結果自然成

 究極メカ丸……与幸吉は、伏黒甚爾と禪院真希が嫌いである。いっその事、憎んでいると言っても過言ではないだろう。その理由は至極単純だ。彼らは己と同じく天与呪縛の持ち主でありながら、誰よりも健康な肉体を所持しているからである。
 肉体を損って広大な術式範囲などを得ている己と、呪力を一切持たぬ代わりに五感と身体能力が強化されている二人。まさに正反対。……ああ、なんて理不尽なのだろうか。
 正反対だからこそ恨めしい。羨ましい。どうして自分の天与呪縛はあれじゃなかったんだ、と彼らを見る度にいつも思う。広大な術式範囲がどうした。実力以上の呪力出力がなんだ。そんなものより、太陽の下を走り回れる体が欲しかった。
 誰よりも強い体で大地を踏み締めて、生身で友人と手を取りあって過ごしたかったし、あの体ならば両親とも何事もなく暮らせていた筈だ。どうして同じく天に縛られた身でありながら、彼らはああも自由でいられて、自分には不自由しか齎されない。常に全身が痛みに苛まれ続けているのはまさに生き地獄。術師として生きるにはメカ丸の呪縛は優秀と言えようが、けれど人として生きるには過ぎたる呪縛だ。
 だからこそ。彼らの活躍を耳にする度に、伏黒甚爾が講師として京都校に訪れる度に、禪院真依が姉についての話題を出す度に。与幸吉は、妬心で己が臓腑が焼き切れるかと錯覚する程の思いを抱いていた。それ程までに妬ましい。自分が余計に惨めに思えてならないのだ。
 ……故に、あの男の提案を受け入れたのは必然だった。呪詛師であるキタガミを名乗る男に高専の情報を流す代わりに、真人という特級呪霊の術式“無為転変”によって肉体を正常なものにする、という提案。それは、なによりも正常な身体を欲している与幸吉にとっては、正に喉から手が出るほどに求めていたものだ。
 けれども相手は得体の知れぬ呪詛師。どれほど己が求めていたものを彼らが与えると言っても、もとより信用ならない。だから、縛りを結んだ。
 京都校の人間に手を出さない、という縛りである。彼にとって一番優先したいのは己が肉体を正常なものにする、という事であるが、その次は仲間の身の安全を守りたかった。呪術界を、ひいては彼らを裏切る選択をしても、彼らが生きてさえいてくれればそれでいい。それで充分だと思っていた。
 そう、思っていたが。

「気付いているんだろウ」
「さあ?なんの事だかさっぱり」

 よく言う、とメカ丸が吐き捨てる。東京校の人間を観察する己が傀儡を、伏黒甚爾はいつも視界に捉えていた。なんなら、彼が契約している格納庫呪霊にメカ丸の傀儡を呑み込ませたりもしていたのだ。
 けれどその割にメカ丸の傀儡を壊すような真似はしないし、敢えて五条悟との会話をメカ丸に聞かせる事もしていた。己があの男の存在に気付いている、とわざわざ傀儡の前で匂わせて。これで、メカ丸の裏切りに気付いていないなど有り得ない。
 伏黒甚爾は与幸吉の裏切りを知った上で、泳がせていたのだ。それを知った与幸吉は顔を引き攣らせ、ただただこの男の規格外さに驚嘆した。天与呪縛の出鱈目さは身を以って実感しているが、それとは別にしたってこの男は頭がイカれている。

「俺がお前の事をアイツに伝えるとは考えなかったのカ?」
「おまえなら、俺が気付いた上で何も言わなけりゃ、何か算段があると理解してこっちに着くと思っただけだ」
「…………」

