結果自然成

 二〇時〇八分渋谷マークシティレストランアベニュー入り口(“帳”外)──禪院班

「あ?なんでお前がここに居んだよ」
「嫌やわァ、真希ちゃん。禪院の次期当主の俺がこういう一大事に出張らんと、な?」
「……へえ。そいつは珍しいこった」

 ニヤニヤと嗤う己が従兄弟を一瞥した真希は、しかしすぐに彼から目線を外す。従兄弟……禪院直哉の性格は本家で暮らしていた時期のある真希の知る所であるし、現在は京都で暮らす真依からも色々と聞いていた。
 彼は当主である直毘人並みとは言わずとも、禪院の中でも特に厄介な男だ。何も考えずに真希を見下せばいいのに、彼はこちらの実力を把握した言動をとる。その点、他の禪院のバカ共よりよっぽどやり辛い。
 ただ、真依の事は普通に格下の術師と看做している様で、それを理解していれば多少は話ができる、と真依は真希に伝えていた。妹が順調に強かになってきていて、素直に喜んでいいものやら……というのが最近の真希の悩みである。

「甚爾君はおらんの?」
「ちょうど海外出張でロサンゼルスだってよ」
「タイミング悪ぅ。こういう時こそ甚爾君の出番やないの」
「甚爾さんの代わりに私が暴れりゃいいだろ」
「俺より遅い真希ちゃんが甚爾君の代わりになるわけないやろ。寝言は寝て言いや」

 直哉の言葉に、真希は思わず他所へとやっていた目線を彼に戻した。直哉は心底理解できない、と言いたげな顔で真希を見ている。

「後付けの呪具ありきで縛りを強化した真希ちゃんと、天然物の甚爾君が同等なわけあらへん。後を継ぐなんて息巻いとるけど、現実見たらどうや?」
「……お前の方こそ、クソジジィより随分と遅いだろうが」
「俺の速さは年々増しとるけど?ずぅっと遅い真希ちゃんと違って」

 鋭い目つきになる真希と、ケラケラと笑う直哉。その側で事の詳細を伝える為に控えていた補助監督は、うーん修羅場、と胃を押さえていた。早く誰か応援にきてほしい。出来れば七海一級術師。などと補助監督は心の中で思っているが、現実は非常である。
 現れたのは、禪院家現当主の禪院直毘人だった。

「ブッハッハ、どんぐりの背比べか?」
「あ゛?俺と誰がどんぐりやて?」
「喧嘩売ってんのかクソジジィ」

 直毘人の発した言葉に、直哉と真希の顔に青筋が立つ。双方共に相手と一緒にされるのだけは御免被りたいのだ。ギロリと直毘人を睨み付け、その後に互いに睨み合った彼らは、ケッと言って顔を逸らした。血の繋がりを感じられるシンクロ具合である。
 そんな二人の様子を、直毘人はニヤニヤしながら眺めた。次の当主になるのは自分だと言って憚らない程には強く、術式を十全に扱う才能もある禪院直哉。十種影法術を持つ伏黒恵。そして、当主になろうと画策している二代目のフィジカルモンスター。当主になる気のない伏黒恵は別として、互いが互いを意識しあって強さに貪欲になっている現状は、直毘人にとって非常に好ましい。
 術式からして伏黒恵が次期当主になるのが最良ではあるが、彼の個人的な感情だけで言えば、誰が当主になったっていいとさえ思っていた。今の彼らなら、誰が当主になろうと禪院家はいい方向に進めるだろう、という勘だ。
 そう考えてはいるものの。やっぱり直毘人も禪院家の人間だから性格が良いと言えない訳で。二人に発破をかける意味も込めて、直毘人は悪どい顔をしながら口を開く。

「伏黒恵は領域展開を取得しているそうだぞ」
「へえ……。ああ、だからあん時、奥の手がどうとか言ってたのか」
「はァー? 領域展開ィ?」

 ふざけんなカス、と恵を罵った直哉に流石に耐えきれなかったのか、真希は彼の頭をひっ叩いた。それに対抗して、直哉は真希の肩を殴る。
 ……確かに五十歩百歩だなあ、と胃を押さえながら補助監督は思った。


