同じだから-4-





今まで誰にも話したことがなかった両親の話。
私の中でタブーになっていたそれは、蓋を開ければ止めどなく溢れ出た。
蓋をして押さえつけて、何でもない顔をして、いつしか忘れてしまった気持ちが息を吹き返す。

”寂しい”

忘れていた方が楽だった。
そう思うほどに、私は殻に閉じこもり一人であることを当たり前にしてきた。
それが普通なのだから、慣れるしかないのだと。
しかし、蓋を開けてみたらどうだろう。
膨れ上がった想いは、歪んで拗れて、手が付けられない。
私の意思に反して雪崩れるように感情を揺さぶり、涙が止まらない。
それとも、これは私が望んだことなんだろうか。
もう何も考えることが出来ない。
一度口にしたら最後、取り返しはつかない。

「さみ、しい……ひとりは、いやっ……
 私が、いけない、の?
 お母さんっ…。」

お母さんが、お父さんが。
声にならない言葉交えながら、私は今までの想いを全てを吐き出した。
目の前の人物が母でないことはわかっている。
それでも溢れる想いは、母に対する懇願だった。
幼いころに向けられた、あの優しい眼差しは二度と帰ってこない。
私が”父の子”である以上、もう母から愛されることはない。
そして父からも。
幼少時の記憶がフラッシュバックするように、目の前がチカチカする。
もうやだ、全部嫌だよ。
私はどうしたらよかったの…。
苦しくて、息が出来ない。
誰か助けて。
そう思った時、ひときわ大きな声が耳に響いた。

「雛美っ!」

見上げると歯を食いしばりながら、心配そうに私を覗き込む荒北先輩と目が合った。
あぁ、そうだ。
そうだった。
私は一人じゃないんだ。
ここに私を拒絶する人はいない。
呼吸を整えようとする私を見て、荒北先輩は小さく息を吐いた。
母のため息とは違う、安堵からくるものだというのは顔を見ればわかる。
心がふわりと、暖かくなるのを感じた。

「荒北、せんぱい。」
「悪ィ、、、無理させた。」
「私が、聞いて欲しくて、、。」
「…クソッ。」

荒北先輩は小さく舌打ちをして、私を抱きしめた。
自分のものとは違う温もりと鼓動が、私を少しずつ落ち着かせていく。
人ってこんなに温かいんだなぁ。
触れ合いなんて忘れてしまっていた、私の心に沁み込んでいくようだ。
気持ちいい。
そのまま目を閉じると、荒北先輩は囁くように声を漏らす。

「俺は、何も出来ねェ。
 けど…一人にはしねェよ。」

あの時と同じ、優しい言葉。
私が欲しくて欲しくて堪らなかった、温かさ。
荒北先輩はいつもそうだ。
優しくて、不器用で、それでいてお節介。
まさかこんなに救われるなんて。
ぽっかりと空いていた穴を少しずつ塞ぐように、私を満たしていくんだ。

「ありがとう、ございます。
 荒北先輩って顔に似合わず、優しいですよね。」
「…顔に似合わずは余計じゃねェ?」
「一見優しそうには見えないですよ。」

ふふっと笑った私から、荒北先輩がそっと体を離した。
ムスッとしたかと思えば、ニッと口角を上げて笑う。
あ、いつもの顔だ。
それに私も何だか安心するんだ。

「誰にでも優しい訳じゃねェからァ。」
「私が似てたから、ってやつですか?」
「まぁ…それもある。」
「…?他には何が?」

以前、そうだと聞いた気がするのに。
首を傾げた私に、荒北先輩は呆れたように大きくため息をついた。

「お前…今それ聞くゥ?」
「え、何か不都合ですか?」
「不都合っつーか…普通わかんだろ…。」

ただのお節介だと思っていたのに、どうやら違うらしい。
しかし今一つ、言われていることが理解できない。
泣きすぎて頭が痛いせいで上手く働かないのかな。
荒北先輩はまたムスっとした顔で、私を見つめている。

「雛美は俺のことどう思ってんのォ?」
「…ほご」
「保護者以外でェ!」

食い気味に荒北先輩に突っ込まれて、私はまた考える。
毎日挨拶を交わして、時々一緒に過ごして、叱られたり慰められたりする。
そんな関係、保護者以外にあるんだろうか。

「兄、とかですかね…?」
「ほんっとお前…親族以外の選択肢ねェのかよ。」
「こんな醜態晒せるのなんて家族くらいかなって…。」

私は家族にすら見せられなかったけど。
そう思うとさっきまでの感情が込み上げてきそうになり、頭をぶんぶんと振った。

「マジでわかんねェの?」
「…すみません。」

荒北先輩は少し唸った後、頭をガシガシと掻いた。
困らせてしまっているだろうか。
不安になって、私は手を伸ばす。

「荒北せんぱ」

最後まで言い切る前に、伸ばした手を掴まれた。
痛くはない、だけど力強く引き寄せられて私は体勢を崩した。
息がかかるほど近くに、荒北先輩の顔がある。
驚いて固まる私に、荒北先輩はゆっくりと教えるように口を開いた。

「ヤ、ス、ト、モ。」
「…え?」
「ヤストモ、言ってみろ。」
「靖友、先輩?」
「よく出来ましたァ。」

荒北先輩は満足したのか、ニッと笑って私の手を離した。
倒れ込みそうなり、慌てて座りなおすとあの大きな手が降りてくる。

「今はソレで満足してやるよ。」

本当にこの先輩は、何を考えているのかよくわからない。
それでも嬉しそうに笑うその顔が、私の穴を埋めていく。
言わなかった、言えなかった、言葉にするのが怖かった過去。
それを吐き出してもなお、そばで笑っていてくれるなら。
一人じゃないって、信じてもいいですか。





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