 あっけらかんとした口調でそう言い放った伏黒甚爾に、メカ丸は口を噤む。実際、彼の言う通りであったのだ。
 キタガミを名乗る、夏油傑と同じ顔と術式を持つ男。彼に協力すると決めたとはいえ、あまりにもその男は不気味過ぎた。何故、先生と同じ顔と術式を持っているのか。何故、五条悟……否、六眼の使い手を警戒しているのか。何故、両面宿儺の行動を予測できるのか。あの男に関する疑問は一切尽きない。
 それほどまでにあの男は得体が知れないのだ。メカ丸と彼らとの間に利害関係があるが故に縛りを結んでいるものの、いつ彼らがメカ丸に牙を剥いたとしてもおかしくはない。それに彼らが計画している渋谷で起こす騒動を遂行した後、己が殺される可能性は十分にある。京都校の人間が害される可能性など、もっと高いだろう。
 故にそれを十分に理解しているメカ丸は、己の動向を察している甚爾を使う事にした。キタガミ達が敗北した時に、出来る限り穏便に高専側へと戻って来れる様に。それにこの男だったら上手くメカ丸の立場を使う頭がある、という推察も理由の一つだった。
 規格外の身体能力を持っていたとしても、ただの脳筋であれば生き残れないのがこの世界。甚爾の戦闘やそれに関する物事に対する知能指数の高さは、最上位に位置する筈なのだ。

「情報を俺らに流すな、って縛りは結んで無えんだろ」
「ああ。俺は体が治るまで裏切る事はなイ、と思っているんだろウ。俺自身、お前が気付いている素振りを見せなければ裏切りの予定は無かっタ」

 ダブルスパイになって裏切りを帳消しにできるのならば御の字。甚爾の下に付いたという実績を以って、裏切りに対する罰が軽減さえされればなんだっていい。一度裏切ったと言えど、大手を振って彼らの元へと帰れるのならば、嫌いな男に頼るのだって苦じゃなかった。

「おまえはそのままアイツらの味方をしておけ。どうにかする算段は一応ついてる」
「……出来るんだナ?」
「おまえがちゃんとあいつらの動向を報告してくれるんなら問題ねえよ」

 与幸吉は伏黒甚爾が嫌いだ。だって伏黒甚爾は自分が持ち得ないものを全部持っている。しかしそれと同時に、自分と正反対だからこそ与幸吉は伏黒甚爾を好ましく思っていた。
 自分が心底望んでいるのに実現が不可能なこととは言え、身体能力のみで地を駆ける様はいっそ見ていて清々しい。羨ましくって、妬ましいと思いつつも、けれど呪具やその頭脳と肉体を以ってして最強とやり合っている伏黒甚爾の姿は、与幸吉にとって敬慕の念を抱くに値した。

「あいつらに疑われねえ様に気をつけとけよ」
「そこは『伏黒甚爾を叩き潰す為に協力すル』とでも言ってやるサ」
「オイコラ」

 それはそれとして、やけに整った顔だとかやっぱりなんかムカつくので、存分に名前を使うつもりではあったが。


 ※※※


 どうしたもんかね。

【わ、ワた、わタし、わたシィ……】
「おーい、コレどうにかしろ」

 嫌そうな声色を一切隠さず、電話の向こう側にいる夏油に声を掛けるが、軽快な笑い声と共にブチリと通話を切られる。あんのクソ野郎。
 はァ〜、と大きく溜息を吐いて、俺の背にへばりつく呪霊を横目で見やった。白い服に黒く長い髪から覗く無数の目。そして包帯の巻かれた口元は千々に裂けていて、いよいよ化け物地味た見た目になっている。……夏油の所持している呪霊の一つ、仮想怨霊・口裂け女だ。

「……大人しくゴシュジンサマのとこに帰ってくんねえか?」
【わ、たし、わタし、わたしわたシ】

 先の京都姉妹校交流会と、去年発生した百鬼夜行。その両方を裏で操っていた人間がいる、ってのは五条だけじゃなく夏油だって気付いていた。何せ、二つの襲撃を行った雑魚の呪霊を夏油は降伏できなかったのだ。呪霊共と契約している何者かの存在を気取るなという方が難しい。
 だが単体で最強でしかない五条はまだしも、物量作戦が可能な夏油が本気で脳みそ野郎を探そうとすれば、相手方も雲隠れするなりと言った対応を取る羽目になり、渋谷の計画も変更せざるを得なくなるだろう。そうすりゃ、既知の情報を元にあいつらの一網打尽を考えている俺にとっては最悪の事態だ。
 だから程々に裏を探るに留めておけ、と言ったんだが……。その返答とばかりに、何故かこの呪霊が俺の元へと送り込まれてきた。なんでだよ。

