精神安定剤的効能
▽ 精神安定剤的効能






鬼灯の涙を拭うことは出来なかったのだけれど、心臓辺りに刺さってしまった鬼灯の言葉は抜けない
それは今の私に必要な言葉だと謂うことを示していた


「ごめん、ごめんね鬼灯」
「そんなに謝ることないですよ」


大きくなった鬼灯の背中は安心する
やはり誰しも小さいころのままではないのだと痛感した


「朝ご飯作ろっか」
「はい」


二人で台所に立つのは何年ぶりだろう
もしかしたら百年単位で料理をしていないな、と考えを張り巡らせれば味噌の香りが鼻孔をくすぐった
具はなんだいと問えば豆腐と油揚げですという答えが返ってくる
いつもは独り言にしか成らないが今日は違った
二人で出来た物を机に運び、いただきますと声をかけて食べる
夜が騒がしい割に私の朝食は一人だった


「ねぇ、今日は仕事は?」
「大型連休なのでありません」
「そっか」
「父上は?」
「今日は休みだよ」


片付けを鬼灯がやりたいと云うから鬼灯に任せ、私は台所の見える茶の間で煎茶を入れる準備をする
ふと鬼灯を見れば背中には私と揃いの鬼灯がある
私もほとほと子離れが出来ぬなぁと苦笑を浮かべる

向こうの森で雉が鳴く
水が流れる音と陶器がぶつかる音
鬼灯の呼吸と私の呼吸

其れだけで幸せだった


「あっ、お茶ぐらい私が淹れますよ」
「いーの、親孝行してくれたから息子奉公しなきゃ」
「火傷は」
「しません」


何歳だと思っているんだいと笑えば鬼灯の目許が少し弛む
何歳なんですかと聞かれたから、神が産まれたときからだから、分からないねと答える


「父上」
「なんだい?」
「嫁を娶る気は有るので?」


そういう噺は今までも何度かあった
鬼灯にも母が必要かと考えたが、独立した今、寧ろ要らないのではないだろうかという結論に辿り着いていた
勝手だったかなと考えながら、そんな気はないよとお茶を啜る

好い人は?
居ないですよ
ならば片恋いなどは?
ないねぇ

問いかける質問に悉く否定の言葉を連ねれば向こうも茶を飲む
二人の間に無言が広がる


「父上は、まだ私の父上で居てくれますよね?」
「ええ」


縋るような絞り出した声に肯定する
私は鬼灯の父上で居たいのだけれど、いつか離れていって仕舞うのじゃないかなんて不安が巡る


「鬼灯はこれからも私の息子で居てくれますか?」
「勿論です」


これだから親離れが出来ないと考える鬼灯
これだから子離れが出来ないと考える棗

長い間時間を共にしてしまえば、考えることも似てくるようだ






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