教え込むのは何が良いだろうか。見た感じ相手の動きを見る眼がいいしなぁ。無難に合気道とか良さそうだけど、他のもアリだ。

「余裕そうだし、また掛かり稽古するか?」
「え゛っ……ぜっっっったい嫌」
「今からは流石にちょっと……」

 俺の言葉に二人が盛大に顔を歪ませた。絶対やりたくねーって面だ。が、んなもん関係ねえ。こいつらをボコボコに出来るうちに叩いておいた方が後々役に立つだろ。

「最初と同じで二人一緒に呪力なしで五分間全力で掛かってこい。ただし、攻撃が一秒途切れた時と、地面に転がされてからも一秒以内に復帰出来なかった時はその都度一分追加な」
「復帰三秒にしねえ?」
「じゃあ五条だけ〇.五秒」
「何で短くすんだよ、アンタ馬鹿だろ」

 俺としては別に簡単な稽古なんだが、元から強すぎる五条と夏油にとっては中々辛いものがあるらしい。全力で攻撃し続けるという部分は兎も角として、どうにも転がされた後の復帰に慣れてねえ。二人ともセンスがあるから、今まで己より生身で強い人間にかち合った事が無え様で、ある意味打たれ弱いと言ってもいいか。だからやりたくねえんだろうが、知ったこっちゃねえ。気の抜けた声でよーい始め、と俺が言うと文句を言いつつも二人で突っ込んできた。
 俺の顔面に何故か恨みがあるらしい五条は、手足で執拗に顔を狙ってくる。んで、夏油の方は好き勝手やってる五条に合わせてフェイントやら入れつつ、死角から拳を叩き込もうとしていた。それを適当にいなして、顔を蹴り上げようとしていた五条の右足が伸び切った所で足首を掴み、軸にしていた左足を足払い。そのまま、ゲエ、と顔を歪めた五条を夏油目掛けて投げつけた。
 あ、夏油の鳩尾に五条の頭がぶち当たってら。すっげえ咳き込んでる。

「お、〇.五秒経ったし一分追加な」
「ハァ?!嘘だろ!さっきの冗談じゃなかったのかよ……!」
「悟、出来るだけ転がされるなよ!」
「分かってる!おっさんの馬鹿野郎」
「先生って呼んだら時間伸ばしてやろうか」
「センセ、時間伸ばしてッ」
「キッショ」
「しねクソ教師」

 なんて五条を揶揄ってふざけてると、今度は夏油が突っ込んできた。五条よか肉弾戦の機会が多いからか多少は慣れてるものの、それでもまだまだ練度が足りてねえ。んー。折角だし、今までの相手がやった事の無えであろうやり方で転がしてやるか。思い立ったら即行動っつー訳で、殴りかかってきた拳を逸らし、俺が腕に手を伸ばした所でヤベエって顔付きになった夏油が、転がされねえ様に踏ん張ったのを見てニヤニヤと笑う。残念ながら不正解なんだよなァ。
 腕ではなく肩に手を置いて押し込む様に、夏油の力の源や重心を動かす様に力を込めた。そうすりゃ、力の向きが変わっちまって立っていられなくなった夏油がストンと地面に倒れ込む。ようは膝カックンのすげえバージョンだ。あんまりにもあっさり自分が崩れ落ちてしまった事に驚いたクソガキ二号は、キョトンとした顔で俺を見上げていた。面白すぎるわ。

「はい、一分追加」
「あ゛っ」
「傑ゥーーーッ!バッカオマエバカ!」
「五条も転がしてやるよ、ほれ」

 一秒以内に攻撃をしなければまた時間が増えてしまう、と拳を伸ばしてきた五条の肘を掴んで、こっちも重心をずらしてすっ転がす。背中から地面に倒れた五条も驚いた顔で俺を見上げたが、即座に顔を引き攣らせながら立ち上がった。ギリ〇.五秒内か、つまんね。
 そうしている間に立ち上がっていた夏油が死角から殴ろうとしてるし、今度は足を引っ掛けて転がす。五条に対しては振り向きざまに蹴りを避けて背中を押してやれば、笑えるぐらいにすっ飛んでいった。