「マジで帰れって」
【ワたし?】
「おまえ以外にだれが居んだよ……」
【ワわわタシ】

 うーん、話が通じねえ。俺の首元にしがみつき、にちゃにちゃとした粘着音を立てて口を開閉しているこの呪霊。簡易領域を使えるらしいから勝手に殺すのもアレだし、されるがままになってやってるんだが……本気で邪魔でしかない。あと耳元で発される音がうるせえ。
 メカ丸からのリークで、今日は九相図の二番と三番を受肉させる日という事は分かっている。つまりはあいつらが“おつかい”をする日という訳だ。
 放っておいたら虎杖達が対峙して、あの二人が死ぬ羽目になる。そうなりゃ長男の九相図一番、脹相をこちら側に引き込む難易度が桁違いに難しくなるだろう。
 そうならない為に、虎杖達が九相図の兄弟に遭遇する前に俺が叩きのめしてえんだが……。コイツ邪魔なんだよな……。

「ちょっとぐらい離れるとか出来ねえの?」
【ワ、た、わたし、わタ、わたし】
「……こりゃ無理そうだなァ」
【ワタ、た、し】

 不意打ちでぶん殴って九相図の意識狩るとか、そういう風にしねえとどうにもならなそうだ。俺の言葉に反応はすれど、しがみついたままイヤイヤと頭を振る口裂け女にため息が漏れる。夏油め、マジで面倒な事をしやがるな……。
 右肩に格納庫呪霊、左肩に口裂け女を引っ提げて、あの兄弟が現れるであろう地点……八十八橋へと向かう。確か、恵達が宿儺の指を持った呪霊と対峙した後から、あいつらは現れたはずだ。だから恵達が呪霊の結界に入ってから待ち伏せすりゃあいいが……。
 記憶の中では、津美紀が寝たきりになっている上に被呪者になっていたから、恵は無茶を通してでも祓除を行おうとしていた。だが、現実じゃ津美紀はそもそも寝たきりになってねえし、都内の学校に通っているからこの呪霊に呪われてねえ。
 つまり、恵が必死になってこの呪霊を祓除する理由がないのだ。……だからタイミングが非常に掴み辛い。メカ丸に頼ってタイミングを図るのもアリだが、メカ丸に頼りすぎてあいつがスパイだとバレる可能性が上がる方が不味いだろう。
 本当にどうしたもんか。口裂け女がマジで邪魔だなァ、と思いながらも頭をガシガシと掻いて。ふと、常人より優れた己の鼻が特異な匂いを嗅ぎ取った。何かが……肉や血液の様なもの腐った匂い。ひでえ匂いだ。
 何の前触れもなく突然現れた謎の腐乱臭に目を瞬かせ、けれどその匂いに合点がいった瞬間に、足に力を込める。成る程、腐った匂い。……恐らく、九相図二番の爛れた背中から発生している匂いだろう。若しくは、あの二人の蝕爛腐術によって腐っている血液の匂いか。
 距離はまだ離れているから向こうは俺の存在に気付いていないだろうが、すぐに俺……というか、肩にへばりついている口裂け女の気配に気付くだろう。なんせコイツは腐っても一級呪霊だ。

