同じだから-3-




途中でクラスメイトに呼ばれたという新開先輩と別れ、私は荒北先輩と食堂を出た。
他愛ない話をしながら少し歩き、人通りの少ない階段に腰を下ろす。
何だか慌ただしい昼食になってしまったな。
そう思いながらも、隣に座った荒北先輩に言い忘れていたことを伝える。

「お昼ご飯、ありがとうございました。美味しかったです。」
「ん。まぁ無理やり連れてきたの俺だしなァ。」

自覚あったんだ。
連れまわされるのはもう慣れてしまったけど、そういう人なんだと思っていたのに。
驚いて黙った私の顔を覗き込むようにして、荒北先輩は話を続けた。

「悪かったな、ダチと約束してたんじゃねェ?」
「それは別に…むしろ教室に来られる方が困るといいますか…。」
「は?なんでだよ。」
「好奇心の的になるのは面倒だなーと。」
「別にそれくらい適当に誤魔化せばいいだろーが。」

そう言って、荒北先輩はいつもより柔らかく笑った。
言われてみればその通りなんだけど、いつもそう出来るとは限らない。
だって最近、嘘が下手になった気がするし。

「そういえば何でお昼、呼びに来たんですか?」
「アー…それは交換条件っつーか…。」

歯切れの悪い言葉に、意味を捉えることが出来ない。
一体何と何を交換したんだろう。
首をかしげる私から、荒北先輩はばつが悪そうに視線を逸らした。
黙ったままの荒北先輩に、私はさらなる疑問をぶつける。

「朝もそうでしたよね。女子寮の前に立っててびっくりしました。」
「それはっ…朝練が早く終わったんだヨ。」
「さっきの先輩方と朝練一緒じゃなかったんですか?」
「一緒だったよォ。」
「うん?じゃぁ先輩方と一緒にいたら良かったんじゃ…?朝も暇にならないですよね?」
「あーもう!お前一回黙れ!」

突然大きな声を出されてびっくりした。
そして同時に嫌な記憶が蘇る。
ヤダな、こんな時に思い出したくないのに。
頭の中で、リピートされる母の言葉は私を否定するものばかりだ。
”私さえいなければ”
そんな言葉が頭をよぎる。
誰にも必要とされていないのだと母から叩きつけられたその事実。
泣いてしまう、そう思った時私の視界が真っ暗になった。
ふわりと香るその匂いから、抱きしめられたのだと理解するのにそう時間はかからなかった。

「悪ィ、言い過ぎた。」
「…いえ。」
「でかい声出して悪かった。」
「大丈夫、です。」
「…ちゃんと説明すっから、帰りまで時間くんねェ?」

小さな子にするように、背中をぽんぽんと軽く叩かれる。
それが心地よくて、温かくて、どうしようもなく優しくて。
声にならず頷くだけの私が落ち着くまで、荒北先輩はそのままでいてくれた。






矢継ぎ早に聞いた私もよくなかった。
冷静にそう思えるようになった頃、予鈴が鳴り始めた。

「あ、授業っ…」
「んー、サボってもいいけどォ。」

”大丈夫か”
そう言いながら、私を覗き込んで来たその目がとても心配そうで、何だか胸がぎゅっとなった。
何だろこれ。なんかむずむずする。
嬉しいような、恥ずかしいような。
もぞもぞする私に安心したのか、荒北先輩はクックッと笑った。

「一緒にサボるゥ?」
「え、いや!そういう訳じゃなくて…」
「じゃぁ何だよ。」
「なんか…よくわかんない。」
「まぁ、授業出るならもう行かねェとな。」

そう言って立ち上がった荒北先輩の手を借り、私も立ち上がる。

「ありがとうございます。」
「オウ。放課後は玄関で待ってっから、逃げんなよ。」

そう言って荒北先輩は、自分の教室へ戻っていった。
教室まで来ないあたり、気を使ってくれたのだろう。
その心遣いに感謝しつつ、私も自分の教室へ急いだ。







放課後、下駄箱へ向かうとまだ荒北先輩の姿はない。
ふと外に目を向けると、ザーザーと激しく雨が降っている。
生徒たちは傘をさして、足早に校舎を後にする。
ここで荒北先輩を待っていた方がいいだろうか。
それともメッセージを送った方が確実だろうか。
ポケットからスマホを取り出したところで、後ろから声をかけられた。

