たまに殴りたくなるような君がいて
▽ たまに殴りたくなるような君がいて






「棗!僕と結婚しよう」
「お断りいたします」


白澤の漢方処で私は研修生の兎を撫でながらお茶を飲んでいた
もぐもぐと音が聞こえてきそうなくらいに草を頬張り膝の上で静かに座っている
それを白澤は恨めしそうに見つめている
兎は我関せず、我存ぜぬの態度で居る

先程の婚約申し込みは断り、くすぶっている白澤にお茶のおかわりを頼む
苦いのにしてやるとかなんとか、ぶつぶつ言っていたが結局は前と同じお茶が出てきた
お人好しなんだよなぁ、とも思ったが、女好きだったことを思い出してそういうことかと、一人納得した


「白澤は私のことが好きか?」
「勿論!だから結婚しよう!」
「そういうことじゃなくてなぁ…」


落ち込んでいたのとは一変して顔が輝き始めた
誰がこんな神獣と結婚などさせてたまるかなんて悪態を吐くだろう鬼灯を思い浮かべる


「まず、私は男だ」
「構わない!」
「私は構う、そして私の息子ももれなくついてくる」
「………」
「それが一番の難点じゃないのか?白澤」
「そりゃあそうだけど、アイツあまり家に帰ってこないだろ?じゃあ大丈夫だよ!」


溜息が出た
俺はそんなに立派な者ではないなんだが、そんな私に白澤は好きだ好きだと言ってくる
私が自負できるくらいの聖人君子であれば、鬼灯が息子でなければ、性の確固とした認識が無ければ……などたくさんの事柄は目の前に挙げられるがまずこれがなくても白澤と性的関係を結ぶことはないだろう

背もたれに寄りかかる
兎は業務を再開したようで膝の上から去っていった
今まであった重量が一気になくなったため喪失感と違和感が拭えない
切ない気持ちが一気に自分に襲い掛かる
そうしているうちにひとつの喩え話が頭に浮かんだ


「1つ、喩え話をしよう白澤」
「うん」

「地獄の底辺の主と天国の核が恋に落ちたとする」
「……うん」
「天国に呼ばれ、入り浸り、やがて底辺の主は地獄に帰ることがなくなった」
「一緒に居たいから?」
「そうだな、一緒に居たいから帰りたくない。そうやって職務は疎かに成り、地獄を半ば追い出される形になり天国にいたとしても嫌な顔をされる存在になった」
「……」
「お前が地獄の底辺の主だったとしたら如何する?」


黙り込み考える白澤を眺めながら温くなった茶を啜る
兎は視界の隅でせこせこ働きながら薬の匂いを醸し出していた、勤勉だ
器具がぶつかり合う音とのんびりとした空気、眠気を誘う条件は揃っていた
こくこくと眠気から首で舟を漕ぎ始めたときに白澤が話始めた


「僕が、地獄の底辺の主だったらって話だったよね」
「あぁ」
「僕が地獄の底辺の主だったら、天国の核と、新しい世界を作る」
「ほう、どうしてまた?」
「二人だけの世界だよ、それこそ何人にも干渉されない新しい世界を作る」


ぼんやりとした考えだ


「そんなこと、できるわけないだろう」
「できるよ、僕だからね」



とりあえず殴るとまでは言わずとも手の甲ぐらい抓っておこう
何、照れ隠しの一環だ
なんて言ってはやらないがな






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