今度は私が抱きしめる番ね
▽ 今度は私が抱きしめる番ね
『お前さえ居なければ、俺達は緩いところに居られた』
『お前さえ居なければ、俺はこんな苦痛受けること無かった』
『お前さえ居なければ』
『お前さえ居なければ』
「父上!」
悪夢にうなされて飛び起きる、鬼灯が起こしてくれたようだったが、布団や寝間着に染み付いた汗の不快感と過去に何度も浴びせかけられた罵声の数々を思い出した不快感が相乗して、体調は頗る悪かった
厭なことを思い出した、そう呟けば横から水が差し出された
正直飲む気には成れなかったが鬼灯に心配かけては悪いと思い、一杯だけ、飲み干した
「父上、」
「大丈夫」
「今日はお休みください」
「嫌だ、寝てしまえばまた」
また、夢を見てしまう
昔から怖かった、見るとき見ないとき、覚えているとき忘れているとき
時によって違う内容同じ内容、空っぽな自分の脳の中で一体どんな現象が起きているのか
それを知る術は私には持ち合わせていなかった
「私は、ただの臆病者だよ」
「そんなこと…」
「有るんだよ、鬼灯」
言ってみればかっちり当てはまった、臆病、という言葉
そうだ、私は臆病だ
「誰からも好かれたい、嫌われるのが恐ろしい、恨まれたくなど無い、愛されていたい」
「…ち、」
「貪欲だ、亡者から忌み嫌われ恐れられ畏怖の念を抱かれるべき存在だと言うのに、私はどうも罵声を浴びせるのも、浴びせかけられるのも出来ないようだ」
何度も考えたことだった
息子に言うべき事じゃない、鬼灯に言ってはいけない、分かっていても止められなかったようで、気が付けばもう、声帯は震えていた
「私は地獄にいるべきじゃあ、ないんだね」
阿鼻の山奥にある決して豪華とは言えない只の平屋の中
初夏の午前四時半
二人だけの家族が寝ていた寝室には
父親の悲痛な声と
息子の息を飲む姿があった
「そんなこと、貴方が言わないでください」
震える声で小さくたしなめられる
水受けが揺れる
ぽちゃん、ぽちゃん
久々に聞く音であった
泣くことが少ないこの子は私の前で涙を流すことは幼少に片手で数える程度しかなかった
「ほおずき、」
「貴方が貴方自身を否定したらっ…」
「誰が一番に父上を、肯定してあげられるんですか…っ!!」
急に鬼灯に抱き締められ、汗が染み込んだ寝間着を鬼灯が涙で濡らす
初夏、四時半
平屋に響くのは男二人のすすり泣く声と服が擦れる音だけだった