「よーし、二分追加な」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「その避け方やめてくださ、い゛っ?!」
「オラオラ、対策しねえと転がるばっかだぞ」

 対策もクソも無えじゃん!とぎゃんぎゃん吠える五条をぽいぽい投げ、夏油の方は足を引っ掛けたり肩を押したりしてぶち転がしていく。いやー愉快愉快。どうすれば転がされずに済むのか、と頭を働かせて俺に触れられない様に頑張ったりしてるが、そうすると足元が留守になりがちだ。そん時は軽く蹴っ飛ばせば転けるので楽なもんである。対策を練ろうとすれば攻撃が疎かになって時間が延びて。しかし、ただがむしゃらに攻撃すれば地面に転がされ、徐々に復帰に時間が掛かる様になって稽古の時間が延びる。どんどんドツボに嵌っていく二人の必死の形相と言ったら。
 あ、家入ナイフ投げの練習をサボってんじゃねえか。そう思ってチラリと家入の様子を伺ってみると、地面をゴロゴロしてる五条と夏油を携帯電話で録画してるから許す事にした。あとでデータ貰って一生コイツらを弄ってやろ。そうやって二人を転がしまくった結果、授業終わりまで時間が延び続けた。

「こ、この鬼教師め……」
「……あー、地面が冷たくて気持ちいい……動きたくない……」

 立ち上がる気力すら無えのか、五条と夏油はグラウンドに寝っ転がっている。戦い慣れているが滅多に転がされないのと、多少継戦能力に不安が残る感じか。まあ、順当に体力をつけていけば問題なさそうだが。
 そうやって色々と考えている間に時間は過ぎていくが、こいつらはまだ地面と友達のままだ。別の学年が次の授業でグラウンドを使うらしいし、こいつらを地面に置いておくのは邪魔でしかない。……仕方ねえな。
 長い手足を投げ出している二人を両脇に抱えて、更衣室までの道を歩く。突然抱えられた事に対してうごうごと抵抗しているが、んなもん無視だ無視。俺に降ろす気がないと気付くと、二人共文句を言いつつも多少は大人しくなった。隙あらば逃げようとしてっけど。
 そうして歩いていると、一人だけさっさと着替えを終えた家入が二人を待ち構えていた。そして、クソガキ共がアッと間抜けな声を出す前にシャッターが切られる。

「この写真歌姫先輩に送っちゃお」
「硝子、それだけはやめろ」
「欲しいもの買ってあげるから。ね?」
「煙草一カートン」
「教師の前で法律違反しようとはいい度胸だな」

 家入の言葉でジタバタと再度暴れ始めた五条と夏油だが、抱えている腕に力を込めて胴体を絞めれば呻き声を上げるだけになった。五条の方は尚も中指を立てて挑発してきたので、もう少し強目に絞める事にする。

「……本当に力強いですね、先生」
「そーいう天与呪縛だからなァ」
「ゴリラだろ」
「てめえの口は失言しか吐かねえのか?学習しろや」
「うぐぇ」

 ギブアップと言いたげに腕をタップされるが、死にはしねえんだし良いだろ。最後にもう少しだけ五条に力を込めて絞めた後、次は夜蛾の授業だし遅れんじゃねえぞとだけ言い放って二人を更衣室に放り込んだ。


 ※※※


「おい、伏黒」
「俺は悪くねえぞ。ヘボいそいつらが悪い」

 メールで夜蛾に呼び出された俺が教室に向かうと、教卓の真ん前で机に突っ伏しながら寝こける五条と夏油の姿。割とガチ寝じゃねえか。反面、家入は普通に起きて俺に手を振る余裕があるらしい。……まあ、家入にはナイフ投げさせただけだし、後半は二人の黒歴史撮影係になってたしな。