「今から戦闘するから、巻き込まれても知らねえぞ」
【わたシぃ?】
「……ハア。振り落とされねえ様にしがみ付いとけよ」
【ワわ、ワたし】

 いつも俺にくっ付いている格納庫呪霊はいいとして、口裂け女がしがみ付いてられるかは分からん。移動の途中で落っことして夏油に文句を言われるのは御免だが……。まあ、どうにかなんだろ。
 格納庫呪霊の口から一級呪具を取り出し、姿勢を低くしてから目標へと駆け抜ける。恵達の声や匂いはまだしねえから、さっさと片付けりゃかち合う事はねえ筈だ。
 それから八十八橋から西へだいたい二分ぐらい。腐乱臭がキツくなってきたから、そろそろ向こうも俺にしがみ付いている口裂け女の気配に気付いた頃だろう。出来るだけ速度を保ったまま、一直線で腐った臭いの元へと足を進めると、遠目に人影が確認できた。
 こっちを向いてるし、多分向こうも俺に気付いてんな。だが、呪霊ではなくが向かってきている事に驚いて、多少動揺しているらしい。
 あいつらが認識していたのは一級呪霊の口裂け女の気配であって、呪力のない俺の事は一切認識していなかったのだろう。呪霊が猛スピードで向かってきてると思っていたのに、人間が出てきたらそりゃ驚くに決まってる。
 だが、割とすぐに体勢を立て直して、俺に攻撃を加えようと術式を発動した。一気に腐乱臭と血生臭い匂いがあたりに漂って、思わず顔を顰める。臭すぎて鼻がひん曲がりそうで、己の優秀すぎる嗅覚を初めて恨んだ。
 けれど、この匂いの元のあいつらを倒すには、近付かねえとどうしようも無え。出来るだけ息を止めてやるか。
 鼻ではなく口で大きく息を吸い込んで、襲いかかってくる血液の鞭を避ける。記憶の中の虎杖でも避けられるスピードだから、結構余裕で避けられるな。
 そのまま速度を上げて彼らに接近し、まず兄の方から昏倒させようとしたその時だ。俺にしがみ付いていた口裂け女の重みがフッと消える。
 ……そして次の瞬間には、九相図の兄の背後に口裂け女が佇んでいた。あー、成る程、簡易領域か。

【ねぇ……ワ、わタ、わたし、きれい?】

 口裂け女の簡易領域は質問に答えるまで不可侵を強制する代物だ。答えたら答えたで口裂け女の攻撃が開始されるが、それはそれとして便利だな。なんで急に動き出したのかは分からねえが……夏油に俺の手助けをしろ、とでも命令されてたのだろう。知らねえけど。
 だが、これは結構ラッキーだ。お荷物と思ってたやつが動いたってのもあるが、九相図の兄の方である壊相の背後をとったってのがデケエ。

「貴様ッ……!私の背中を見たなぁああ?!?!」

 背中がコンプレックスである壊相は、何より先ず最初に背中を見られた事に激昂するだろう。つまりそれは口裂け女の質問に答えねえって事になるから、不可侵は強制されたままになる。それに、受肉したてで経験値の無えこの兄弟が、簡易領域の絡繰に気付くのにも時間が掛かるだろうし。
 ……ここは、口裂け女が兄の方のヘイトを買っているうちに、さっさと弟の方をヤるべきか。
 壊相に向けていた体を半転させ、兄の背後に現れた口裂け女に気を取られているらしい弟……血塗の顔面らしき場所を思い切り殴り飛ばす。無防備になってた所にイイ打撃が入ったし、一発で伸びるかもしれねえな。
 殴り飛ばされた血塗の名を叫ぶ壊相を尻目に、ゴム毬の様に跳ねて吹っ飛んだ血塗に近付くと、やはりというか案の定気絶していた。身体の構造がイマイチ理解出来ねえが、脳みそがいい感じに揺れてくれたらしい。運が良いな。