 二〇時〇九分東京メトロ渋谷駅一三番出口側(“帳”外)──七海班

「……っくし」
「風邪か?あんま無理するなよな」
「いえ、大丈夫ですよ猪野先輩」

 直哉と真希が小競り合いをしているのとほぼ同時刻。噂をされた所為か、くしゃみをした恵を猪野琢磨が心配そうに見つめる。尊敬する七海と仲の良い灰原の影響を色濃く受けたのか、猪野は割と人懐っこい。なので、階級が上の後輩であろうとも結構面倒見が良かった。
 恵も猪野のそういう所を好ましく思っていたので、二人の相性は意外と良いのである。

「何かありましたか?」
「伏黒がくしゃみしてたんスよ。だから風邪とか大丈夫かなって」
「……もうすぐ一一月ですしね。無理はしないでください」
「はい」

 七海としては成人している猪野は兎も角として、未成年である恵をこの様な任務に引っ張り出すのに抵抗があった。……しかし、伏黒恵には領域展開がある。本人曰く、未だに粗い部分はあるとの事だが、領域展開を使用できるなら多少の粗さなど関係ない。対領域展開の術を持たない七海と猪野にとっては、領域対策のできる恵は必要不可欠。
 何せ、ここまで大規模な“帳”を……しかも事細かな条件付けさえもやってのけているものなど、件の京都姉妹校交流会を強襲してきた呪霊の一派が一枚噛んでいる事は想像に難くないのだ。それはつまり、七海達が対峙したつぎはぎの呪霊が出張ってくる可能性が十分にあるという事で。
 なんなら五条が報告していた、樹の精霊の様な呪霊が助けにきた富士山頭の呪霊もいるかもしれないし、両者共に領域展開の使用を確認している。五条が負けるとは思えないが、万一の為に領域対策は必須だった。

「……虎杖くんや釘崎さんが心配ですか?」
「いえ、冥さんと雄も着いてるんで、そこは心配してないです。ただ……」
「ただ?」
「禪院の人が来てるんですよね。だから真希が大暴れしそうだな、と」
「ああ、それは……」

 甚爾の教え子だから、という理由でちょっかいをかけてくる同い年の男を思い出し、七海は深く頷いた。灰原と彼は相性が悪いので近頃は中々顔を合わせないが、顔を合わせたら合わせたで彼……禪院直哉は七海にダル絡みをしてくるのだ。
 なので、七海の中で直哉は五条と似た様なカテゴリーに分類されている。頭の良さも強さも申し分ないから戦闘に於いて信頼できるが、信頼はできない。そんな男と次期当主の座を争っている真希が、一緒に行動するなり遭遇するなりすれば、場の空気が悪くなる事は分かりきっていた。

「流石にこんな状況で争ったりはしないと思いたいですけど」
「こういう時だからこそ、というのもあり得ますよ」
「……ですよね……」

 会いたくねえな、と恵はため息を吐いた。禪院直哉は恵が当主になる気がないと理解してはいるものの、なにかとしょっちゅう牽制してくるのだ。
 しかも直哉の恵に対する牽制に関しては、甚爾も真希も恵に当主になって欲しくないからか、基本的にスルーしている。面倒だな、と思っても全然止めてくれやしない。なんなら止めてくれるのは直毘人ぐらいだ。
 ……その直毘人も直毘人で面倒ではあるのだが。
 しかしそれとは別にあともう一つ、恵が直哉に会いたくない理由がある。
 禪院直哉はいつも甚爾の事を話題に出すのだ。それこそ恵が知る由もない、甚爾が“禪院”にいた時代の事とかも良く話した。
 はじめは父親の知らない面を教えてくれる直哉の話をよく聞いていたのだが、最近の恵は何となく嫌だな、と思うようになってきた。確かに父親は禪院甚爾であったが、今は伏黒甚爾なのだ。過去はどうであれ今の甚爾は恵の父親なのだから、訳知り顔で語られると何となく苛立ってしまう。
 ……なんて事を直哉に言ってしまうと全力で揶揄われる上に、父親にまで話がいきそうなので、恵はただただ黙って話を聞くしかない。だからこそ彼は、直哉には会いたくない訳だ。