「もう少し緩い内容にしてやれ」
「鍛えんならキツイぐらいじゃねえと意味ねえよ。それにこいつらに必要なのは最高値を上げる事じゃなく、最低値を上げることだし」
「……はーい、伏黒先生。どう言う意味ですか」

 首を傾げながら、家入が挙手をして俺に尋ねる。答えてやってもいいが、今は夜蛾が授業してるし俺が出しゃばんのもなァ。そう思って夜蛾の方に目を向けると、あいつもなんだかんだいって俺の言葉の意味が知りたいらしい。さっさと話せと言わんばかりの目線に促され、口を開いた。

「体調とか精神状態も高水準で安定してる時に、いつも以上のパフォーマンスが出来るのはある意味当たり前だろ。そういう時にこそ黒閃だの一二〇%の力が出たりする。だが、その逆はどうだ?」
「体調が悪い時って事?」
「具体的に言うなら戦闘が長引いた時とかな。体力とかが万全な時のパフォーマンスよか、戦闘が長引いて体力気力が減った時のパフォーマンスはどうあがいても下がる。これは仕方ねえ事だ」
「成る程、だから最低値を上げる……絶不調の時にもある程度のパフォーマンスになる様、慣れさせるのか」

 そーゆー事だ。呪霊も呪詛師も時と場合を選ぶことはない。俺たちの都合なんざ一切考えちゃくれねえんだ。だから、最低値を上げる。体力も尽き、精神状態が悪い状況であっても最低でも八〇%程度の力を出せるように。
 五条が盤星教の刺客に撃たれた時、寝不足かつ術式を回し続けた影響であいつは不調だった。だからこそああやって無様を晒したんだが、あの時もし普段の八割の力を出せる様に鍛えていたら、結果は変わっていただろう。あの程度の雑魚が五条悟の八割に勝る筈がねえんだ。夏油の方だって、不調じゃなけりゃ五条が撃たれた後に反応も出来てただろう。だが、実際は出来なかった。不調だったから死にました、なんて最高に無様だろ。だから、そうならない為に鍛えるっつー訳。
 それに、天内が死なず夏油が決定的な敗北を経験していない事がどんなバタフライエフェクトを起こすか分かったもんじゃねえ。鍛えまくって戦力を整えて損はない筈だ。

「意外と色々考えてるんだね、伏黒先生」
「見た目に似合わず真面目に考えてるんだな……」
「家入は兎も角として夜蛾は失礼だろうが」
「いや、案外まともで驚いてるんだ。すまんな」
「ひっで」

 俺のこと何だと思ってんだ。倫理観が生えた伏黒甚爾だぞ。まともに決まってるわ。

「だが、毎度この調子だと通常の座学や任務にも影響が出る。どうするつもりだ?」
「やり過ぎは禁物だし、ここまで苛めんのは週一ぐらいにしようと思ってる。慣れてきたら週二にするが」
「分かった。お前のやり方に合わせてカリキュラムを変えよう」
 俺と夜蛾と家入の話し声によって目が覚めたらしい夏油が、話の内容に顔を顰めている。嫌な顔したって止めてやんねーからな。未だに寝ぼけている様子の夏油にデコピンをかまし、強制的に覚醒させる。五条の方にはゲンコツをお見舞いすると、ガコンという鈍い音と共に呻き声が上がり、痛みで混乱してか大慌てで机を蹴っ飛ばしながら立ち上がった。
 耳を突き刺すけたたましい音が教室に響き、俺たちの呆れた目が五条に突き刺さる。当の本人は立ち上がった時に脛をぶつけたのか悶絶していた。

「俺悪くねえじゃん!」
「授業中に寝るのが悪いよ、悟」
「ハァ?傑だって寝てただろ」
「私は途中自分で起きたからノーカン」
「うっぜえ」
「どっちもアウトだよバーカ。夜蛾に怒られとけ」

 結局、二人とも騒ぐ元気があるのなら補習も受けられるよな、と夜蛾に教育的指導受けていた。



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