「血塗ッ!!」
「あー……お嬢さん、もういいから戻ってこいよ」
【わワ、わたシ?】

 俺は口裂け女と主従関係を結んでいる訳では無えし、必要以上に壊相に近づくと口裂け女の簡易領域に巻き込まれかねない。だからワンチャンに賭けて戻ってこいって言ってみたんだが……。普通に言う事を聞いて、また俺の方にしがみ付いてきた。んー、こいつの思考回路が意味わからんな。
 内心で首を傾げている間に、口裂け女の簡易領域が解かれた事によって自由に術式を使える様になった壊相が、俺に襲い掛かる……振りをして、血塗の下へと向かおうとする。が、当然それを許す訳もなく。
 すれ違い様にボディブローをしてから、顎を砕く勢いで殴り抜く。こっちは人間と同じ形をしてるし、昏倒させるのなんて慣れたもんだ。
 糸の切れた操り人形みてえに四肢をだらりと投げ出し、道路にぶっ倒れている壊相を掴み、担ぎ上げてから血塗が転がっている方へと向かう。記憶の中じゃ相当しぶとく動いていた気がするんだが……。
 恵とかに遭遇する前にどうにかしねえとな、とか思ってたが、そこまで気を揉まなくても良かったか。考えていたよりもずっと弱かったしな……。まあ、記憶の中の虎杖と釘崎で倒せてたんだし、こんなもんか。
 そんな風に若干拍子抜けしつつも、気絶している二人を縛り上げて呪符を貼り付ける。これで九相図の二番と三番とを確保出来た訳だが。
 さて。ここから、二番と三番の受肉体を殺さなきゃならねえ。この二人を生きたまま捕獲していると、ハロウィンでの計画の情報が流出する、と脳みそ野郎が判断しかねない。そうなりゃ、計画は延期か前倒しか。どっちにしろ俺の記憶というアドバンテージがなくなるし、メカ丸も後手に回らざるをえなくなる。
 だからこの二人は殺す必要があった。だが、この二人を殺すと、九相図の一番が確定で敵に回る羽目になる。脹相は使える奴だから味方に付けたい俺にとって、それは困る訳で。
 だったらどうするんだって事だが、こういう時の五条悟である。

「おっさんが俺を頼るなんて珍しいじゃん」
「俺に出来ねえ事でおまえに出来る事なら頼るに決まってんだろ」
「……ふぅん?てか何その呪霊。傑の手持ちの奴だよな」
「夏油が嫌がらせに寄越したんだよ」
「ははは、ザマーミロ」

 電話で五条を呼び出して五分後。内密にしろと言った俺の言葉通りに、五条はこっそりと高専を抜け出して瞬間移動をしてきた。こういうとこ、五条の術式は狡いんだよなァ。単純に使い勝手が良すぎる。

「コレ、呪物を取り出す事は可能か?」
「呪物?んー……まあ出来なくは無さそうだけどさ、何でわざわざ取り出す訳?てかこいつらあれだよね、この前盗まれた呪胎九相図の受肉体」

 このまま殺せば呪物を処理出来るし良いじゃん、と五条はごもっともな事を言う。まあそりゃそうなんだが、今回はそれじゃ困る訳であって。さて……一体どこまで話してやるか。

「こいつらが死んだって相手側に伝わって欲しいが、こいつらは役に立つから有効活用してえ、って感じだな」
「相手側ってアレか。悠仁が指食べちゃった時からの一連の不審な奴?」
「そーそ。こっちが一切気付いてねえし、情報を得られてないって思わせときてえんだよ」

 百葉箱に入ってた筈の封印済みの宿儺の指を虎杖が拾っちまったり、地方に一級呪霊がわんさと湧いたり。宿儺の指を取り込んだ呪霊のいる場所へ、恵を除いた虎杖と釘崎の一年だけで向かわせたり。
 まあ五条は関係ないと思っているが、去年の青行燈と名乗る呪霊による百鬼夜行も、脳みそ野郎が仕込んだ事だ。それらの因果関係に気付いていないフリをして、出来る限り脳みそ野郎のシナリオに添えば、記憶との齟齬を最小限にアイツに対抗できる……筈だ。
 ただ、俺が生きてるし、灰原も夏油も生きているから、どうしても記憶と同じ様にいかない所は出てくるだろう。脳みそ野郎の考えてる最終目標を知らない訳だし、俺の想定から外れる可能性は大いにある。
 ……ハァ、マジで鬱陶しいな。