「いざという時は灰原さんに止めて貰おうぜ!あの人、灰原さんのこと苦手だろ」
「灰原は同い年なんで仲良くしたいそうなんですけどね……。根明すぎて合わないんでしょう」

 嫌味が一切通じず、元気一杯に距離を詰めてくる灰原には流石の直哉も攻めあぐねる様で。物理的に黙らせにかかる甚爾に並び、灰原は対直哉の最終兵器扱いされていた。


 二〇時一〇分京王電鉄神泉駅北口(“帳”外)──灰原班

「あ、あの……僕、役に立てますかね……?」
「順平くんの澱月は本当に優秀だよ!だから安心して防御に集中すればいい。攻撃は棘くんと野薔薇さんがしてくれるからね」
「そうそう。アンタの式神タフなんだから、もっと堂々としてなさい」
「しゃけ」

 虎杖悠仁を鍛える傍らではあるものの、五条と甚爾、ついでに七海や灰原に教えを受けていた吉野順平は、術師になって数ヶ月とは思えないほどに力をつけていた。というより、攻守共に式神の澱月が優秀すぎるのだ。
 ただ、やはり術師になりたてである事には変わりなく、式神の力を十全に使い熟せているとは言い難い。なので、今回は帳の中に取り残された一般人を救出する任務が振り分けられた。
 ……等級や経験の無さが不安要素ではあるものの、そこはサポートに慣れている灰原と狗巻がいるし、思い切りも良く攻撃力の高い釘崎もいる。突出した機動力などはないものの、全体的なバランスの良さで言えば、この灰原班が一番であった。

「よし、じゃあおさらいしよっか!まずは順平くんは澱月を基本的に出しっぱなしにしておいてね」
「頑張ります……!」
「で、拘束とか範囲攻撃は僕と棘くんがするよ」
「ツナツナ」

 グッ、とサムズアップした灰原に合わせ、メガホンを持った狗巻も親指を立ててドヤ顔を披露する。任せとけ、と言わんばかりの表情であった。狗巻は語彙がおにぎりの具しか無い割に、表情も豊かでボディランゲージも駆使するので、思っている事が分かりやすい。
 ……分かりやすい、のだが。と釘崎は気が抜けそうになる自分を叱咤し、背筋を伸ばす。どうにも狗巻の動きと語彙がコミカルすぎて、真面目な空気を保ち辛いのだ。あと、灰原の人の良さも気が抜ける。それに、順平に期待しすぎるのも酷だろうし。

「それで、野薔薇さんはトドメ役をお願いするよ。野薔薇さんの簪の威力はすごいしね」
「任せなさい。じゃんじゃん打つわよ」
「高菜ぁ」

 釘崎の簪の攻撃力は目を見張るものがあるものの、だからといって多用すれば五寸釘の残弾がすぐに無くなるだろう。それに、甚爾に長年鍛えてもらっている灰原や身体能力の高い狗巻と違い、釘崎の体力には不安が残る。
 更に言うなら敵の規模も、五条を呼び出している目的すら現状は不明なのだから、出来る限り体力も五寸釘も温存すべきだろう。なので、釘崎はトドメに専念してもらおう、という訳だった。
 えいえいおーという灰原の若干気の抜けた掛け声に合わせ、四人全員が拳を上に掲げる。禪院班とくらぶべくもなく、なんとも平和な四人だった。


 二〇時一〇分JR渋谷駅新南口(“帳”外)──日下部班

 つい先ほどまで“帳”の中を見て回っていた日下部は、顔を顰めて項垂れる。

「あー……帰りてぇ。誰か甚爾さんと夏油連れてこい」
「傑は九州で暴れ回ってる呪霊の降伏で忙しいらしいし、甚爾は今頃ロサンゼルスだな」
「何でこういう時に限って居ねえんだ……」