「悪ィ、待ったァ?」
「あ、いえ。大丈夫です。」
「ん、なら行くかァ。」

さっさと歩き出す荒北先輩の後を追って私も傘に手をかけた。

「そういえば、どこ行くんですか?」
「秘密ゥ。」
「濡れないんですよね?」
「まぁいいからついてこいって。」

ニヤニヤと笑う荒北先輩はどこか楽しそうだ。
おかげで昼休みの気まずさはなく、私は素直にそれに従った。
足元の水たまりを避けながら、荒北先輩についていく。
少し歩いたところで、荒北先輩が立ち止まった。
どうしたのかと顔を上げると、そこは男子寮の前だった。

「何か取りに行くんですか?」
「ちげぇよ。裏から入んぞ。」
「え?」

荒北先輩に促されるまま、隠れるように裏口から入った。
女子寮とは違う、独特な雰囲気に少し気圧される。
荒北先輩は口に人差し指を立てると、”静かに”とジェスチャーしてそのまま廊下を進んでいった。
道中、いくつかの部屋から人の声がする。
バレたら怒られるんじゃ…。
びくびくしながら進む私に、荒北先輩は一つの部屋を指さす。
そこに入るってこと?
今一つ理解できないまま、私はその部屋に招かれた。






室内は思ったより広く、そこが寮生の部屋であることは見て取れた。
女子寮と違い相部屋のようで、二段ベッドが置かれている。

「自販機行ってくっから、適当に座ってろよ。」

”誰か来ても開けるんじゃねぇぞ”
そう言ってニッと笑った荒北先輩を見送り、私はもう一度部屋を見渡す。
視界の端にあの日と同じパーカーを見つけて、この部屋が荒北先輩の部屋であることを確信した。
しかし、どうしてここに連れてこられたのかまではいまいち理解できない。
同室の別の先輩が来たら、なんて誤魔化したらいいんだろう。
不安に思っていると、部屋のドアがガチャリと開いた。

「何突っ立ってんのォ。」
「あ、おかえり、なさい。」
「ん、ただいまァ。」

荒北先輩は私にミネラルウォーターを手渡しながら、クッションに座った。
私はミネラルウォーターのお礼を言い、荒北先輩をまねるように近くのクッションへ腰を下ろす。
ぎこちない私を見て、荒北先輩はふっと笑った。

「何。緊張してんのォ?」
「まぁ…一応女子は立ち入り禁止ですよね?」
「ソーダネ。つっても守ってねェやつ多いからなァ。」

そう言ってベプシを一口飲むと、そのまま黙ってしまった。
なんだ、この沈黙は。
そもそも私はなぜここに…。
聞きたいことはあれど、お昼の失態が頭をよぎる。
何から聞いたらいいんだろう。
ぐるぐると堂々巡りをする私を知ってか知らずか、荒北先輩はぽつぽつと話し始めた。
朝からの雨で、午後の練習がなくなったこと。
私にメッセージしようとして、逃げられるかもしれないと迎えに来たこと。

「濡れねェ場所なんてそんなにねェし…誰がくるかわかんねェ校内よりこっちのが話しやすいこともあんだろ。」

まぁ、それはわかる。
誰かに先輩と2人でいるのを見られたら、また面倒なことになるだろうということは容易に想像できる。

「で、交換条件って…?」
「俺は新開と同室なんだけどォ…
 、新開に暫く帰ってくんなっつったら”代わりに誰が来るのか教えろ”ってうるっせェんだよ。」

大きなため息をつきながらそう話す荒北先輩は本当に嫌そうで、少し面白かった。
2人の、いや先輩たちの仲の良さが垣間見えて少し羨ましい。
そういえば、そうした関係は箱学に来てからだと前に言ってたっけ。
私にもいつかそんな友人たちが出来るだろうか。
そんな風に考えていたら、荒北先輩はばつが悪そうに私に頭を下げた。