「まあ、この辺の呪力の固まってる所を抉ったら、呪物を取り出せる……かな?やっちゃっていい?」
「オウ」

 壊相と血塗を眺めながらキッショだの何だの言いつつ、五条は呪力の固まってる所とやらに手を突っ込む。ぐちゃぐちゃと肉と血が混ざり合う音が気持ち悪いが、それよりも一気に腐乱臭が濃くなってやべえ。鼻が曲がる。

「よーし、取り出せた……って、何で鼻つまんでんの」
「血が臭えんだよ、腐ってっから。ほら、コレに詰めた後にコイツの口ん中に放り込め」
「……ったく、先生と傑ぐらいだよ?グッドルッキングガイの俺をこき使うの」

 格納庫呪霊に入ってる中で、ちょうどいい感じのガラス製の容器を五条に投げ渡すと、文句を言いながらも、九相図の二番の受肉体から抉り取った肉塊を詰めて投げ返してきた。
 コレが呪物かどうかを俺は判別できねえが、まあ五条が六眼で見て確かめたなら間違いはないだろう。続け様に三番の受肉体からも呪物を取り出した五条は、俺が渡した容器に突っ込む前に、しげしげと呪物を眺め始めた。
 ……臭えからさっさと入れて欲しいんだが、六眼で見れる何かが判明するなら、眺めさせたままの方がいいか。

「何か……悠仁と類似性がある……?」
「…………あー」

 成る程。そういうヤツか。


 ※※※


 特徴的なツインテールに、顔を横切る一本のペイント。そして独特の雰囲気。メカ丸が言った通り、人混みに紛れ込んでいる九相図の受肉体を発見した。
 受肉体は言葉の示す通り肉体がある。って事は非術師にも認識されるという訳で。だからこそ他人に怪しまれずに行動できるように人混みに慣れる練習をしている、とメカ丸から聞いていた。まあ件の渋谷に着く前に職質とかされちゃ堪んねえだろうしな。

「よォ、色男」

 慣れるついでにお使いかなんかでもしてんのか、街をウロウロしている脹相の背後から近づき、肩を組む。突然絡まれた事に驚いて一瞬ビクッと肩を揺らした脹相だが、相手が俺だと認識するや否や、術式を発動しようとした。だがまあ、普通に俺の方が力があるから腕力で無理やり動きを抑え込める。初動を抑え込めりゃこっちのもんだ。
 だが動きを止められようともお構いなしの様子の脹相は、血液を限界まで圧縮して……眼前に掲げられた写真を目にして動きを止めた。流石兄弟、写真だけで分んのか。

「受肉体は殺した、と言えば伝わるか?」

 写真にはガラスシリンダーの中でぷかぷか浮いている肉塊二つ。あと何故かピースして映り込んでいる五条。……なんで無駄にキメ顔してんだろうなァ、こいつ。

「……俺の兄弟は確かにあの時に死んだ。現に今も繋がりを感じ取れない」
「そりゃ今も俺の腹ン中に入ってっから分かんねえだろうよ」

 腹の中、と言って自分の腹を指差せば、何言ってんだコイツと言いたげな顔をされた。……いやまあ普通はそういう反応になるわな。
 透明人間の体内は当然透明っつー訳で、俺が飲み込んでる格納庫呪霊やその中身は、丸々呪力を感じ取れなくなる。なんなら五条の六眼ですら見えねし。例え兄弟の繋がりがあったとしても、その存在を感じ取る事は出来ない。だからこそ、受肉体から呪物を取り出して“死んだ”と勘違いさせられた訳だ。
 これで向こうの……脳みそ野郎の陣営には、九相図の二番と三番の受肉体の死が伝わるもの、実際には呪物を破壊しねえで済む。つまりは脹相と交渉するのにちょうどいい。