 特級呪霊がゴロゴロいるのはやめてほしい。五条悟や夏油傑、あと伏黒甚爾じゃあるまいし、大量にいる特級など相手にしたくないのだ。というより相手に出来る気がしない。
 だというのに、今動ける特級は五条悟だけの上、相手も五条を呼びつけているという理由から、渋谷の平定に動くのは五条だけ。万一に備えて一級相当の術師達が“帳”の外で待機する羽目になっている。
 ここに夏油がいれば。夏油がいさえすれば。あのもう一人の特級ならば、一級相当の術師を配置するよりもよっぽど人的被害がなくなる筈だ。夏油の持っている特級を放って相手方を蹂躙して、相手が弱った隙から全部夏油の手持ちにすればいい。
 なのに本人は今現在九州にいるときた。俺が代わりに九州に行きてえよ、と日下部は長いため息を吐く。
 百歩譲って、この場に伏黒甚爾がいたとしよう。彼ならばこの渋谷で何も制限されずに気配を殺し、一撃離脱を繰り返して敵を屠れるだろうに。禪院家の特別一級術師だの何だのを呼ぶより、余程効率がいい。
 そんな風に無い物ねだりをしてみても現状が変わるはずもなく。己の隣に立つパンダを見て、日下部はもう一度ため息を吐いた。

「あのびっくり呪具玉手箱みたいな伏黒さんなら、瞬間移動出来る呪具とか持ってそうだけどな」
「日本全域ならワンチャンあるかもだけど、ロサンゼルスからはこっちに来れねえだろ」
「はァーー……帰りてえ……」

 さっさと帰って風呂に入り、ビールを飲んでから布団に潜り込みたい。そんな事を口にする己が担任を見下ろし、パンダは呆れたような顔になる。教師としてなら五条以上に尊敬できる日下部であるが、如何せん面倒臭がりな面が目立つ。
 せめてもう少しぐらいやる気を出して欲しいよな、と彼は思った。


 二〇時一八分青山霊園──冥冥班

 虎杖悠仁の目の前には、イチャイチャしている妙齢の女性と小さな男の子がいた。どことなく髪色やら雰囲気が似ている事から、身内なのであろうとは察せられるのだが……。
 それにしたって気不味い。正に二人だけの世界とでも言いたげな様子。虎杖の事など存在しないものとして扱っている。
 あのー、と話しかけようにも男の子の方が睨みつけてくるし、女性の方はよく分からんし。
 虎杖は心の中で同級生たちの名前を呼んだ。こんな空気感の中じゃ絶対にやっていけない。彼らと同じとは言わずとも、せめてパンダ先輩と一緒の班に入れて貰いたかった。


 二〇時三二分──五条悟

「傑もおっさんも来れないの、ほんと嫌になるよねぇ……」

 騒つく雑踏の中を迷う事なく歩き続ける五条は、面倒臭そうな様子でため息を吐く。伏黒甚爾が裏で何やらしている事は理解しているので、最悪な事にはならないであろう、と楽観視はしているものの……。
 最悪な事にはならないだけで、その最悪を避ける為に、最悪一歩手前の事象を良しとする可能性は無くはないよな、と五条は思っていた。一般の家庭で育った夏油や七海達、善良であれと苦心して育てていた恵達ならいざ知らず、伏黒甚爾が育ったのは禪院家だ。……育ったというほど世話は受けていないと本人は言っているが、それはそれ、術師の家系で生まれたという事が重要なのである。
 術師の世界では人が死ぬのは当たり前。犠牲ありきで物事を捉える事が多い。もちろん人死にが出ないならそれが最良だが、犠牲が出た方が長期的に見れば最良ならば、命を見捨てる事を簡単に選択できる。……出来ないような人の良い術師の家出身の人間もいるだろうが、伏黒甚爾は確実に違う。
 五条は初めて伏黒甚爾という人間を認識した時の事を思い出す。影ながら天内を護衛していたし、息子が人質に取られていたのもあるが、彼は迷わず襲撃犯を殺害した。それこそ、息子の目の前だろうがお構い無しに。
 多少子煩悩のきらいがあっても、伏黒甚爾は基本的に人でなしなのだ。あの男が動いていても、最善の結果になるかどうかは不明である。動かないよりは断然マシな結果になる事だけは確かだが。



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