「悪かったな。見世物みたいにしちまって。」
「あはは…確かに見世物みたいだったかも。
 でもお昼、奢ってもらったし気にしてないです。」
「ならいいけどォ。」

笑って見せると、少し安心したようだ。
先ほどまでは合わなかった視線が、今はちゃんと合わせることが出来る。
じっと見つめられると何だか気恥ずかしくて、私は視線をそらしてしまった。
それが不自然にならないように、別の話題を探す。

「そういえば、荒北先輩は二段ベッドのどっちで寝てるんですか?」
「俺は上だけど…何、興味あんのォ?」
「女子は個室なんで、二段ベッドじゃないんですよね。私、一人っ子だし…」
「…見てみるゥ?別に何もねェけど。」

特別興味があった訳じゃないけど、勧められたら少し気になってきた。
二段ベッドも、男の子の部屋も初めてだった。
そっとベッドの梯子に足をかけ、上を覗いてみる。
荒北先輩らしいというか、男の子らしいというか。
朝起きたままなんだろう、かけ布団は半端にめくれており、無造作に置かれた部屋着が散らばっている。
それが可笑しくて振り返ると、荒北先輩がそっぽを向いていた。

「荒北せんぱ…あれ?どうかしました?」
「おまっ…見えてんだけど。」
「え、あっ!」

言われてから思い出した、今日はタイツを履いていない。
座っている先輩が見上げれば当然そうなるだろう。
慌てて階段を下りると、荒北先輩がプッと噴出した。

「ちょっとは警戒とかしねェの?」
「いや、今日はその、たまたま…」

気まずくて正座で座りなおした私を覗き込むように、向かいに座っている荒北先輩が机に肘をつく。
それ以上揶揄うでもなく、何か声をかけるでもなく、私をじっと見つめている。
その目がとても優しくて、少し安心する。
お昼の失態も、今の失敗も、荒北先輩は引きずらないようにしてくれているのがわかる。

「あの、私。えっと…。」

今なら話せる気がする。
お昼に泣きそうになってしまった理由も、家や母のことも…。
言葉を探して黙ってしまう私を、荒北先輩は何も言わずに待っていてくれる。
意を決して、私は口を開いた。

「昼休み、迷惑かけてごめんなさい。
 私、近くで大きな声を出されるのが怖くて…荒北先輩が怖いとかじゃないんです。そうじゃなくて…」
「迷惑だなんて思ってねェし、あれは俺も悪かった。」

困ったように眉を下げた荒北先輩を見て、ますます申し訳ない気持ちになる。
そんな顔をさせたかったんじゃない、そんな顔して欲しくない。
そのためにはちゃんと話をしなくちゃいけないのはわかってる。
頭ではわかっているのに、言葉より先に涙が出る。
自分の不甲斐なさと、母の否定が頭に木霊する。

「私が、いけないんです。私が、ダメだから。
 私が…」
「ったく、んなことねェっての。」

泣きじゃくる私に、あの優しい手が下りてくる。
大きくて温かいその手は、そのまま私の頬に触れた。

「そっち、行っていいか。」

優しい声に頷くと、荒北先輩は立ち上がり私の隣に座りなおした。
ゆっくりと伸びてきた手に絡めとられ、気づけば私は抱きしめられていた。

「お前のことダメだとかそーいうの、思ったことねェし。
 何にビビッてんだか知らねェけど、別に嫌いになったりしねェから。
 泣きたきゃ泣けばいいし、話したきゃ話せばいい。
 無理だと思ったらやめりゃいいんだよ。
 完璧である必要なんてねェだろ。」
「え…?」
「こうじゃなきゃダメだとか、そういう難しいこと考えすぎなんだよ。
 別にそのままのお前でいいだろうが。」

このままの私でいい?
思いがけない言葉に、理解が出来ない。
頑張らないといけなかった。
頑張って、頑張って、そしたらいつかお母さんにも認めて貰えるんじゃないかって、そう思ってた。
でも、そうじゃないことに私はいつからか気づいていた。
それが辛くて、信じたくなくて、見ないふりして。
頑張り続けることが、だんだんしんどくなっていた。
それすらも気づかないふりをしようとしてたのに。
誰も知らない私を見つけて貰ったような気がする。
その安心感に、私は子供のように泣きだした。



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