「……本当に生きているのか」
「あー……今のおまえにアイツらを渡してやる事は出来ねえが、再会ぐらいはさせてやれるな」

 流石にこの人混みの中で、容器に入った肉塊を見せるのは無理だ。なんなら一度、俺が格納庫呪霊を吐き出さなきゃなんねえし。っつー訳で適当に横道に逸れて、人通りのない路地へと足を向けた。
 ついでに無害だというアピールの為に、脹相の肩に置いていた腕を下ろし、隙だらけの状態で前の方を歩く。まあ兄弟と再会できるかもしれない、って状況で俺に襲いかかる事はねえだろう。それに、襲い掛かられた所で普通に対処は可能だ。
 そんな事を考えながら歩き続ければ、徐々に人通りが疎らになり、監視カメラも見当たらねえ場所に辿り着く。ここだったらちょうどいいだろう。
 足を止めた俺の様子を不思議そうに窺う脹相を後目に、胃の辺りに力を込めて、オエッと丸まった格納庫呪霊を吐き出す。視界の端で脹相の顔が奇怪なものを見る様に歪んでいた。どうやら、マジで腹の中に入ってるとは思っていなかったらしい。
 何やら文句を言いたげだが、そんなのは無視だ無視。球体から元の大きさに戻った格納庫呪霊の口元に手のひらを掲げ、口から飛び出してきた容器を掴み取る。

「壊相……血塗……!」
「今日持って帰るのは無しな。ホレ、感動の再会しとけ」

 さっきまでの様子とは一変し、目尻に涙を浮かばせた脹相に二人を渡してやると、力一杯シリンダーを抱き締めて弟たちと会話をし始めた。……受肉体と呪物って意思疎通が出来んだろうか。それとも九相図が特別なのか、何なのか。
 まあ、兄弟の死を感じ取れるって時点で、九相図は割と特別なんだろうとは思うが。俺が把握してる呪物が呪胎九相図と両面宿儺の指の二つしかねえし、その二つがそもそも特殊だし。イマイチ呪物の特性とかが分かってねえんだよな。
 ……今度、九相図の残りを取り出す時にでも別の呪物を見てみるか。

「……オマエ、俺の弟達を殴ったのか?」
「そこ突っ込むのかよ。気絶させる為なんだから仕方ねえだろ」
「そうか、後で三発殴る」

 弟達との対話がひと段落ついたのか、俺の方に向き直って発された脹相の言葉に、普通にあっけに取られた。理不尽だろ。おまえと交渉する為に、殺さず生かしてやったってのに。

「それで。オマエは俺に何を求めるんだ」
「九相図の二番と三番だけじゃなく残りの兄弟と合わせてやるから、こっち側に付け」
「……それだけか?」
「それだけだ」

 五条や俺、乙骨、真希はいくら強かろうが単体だ。夏油は手数が多いものの、去年の百鬼夜行で手持ちが激減。あとは一級術師がいるものの、戦力的には心許ない。
 今後のことを考えるに戦力が多ければ多い程楽になるんだし、脹相程の駒を切り捨てるのは勿体なさすぎる。術式が割れて不利なフィールドに誘い出されたのにも関わらず、記憶の中の虎杖を下す程の実力者だ。しかもほぼ実戦経験がない状態でソレ。
 多分鍛えれば鍛えるほど伸びるタイプだろうし、加茂家辺りに繋ぎが出来りゃ、術式の理解が深まって余計に強くなるだろう。なんならこうやって実際に相対してみても、相当なポテンシャルだってわかる。

「あの男を殺せ、と言うのかと思っていた」
「アレはおまえが思ってるよりか随分と厄介な男だ。やめとけ」

 あの脳みそ野郎を確実に殺せるのは、あいつが心底警戒し、対策を練りまくってる五条ぐらいしかいねえだろう。
 俺や夏油を遠ざけたりしつつも殺さねえのは、俺たちならどうとでもなる手段を持っているから。もしくは、俺たちじゃあいつの計画を止められないから。そのどっちかだろう。俺的には前者だと思うが。

「兎に角、おまえは時機が来るまであの男の指示に従ってろ。ただ、人を殺せば庇いきれねえだろうし気をつけとけ」
「ああ分かった。それで、時機はいつだ」



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